『UP & DOWN 01』(4年目)

「暫くあける」

短く声を上げたクロコダイルが立ち上がり、アスヒも慣れたように彼のコートを持ってくる。
クロコダイルの後ろに回ってコートを羽織らせている時に、アスヒは声をかけた。

「どちらに?」
「会議だ」

言葉を聞いてアスヒの顔が一瞬だけ暗くなる。以前会った大将達を思い出しているのかもしれない。
ちらりと後ろを見たクロコダイルはそれに気がついて、少しだけ黙り込んだが、次に思い直したかのようににやりと笑った。アスヒは嫌な予感がして思わず視線を逸らしてしまった。

「ついてくるか?」
「丁重にお断りさせていただきます」

内心、散々な悪態をつきながらもにっこりと笑顔を向けるアスヒに、クロコダイルは言葉を続ける。

「今回、大将クラスはいねぇよ」
「それでもです。
 少しでも会う可能性があるのならば行きたくはありませんわ」

渋い顔のまま答えるアスヒ。そんな嫌そうな顔をするアスヒを、クロコダイルは愉快に思って笑った。

「クハハ。てめぇに拒否権はねぇよ」
「……あら。ドフラミンゴ様と同じようなことをおっしゃってますわ」
「殺されてぇのか」

真正面から向けられた殺気に苦笑を返して、ゆっくりと首を左右に振る。ドフラミンゴとクロコダイルの2人は相変わらず仲が悪い。

海軍本部に行くのは心底嫌で、以前の恐怖も決して忘れてはいないが、道中はクロコダイルと2人で外出することになる。
口で言うほど悪くないとは思っているアスヒは、若干楽しげに微笑みを浮かべて旅の支度を始めることにした。


†††


「行く前に寄るところがある」

レインベースから海岸までFワニで移動する中、クロコダイルはふと思い出したかのようにアスヒへとそう伝えた。

ぱちくりと瞬きをして驚きを見せるアスヒ。
どうやら今回はきちんと行くところを事前に教えてくれるらしい。

まぁ、ただ、贅沢を言うならば家を出る前に伝えて欲しかったが、以前に比べたら立派な前進である。
アスヒはこれからクロコダイルが吸うであろう葉巻の本数を考えつつ、問いかける。

「会議のお時間には間に合うんですか?」
「日数的には早めに出ている。まぁ、間に合わなかったとしても問題はねぇがな」

にやりと笑うクロコダイル。例え遅刻したとしても、彼が今更そんなことを気にするような性格ではない。
愚問だったか、と苦笑を浮かべたアスヒ。遠くに見えてきた海軍の船を見つけ、クロコダイルが再び不機嫌そうにするのが見えて、彼女は辛抱強く微笑んだ。


†††

船が出航して暫く経ったあと。アスヒの姿を探しに甲板に出てきたクロコダイル。彼の予想通り、アスヒは甲板から飽きもせずに海を眺めていた。

遠巻きにアスヒを見ている海軍共を睨みつけて蜘蛛の子のように散らしてから、彼女の隣に立つ。アスヒはちらりとだけクロコダイルを見て、また海に視線を戻していた。生意気な女だとクロコダイルは不服げにそう思う。

彼女はいつものメイド服の上に、大きめのコートを羽織っていた。その背中には正義の2文字。

「なんつーもん着てるんだ」

クロコダイルは若干の腹立たしさを声に乗せて、寒さで鼻を赤くさせたアスヒの顔をちらりと見る。
彼女はクロコダイルの視線を気にすることなく、ふいと顔を背けて肩を竦めてコートに蹲っていた。

「寄り道をするとは聞いていましたが…、まさか冬島に行くとは思ってもいませんでしたもの。
 知っていたらもう少し暖かい格好をしてきましたのに」
「寒いなら部屋に入ってろ」
「うーん…。もう少し」

余程海が物珍しいのか。なんなのか。
寒さよりも海を眺めることをとったアスヒ。クロコダイルは気まぐれに彼女と同じものを眺めた。

少し時間が経った時だった。黙り込んでいたアスヒが隣に目を向けることなく不意に口を開いた。

「クロコダイル様はもう海へは出ないのですか?」

それは単純に疑問だった。

彼は七武海なのだから、元は海賊で、海賊と名乗るからには航海していたのだろう。
予想も想像もつかないが、昔の彼は仲間と共に航海していたはずなのだ。彼にだって実を食べていない、未熟な頃があったはずなのだから。

アスヒへの問いに、なかなか返事は返っては来なかった。不思議に思ってクロコダイルへと視線を向けると、クロコダイルはじっと海を眺めているだけだった。そして沈黙のあとに、長く息を吐いたクロコダイルが口を開く。

