『応援してるんです!』(5年目)(メイド(モブ)目線)

最近。クロコダイル様のお部屋に見知らぬ女性が出入りしています。

詳しいことまではわかりませんが、とっても身分の良い方らしく、いつもお姫様のようにお美しい格好をしています。
高そうなドレスも、指輪も、ネックレスも、彼女はそれら全てを綺麗に身にまとっていました。

ただ、彼女はその美しい見た目とは裏腹に、少々高飛車なところもあり、それは私達メイドを刺激していました。

私達メイドはあくまでもクロコダイル様に仕えているのであり、その女性に仕えているわけでは決してないのです。
その女性が毎日出入りするようになってから、私達の疲労は加速気味に溜まっていました。

残念ながら彼女のことは好きになれそうにありません。

「では、お留守番をお願いしますね」

内心もやもやとしていた私に声をかけたのはメイド長のアスヒさんでした。私はアスヒさんの綺麗な笑顔に満面の笑みを返します。

この屋敷にいるMs.オールサンデー様もそりゃもちろんお美しいけれど、アスヒさんもかなりの美人さんです。
尚且つ、アスヒさんはとてもお優しい人で、下っ端である私達とも仲良くしてくださっています。

はぁ…。例えばもしあの女がクロコダイル様と恋仲だとして、そしてクロコダイル様の奥方になる時が来るのでしょうか。
いやだなぁ。それなら、クロコダイル様とアスヒさんが恋仲になってくださればいいのに。

…2人は長い時間、主とメイドという関係を続けているらしいです。それは私がここに来るもっと前から。
問えば、特別な関係ではないとアスヒさんは笑うし、クロコダイル様の真意はいつだって私達にはわかりえません。

それでもアスヒさんが唯一身につけているあの赤い指輪を、贈ったのがクロコダイル様であることを知っていました。
そして、毎日違う指輪をつけるクロコダイル様が、唯一毎日つけているあの緑の指輪を、選んだのはアスヒさんだと知ってしまいました。

確かに立場は違います。それでも、私はあのお2人が1番お似合いだと信じていました。

『ぷるぷるぷる』

私の肩がはねます。鳴いたでんでん虫がクロコダイル様の私室から届くものだったからです。
次のコールが鳴る前に受話器を取ります。お相手はやはりクロコダイル様でした。

『てめぇか。
 メイド長は?』

低く、固いクロコダイル様の声がアスヒさんの所在を問います。
アスヒさんは買い出しに行っていることをお伝えすると、数秒黙り込んだクロコダイル様は、不満げな舌打ちのあとに私に命令をしました。

『なら、てめぇでいい。新しいグラスとボトルを持って、部屋の掃除に来い』

即座に了承の返事をすると、通話はすぐに切れます。

滅多にしない主との会話で緊張していた私は、緊張を吐き出すために短い呼吸を繰り返します。
クロコダイル様との会話はいつだって緊張してしまいます。クロコダイル様は遠くから見つめるのが1番なのです。

あんまり泣き言も言っていられない私は、早急に準備をしてクロコダイル様の私室に向かいます。

クロコダイル様の私室の前で私はひと呼吸おきます。きっと、あの女はまだいるんだろうなぁ…。


†††


やっぱりいました。

女性の身体を主張するかのような色っぽいドレスに実を包んだ彼女は、ソファに座ったクロコダイル様に心底べったりでした。

クロコダイル様が女性をそんな風に近づけているのを初めて見ます。
やっぱり恋仲なのかなぁ。だとすると、アスヒさんは…。

部屋に入った私を一瞥もせずにゆったりと会話している2人。
私はそんな彼らの前に新しいワイングラスとボトルをおいてから、水槽の前に広がったガラスの破片を片付け始めました。

きっと2人でお酒を飲みながらバナナワニでも見て、そして何かの不注意で手からグラスが落ちて。ってそんな所?

掃除はメイドの仕事です。そこに文句はありません。
ですが、本能的に女の人を嫌っている私は早くこの仕事を終わらせてさっさと退室しようと考えていました。

「思い出した」

女の声は甘えるような猫撫で声。一方的な嫌悪感に肩を震わせていると、女の声は自然と私の耳にも入ってきました。

「クロコダイルに謝らないといけないことがあるの」

無礼にも女はクロコダイル様を呼び捨てにします。不愉快に顔を背けてしまうけれど、クロコダイル様はいつもと変わらない表情で続きを待っていました。

「あのメイドを見て思い出したのだけど、この屋敷にもう1人メイドがいるじゃない?」
「……あぁ」

私の他のメイド。それはもうアスヒさんしかいません。
私の意識が完全に女の会話に向きました。グラスにワインを注いでいるクロコダイル様は言葉を続けました。

「それがどうした?」
「あいつ、私に対して、凄く生意気だったから…少し痛めつけてやったのよね」

聞こえた台詞に私の手が止まります。あの女は、アスヒさんに何をしたのでしょう?

アスヒさんは何も言っていませんでした。ですが、アスヒさんは自分が不利益なことだとしても、クロコダイル様のことばかりを考えて、隠してしまうこともあります。
だから、あの女に何かをされたとしても決して言いはしないでしょう。

憤る私の後ろ。女はクロコダイル様に寄り添いながら、手入れがよく行き届いた髪を弄んでいました。

「メイド如きに謝る気はないけれど、貴方の所有物に傷つけちゃったから謝らないと。と思って。
 もし使えなくなっていたら私の家から新しいのを連れて、」

女の言葉は途中で消えました。私の中で沸々と湧いていた怒りも、急に静まっていました。

葉巻に火をつけたクロコダイル様から、マグマのようなドロドロとした殺気が溢れて部屋に充満していたのです。

「お、怒ってるの? クロコダイル」

若干上ずった声で女はクロコダイル様の顔色を伺います。
クロコダイル様は女を一切見ることなく、どこか遠くを見ていました。

「おい」

低い声が私に届きました。殺意が漏れ出す声に、私の返事が震えます。

「アスヒをここに連れて来い。今すぐにだ」

電光石火で頷き、小走りでクロコダイル様の部屋から飛び出して、アスヒさんの姿を探します。
厨房に飛び込むと、中にいたのはコック長だけでした。私の表情は一気に泣き出しそうなものになったでしょう。

「只今戻りました、わぁ、」

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