『Ring02』
そして2人で退室しようとした時、クロコダイルの声がかけられた。
「残れ」
頭を下げていたメイド長が視線を上げて、そして隣に並んだアスヒの背中を軽く触れた。
その仕草の意味に気が付いて、アスヒは思わずメイド長の顔を見つめた。
「私? メイド長ではなく?」
「貴女ですよ。アスヒ」
メイド長はどこか嬉しそうに微笑むと、アスヒの頭を優しく撫でた。
「よくやりましたね」
優しく頭を撫でながら、嬉しそうな顔をするメイド長に、アスヒも思わず頬を緩める。
この年になっても頭を撫でられながら褒められるのは嬉しいものなのか、と驚くアスヒ。
(メイド長に褒められるのは嬉しいけれど)
だが、そこで彼女の視線はソファに座ったまま、視線を手元に向け、アスヒを一切見ないクロコダイルに向けられた。
(これは褒めてもらえる雰囲気ではない)
見るからに不機嫌そうなクロコダイルと、部屋に残されるアスヒ。
クロコダイルの低い声が1人言のような言葉を零した。
「力もねぇくせに」
吐き捨てるように言うクロコダイル。彼は紫煙を吐き出しながら、顔に走った縫合痕を歪めていた。
「気に入らねぇなぁ」
そう言い放ったクロコダイルの視線は変わらずアスヒには向けられていない。
アスヒはクロコダイルを見つめ続けながら、その言葉を真正面から受ける。
アスヒ自身も先程の行動は予想外だったし、クロコダイルに喜ばれようと思ってやったわけでもない。
何を言われようとも構わなかったし、興味も薄かった。
ただ黙って退室出来るタイミングを探していたアスヒだったが、次に零された言葉に彼女は少なからず驚いた。
「褒美だ」
言葉と共にアスヒの足元に転がってきたのは、小さな指輪だった。
どこから取り出されたのかわからないが、クロコダイルの私物ではあるのだろう。鉤爪ではない方の腕が砂になっており、それはすぐに元に戻っていた。
指輪を拾いあげながら、アスヒは目をぱちくりと瞬かせた。シンプルな金環に、赤い宝石が輝いているその指輪は変わらず彼女の掌の上に乗っていた。
「……。ありがとうございます」
主君を庇ったことへの褒美だろうか。予想だにしなかった褒美にアスヒは再び頭を下げて、クロコダイルへとお礼を告げる。クロコダイルからの返事はなかった。
そしてやっと退室をし、扉を静かに閉めたあとで、アスヒは気が抜けたように表情を緩ませた。
(あれだけ嫌々渡されたものだけど、)
握りこんだ手を開いて、掌に乗っている指輪を見つめる。赤い宝石は彼女の掌の上でキラキラと輝いていた。
「案外、嬉しいものね」
サイズの合っていない指輪はとても大きく、アスヒの指に嵌めても滑り落ちていってしまう。
次の休暇の時には指輪のサイズ直しをしてもらおうと算段を立てながら、少しだけご機嫌になったアスヒは静かな廊下を歩き出しながら小さく笑った。
(Ring.)