『なお、ご返信は不要です』
アラバスタ国の英雄様のお誕生日ともあれば、そりゃあ大量の貢ぎ物が届くわけでありまして。
部屋に山積みにされた大小様々なプレゼントボックスを一瞥したクロコダイルは隠すこともなく舌打ちをしていた。
(仕事を増やさないで欲しいんだけれど)
届いた荷物を全て運んできたアスヒは、誕生日にも関わらず不機嫌そうなクロコダイルを横に溜息を隠しきれない。
ひとまずは届いた全ての荷物をカジノのディーラー達も総出で屋敷内に持ち運んできたが、きっとまだ増えていくだろう。
荷物はアラバスタ国民だけではなく、他の島からも届いているようで、こんなにも愛想のないクロコダイルがどこで愛想を振りまいているのか、命に危険がないのならば聞いてみたいところだ。
あまりの人気っぷりにむしろ感心してしまったアスヒは、ふとクロコダイルに問いかける。
「第一お誕生日なんて誰かにおっしゃったことあるんですか?」
「ねぇな。…腹立たしい」
やっぱり。アスヒは苛々としているクロコダイルに苦笑を零す。
彼は自分から誕生日を言いふらすような人ではないだろうし、どちらかと言えば秘匿しておくタイブだ。
熱心なファンが調べたのか、あの桃鳥が嫌がらせで言いふらしたか、なんなのか。一度、どこからか漏れた情報は瞬く間に広がり、目の前の山を形成するまでとなったのだろう。
アスヒは覚悟を決め、開封作業に入ろうとしたところで、葉巻の紫煙を吐き出したクロコダイルがあっさりと言い切った。
「何入ってるかわかったもんじゃねぇ。捨てろ」
「え」
思わず零れてしまった驚きの言葉に、クロコダイルの視線が彼女へと向けられる。
横を向いてやり過ごすアスヒだったが、折角ここまで運び入れたというのに、その苦労も無駄になるのだから、不満のひとつは言いたい気分だった。
クロコダイルからの殺気が怖いので、結局は何も言えないのだけれども。
(もったいない)
山積みにされた綺麗な箱達を名残惜しそうに眺めて、それでも命令は命令。またひとつひとつ台車に乗せていく。
持ち運ぶ時にはディーラー達の手も借りられたが、クロコダイルのイメージダウンにも繋がるため、捨てる時はひとりでこっそりと捨てにいかなくてはいけないだろう。
クロコダイルが他人からの印象を気にしているとは全く思わないが、国民からの人気が下がるのは問題だ。
英雄様には英雄様で居てもらわなくてはいけない。その点は本人も少しは気にして欲しいところだ。
アスヒは再び隠しもせずに溜息をつく。クロコダイルの視線がやっぱり飛んでくる。でも彼が手伝ってくれる訳もないので、アスヒは気づかないふりをして、箱を台車へ乗せていく。
その途中で、身体の何処かをぶつけたのか、箱が崩れてしまう。少しの音をたてた箱達に、アスヒはちらりと箱を一瞥する。
「失礼いたしました」
一応はクロコダイルへ声をかけて、そして転がってきた小さな翡翠色の箱を、また山の上にぽんと置き直した。
「なんだ、それ」
目敏く、見つけられるとは思ってもいなかった。
見られないように顔をしかめたアスヒは、『自分が用意した翡翠色の箱』を掴んでゴミ箱行きの台車の上へと乗せる。クロコダイルに対する返答の声は淡々としていた。
「先程、クロコダイル様に捨てろと言われたものです」
「………」
一度積みきった台車を動かそうとしたところで、アスヒの身体の周りを砂が舞う。
「あ」
彼女の短い悲鳴もさておいて、ソファの上の砂が再びクロコダイルの形となった時には、彼は左手に先程アスヒが持っていた小さな翡翠色の箱を持っていた。
むすと口を尖らせたアスヒが足早にクロコダイルの元へ近付き、箱へと手を伸ばす。だが、クロコダイルもまた彼女の手から箱を遠ざけ、取り上げられないようにする。
「私はそちらを捨てろと命を受けているのですからそれらは捨てなくてはいけません」
「何今更焦ってんだ」
「別に、焦ってません」
手を伸ばして、手を遠ざけて。子供のような攻防を繰り返した先で、勝ったのはもちろんクロコダイルで。
右手の鉤爪に腕を引っ張られたアスヒは、クロコダイルの膝の上に寝転がるような体制となっていた。
いつの間にかご機嫌そうな主に、諦めがついたアスヒはそのままの膝枕のような体制が気に食わなくて身体を起こす。
大人しく隣に座りなおせば、クロコダイルは嬉々揚々と小さな箱を開けているところだった。
アスヒも浮き足立っている国民達と同じように、今日がクロコダイルの誕生日だと聞き、柄にもなくプレゼントなんて用意してしまったまでは良かった。
けど当日になった時、クロコダイルの元に届いた大量のプレゼントを見て、自分の適当に選んだプレゼントなんて渡す価値がないと思ってしまったし、そう思ったら恥ずかしさの方が優ってしまって、大量のプレゼントの中に混ぜてしまえばバレやしないと鷹をくくったのが間違いだった。
プレゼントなんて用意したのも、それを隠そうとしたのも。全部バレてしまって、居た堪れなくなったアスヒはクロコダイルの隣にいながら、手を顔を覆う。
「何入ってるかわかったものではないのでは?」
「何か入るようなもんでもねぇだろう」
小さな箱を開いたクロコダイルはじっと中身を見つめて、短く鼻を鳴らした。
中から出てきたのは陶器製の小さな鰐の置物だった。瞳の部分には緑色の宝石が収められており、きらきらとした輝きがクロコダイルを見上げていた。
「とことん、てめぇとは趣味があわねぇな」
かけられた言葉に、アスヒは一瞬深く黙り込んだあと、ぷいと拗ねたように、そっぽを向いた。
「……少しは貴方様の趣味に合わせたものにしたつもりでしたが」
「見当違いだ」
再び身体を砂にしたクロコダイルは次に自分の執務机に向かって座っていた。そして手に持たれていた小さな鰐は彼の机の上に鎮座していた。
(そのくせ見える所に飾ったりする…)
じとと自分が贈ったものの行方を見つめて、アスヒは今日何度目かわからない溜息をつく。こんなに溜息ばかりついて、幸せが逃げないだろうか。少しだけ気にしつつも、諦めもついているアスヒはソファから立ち上がり、先程邪魔された台車の荷物を運び出す。
部屋を出る間際に振り返って、また、じととクロコダイルを見つめたアスヒは、クロコダイルに聞こえるように声をかけた。
それは日付で、クロコダイルは怪訝そうにアスヒを見返していた。アスヒは膨れ顔のまま言い残す。
「私の誕生日です。期待してますから」
言い残して、クロコダイルの静止の声も聞かないままに、アスヒは部屋の扉を閉じる。
覚えておいてもらえるとは思わないが、いじらしく誕生日プレゼントなんて用意してしまった自分が気恥ずかしいので、その誤魔化しも兼ねて。
おめでとうの言葉は、アスヒにはハードルが高いので、決して言うことはないだろうけれども。
そしてクロコダイルが受け取ったプレゼントは、アスヒが贈ったものだけになると気がついて、彼女はぐっと顔をしかめて、また手で顔を覆ってしまった。
(なお、ご返信は不要です)