『Drop Rain』(4年目)

目を伏せて長く息を吐く。吐いた息は冷たく、凍っているような気さえした。
力を込めていないと手が震え、彼女を包み込む恐怖ゆえに身体の芯から冷え切っていた。

海軍が用意した輸送船の中に戻り、アスヒは与えられた自室のベッドに腰掛け、自身の両腕を抱きしめていた。

(疲れた…)

昔はクロコダイルも恐ろしいと思っていたアスヒだったが、あの会議の瞬間、正義の海軍であるサカズキの方が恐ろしくて仕方が無かった。
ミズミズの実のことを話していたあの時の目つき、殺意、絶対的な正義感が、アスヒは何よりも怖かった。

あの場にはクロコダイルがいたため、主に怖がっている様子を見せたくないその一心で恐怖を押さえ込んでいた。が、クロコダイルもいない今はただ抑えていたものがどっと溢れ出したのだろう。思考を恐怖が支配していた。

ベッドの淵に腰をかけ、震えている足を俯き見下ろす。先の無くなった足を叱咤するように軽く叩いた。

「おい」

気がついた瞬間、目の前にクロコダイルの姿があって、目を伏せていたアスヒは驚いて肩を震わせた。
主の前で座っているわけにもいかず、立ち上がろうとするが、その動きをクロコダイルは止めさせた。

「アスヒ」

珍しく彼から名前を呼ばれた。彼女はクロコダイルを困惑の表情で見上げ、言葉を待つが、クロコダイルは言葉を発しないまま、握った拳をアスヒの前に差し出した。
そして開かれた拳からバラバラと何かが降ってくる。アスヒの太腿やベッドの上に広がったそれをひとつ拾い上げて、アスヒはぱちくりと瞬きをした。

「飴?」

色とりどりの飴が数種類。アスヒの周りに広がっていた。
そのひとつを手に取ったアスヒは座ったままクロコダイルを見上げる。

「この飴はいかがなされたんですか?」
「俺は食わねぇ」

ただ一言だけを返したクロコダイルは用事はすんだとでもいいたげに、あっさりとアスヒに背を向けて部屋から出て行く。

(……そうじゃ、なくて)

残されたのはぽかんとしたままのアスヒと、綺麗な色をした大量の飴達だった。

暫くぽかんとしていたアスヒだったが、次に急に笑いが込み上げてくるのを感じた。

「……なんなんだ。あの海賊は」

彼女は笑い出してしまいそうなのを堪えて、クロコダイルから貰った飴を興味津々に見つめる。いつの間にか身体の震えは止まっていた。
ベッドに仰向けに寝転んだ彼女は飴を光に透かして、愛おしそうに目を細める。

口元に浮かべた笑みを消すことはできないまま、彼女は1人呟いた。

「雨が降ってきたわ」


(Drop Rain)

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