『Sleep,Sleep』(2年目)

足が痛くてたまらない。


その日、アスヒは朝から寝不足気味だった。
色々なタイプがあるメイド服の1つに袖を通しつつ、ひっそりと欠伸を零す。

寝不足の原因は彼女もわかっている。だからといってどうかなるわけではない。
仕事の山は彼女の不調とは関係なくある。睡魔と戦いながら、アスヒはいつものように厨房に向かい、中にいるメイド長やコック達に挨拶をする。
そして珈琲のセットを乗せたカートを押して、クロコダイルの部屋へと足を向けた。

「クロコダイル様。おはようございます。
 飲み物をお持ちいたしました」

深々と頭を下げて入室し、執務椅子に座っているクロコダイルの近くに向かう。クロコダイルの前には空になった朝食の皿があり、彼女は先にそれをてきぱきと片付けていく。
彼との会話は一切ないまま、机を綺麗にしたアスヒはクロコダイルの前で珈琲を入れて、いつもの定位置にカップを置いた。

そうしてから次はベッドメイキングだ。クロコダイルが珈琲を飲み終わる前までに済ませて、食器類と共にさっさと退室してしまうのが常だった。
ようやく手馴れてきたベッドメイキングを進めていく。メイド業も2年目となれば少しは慣れてくるものだ。

不意にじわりと痛み出した足を無視して、アスヒはクロコダイルのベッドへと手を触れさせた。

「おい。寝るんじゃねぇぞ」

バレないようにしていたつもりだった。

珈琲を飲んでいるクロコダイルから鋭い叱責が飛んできて、アスヒは肩を落としながら返事をする。
きっともって噛み殺した欠伸が見つかったのだろう。ちらりとクロコダイルを見ると、彼はアスヒには視線を全く向けずに珈琲を飲んでいた。

「…わかってます。職務中ですからね」

長い息を吐き出して、クロコダイルから視線を逸らす。クロコダイルに注意された今だが、それでも睡魔というのは簡単には去ってくれない。
ふかふかのベッドに触れているということもあり、ここがクロコダイルの部屋でさえなければこのまま眠っていたかもしれない。
クロコダイルがいる空間で寝ようとは一切思わないが、アスヒはまたひとつ欠伸を噛み殺してベッドメイキングを終わらせた。

ふぅと息をついてベッドから立ち上がろうとした瞬間、アスヒの視界が胸元の痛みと共に一気に変化し、いつのまにか天井を見上げていた。
気がついたときにはアスヒはベッドの上に仰向けに倒れていた。アスヒの上には立ち膝で跨っているクロコダイルがいて、彼は優雅に片手で珈琲を飲みながら、そして鉤爪を持つ逆の手をアスヒの首筋に押し付けていた。

「目ぇ覚めたか?」
「それはもう、ぱっちりと」

一瞬だけ当てられた息が詰まりそうな程の殺気と、鋭い鉤爪で押さえつけらている喉元。
息苦しさに声を詰まらせているアスヒ。あれほどあった睡魔が綺麗に飛び去っていた。

最悪な目覚まし時計だ。と内心悪態をつきながら、変わらず珈琲を口にしているクロコダイルが彼女の上から退けるのを待つ。
組み敷いたアスヒを興味がなさそうに見下ろしていたクロコダイルだったが、やがて身体を砂にさせて再びソファに足を組んで座っていた。

消えた圧迫感に呼吸を繰り返しながら、アスヒはベッドから身を起こそうとするが、上手く身体が起こせないことに気が付いた。
そしてずっしりと重い身体をベッドに埋めながら、主に向かって非難するかのような声をかけた。

「目は覚めましたけれども、腰が抜けました」
「起きて、働け」

クロコダイルからの言葉は冷たい。温かい言葉をかける性格でも義理もないのだろうが、アスヒはクロコダイルのせいでこうなってしまったのだ。と非難したい。口には決してださないが。
溜息を付いたアスヒはベッドに寝転がったまま、ある異変に気が付き、再びクロコダイルに視線を向けた。

「あと、足が消えました」
「……」

驚かされたことで力のコントロールを失ったのだろう。いつの間にかミズミズの実で作っていた義足が消え去り、アスヒの片足は消失していた。
そこでやっとクロコダイルの視線がアスヒに向き、心底面倒臭そうな顔をする。アスヒはベッドに転がったまま、素知らぬ顔を返した。

「2分だ」

猶予を渡されたアスヒはクロコダイルのベッドに寝転がったまま、短く返事をする。

さて、起き上がったらまたベッドメイキングからやり直さなければ。


(Sleep,Sleep.)

prev  next

- 17 / 77 -
back