「嫌味な女だな」
「…。申し訳ございません」

失言だったかとようやく気がついて、アスヒは小さく頭を下げる。

クロコダイルの過去など、詳しくは知らない。彼は自らのことを語るようなタイプではないし、アスヒも無理に聞きたがったりはしない。
だがそれでも、海賊だったクロコダイルが、海から出て砂の国で暮らすようになったのには、きっとそれなりの理由があるのだろう。
そしてその理由を、簡単に他者へと話す気もないだろう。

アスヒもこれ以上の失言を重ねるつもりはない。踏み入って、下手に命を危険にさらしたくはないのだから。

そのままひっそりと警戒するアスヒだったが、クロコダイルは対して気にしている様子はなかった。

「…申し訳ございません」

もう一度謝罪を告げたアスヒは少しは反省しているようだった。
それに気がついたクロコダイルがちらりと横目で彼女を見て、だが、かける言葉も見つけられずに口を閉ざす。

ふと出来心で、鉤爪を彼女の頬につけると、冷え切った金属に驚いて、アスヒは小さく悲鳴を上げた。
目をぱちくりとさせるアスヒ。馬鹿らしさにクロコダイルが短く吹き出した。

「もう少しで着く。降りる準備をしておけ」

声をかけるとアスヒはむすとしたまま自身の足元を見つめる。そして不満をぽつりと零していく。

「……雪の上を歩くような靴でもないんですけれども」
「行かねぇのか?」
「行きますケド…」

クロコダイルが問いかけると、アスヒは拗ねたようにまた声を出す。呆れてクロコダイルはそのまま言葉を続けた。

「なら、黙って付いて来い」


†††


島に上陸して、積もっている雪にさくりとヒールを沈ませるアスヒ。
じっと足元を見つめているアスヒの隣にクロコダイルが立つ。不服そうな顔をしているかと思ったが、アスヒは既に諦めているかのようだった。
軽く足を振って雪を払うアスヒ。その上品さのない仕草は彼女にしては珍しいものだったが、それほどには不快なものなのだろう。

「……。凍ってしまいそう」
「そんな寒くねぇだろ」

言い返したあと、クロコダイルはふと思う。そういえばこいつは『水』だった。

本当に凍ってしまっても困るため、クロコダイルはアスヒの身体を抱き寄せる。
ぱちくりと驚きの瞬きを繰り返すアスヒだったが、彼の腕の中に収まっていると、なるほど、大きなクロコダイルが風よけにでもなっているのか、さっきよりかは少しだけ寒さがマシになる。

一瞬だけ離れようとしたアスヒだったが、寒さには勝てなかったようで、また大人しく腕に収まりに行く。
現金なもんだと呆れるクロコダイル。普段、彼から引き寄せたりすると少しは抵抗するくせに。

「可愛くねぇなぁ」
「ありがとうございます」

悪戯に小さく笑ってお礼なんて言うものだから、軽く鼻を鳴らしたクロコダイルは彼女を抱き寄せたまま雪道を歩き出す。
後ろでは海軍達は航海の必要物資を補充しているのか忙しなく働いている。そんな彼らをおいて、アスヒとクロコダイルはおざなりに出来た雪道を進み、少しするとそれなりに大きめの街へとたどり着いた。

アラバスタ以外の国を物珍しそうに眺めるアスヒ。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、次に隣のクロコダイルをちらりと見上げた。

「今回は何を買うんですか?」
「何かものを買いに来たわけじゃねぇ」

問いかけると淡々と言葉が返ってくる。きょとんとしつつも、アスヒはそれ以上問いかけることはなく、大人しくクロコダイルが歩むがままにしてついていく。
クロコダイルの姿を見て、恐れて道を譲っていく住民達も、見慣れたわけではないが対してもう驚くこともない。

少し歩いていると、何やら高い塔にたどり着いた。アスヒがほうと見上げるが、ビルの高さ5〜6階分くらいはありそうな高さだ。最もこの世界に来てから、ビルなんてお見かけしたことはアスヒの目測故に、随分と曖昧な高さだったが。
中には螺旋階段が続いており、それを上がっていくのかと身構えたアスヒだったが、奥の方にリフトのような昇降機が設置されていた。

2人で昇降機に乗り、最上階へと向かい、たどり着いたところで、アスヒは目の前に広がった景色に目をぱちくりとさせた。

最上階は前面がガラス張りになっていた。塔は島の端よりに位置していたようで、どこまでも広がる海が見渡せた。

グランドライン特有の気候のせいで遠くの方では雪が降り、雨が降っているのが見える。
視線を動かすと海から飛び出た岩が動いた気がして、目を凝らすと、それが実は海王類で、ざぶんと海に沈んでいった。

船出の時は決まって甲板に出て海を眺めていたアスヒは、目の前に広がる海を見つめる。

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