ふと彼女が空を見上げると、数個のパラシュートが落ちてきていた。
それをジャングルの中から静かに見つめている彼女。
彼女はこの熱いジャングルの中でも不思議と白い柔肌を持っていた。
革製の丈夫な厚底ブーツを履き、汚れもない真っ白なワンピースを着た彼女は、その小さな両手では不釣合いなほど大きなナイフを抱えていた。
そのナイフは不思議な形状をしており、刃渡りはおよそ20cm程もある。ナイフというよりも剣に近いものだった。
そんなナイフを後生大事に抱えた少女はジャングルの草木を掻き分け、パラシュートが落ちていった場所を目指していった。
†††
ジャングルはある時に突然、途切れる。
広がる岩場の、所々に出来た窪みに雨水が貯まっていた。パラシュートが落ちていった方へと歩いていた彼女は、流れていた汗を拭う。
窪みの脇にしゃがみ込んだ少女は、両手で皿を作り水を掬い上げて飲んだ。可愛らしい顔をしかめる少女。この暑さには酷く弱いようだ。
パタパタとスカートをはためかせて風を取り込んでいた少女が、ゆっくりと振り返った。
そこには少女の頭に銃口を向けている男がいた。
軍服を着た男の後ろには他にも7人の人間が怪しみながら少女を見つめていた。
少女は長い息をついてから、ゆっくりとナイフを地面に置き、両手を静かに上げた。そして小さく口を開く。
「私、ホワイト。戦う気、ない。よろしく、ね?」
「あんた、やめなよ」
ところどころ立ち止まるような、たどたどしい話し方をする少女。
軍服の男の後ろから、軍服姿の女性が銃口を押さえられ、しぶしぶとだったが、男はゆっくりと銃口を下げた。少女――ホワイトが笑顔で掌を差し出した。
男はその握手には答えなかったが、ホワイトは無理矢理、握手をした。
「ありがとう。よろしく」
ホワイトはその後、8人全てに握手を求め、名乗って歩いた。
唯一の女性のイザベル。
医師だと名乗ったエドウィン。
8人の中では小柄のクッチーロ。
ロシアの軍人であるニコライ。
黒人のモンバサ。
無口な日本人のハンゾー。
オレンジのつなぎを着たスタンズ。
笑顔で巡ったホワイトは、唯一名乗らなかった男とイザベルが話している中、ブーツを脱いで水溜まりでバシャバシャと遊んでいた。
突然現れた無邪気な少女に警戒が少し集まったりもしたが、にこにことホワイトが笑い続けていたので大きな揉め事にはならなかった。
ここではまだ何が起こるか、誰にも予測がついていないのだから。
8人は気絶しているうちにここに連れられ、気付けばパラシュートで落下していたのだという。
ブーツの紐部分を持って、遊んでいるホワイトにエドウィンが話しかけた。
「君は何処から来たの?」
「ハンゾー、お揃い」
手をハンゾーに向かって振るホワイト。どうやらハンゾーと同じく日本から来たと言いたいらしい。
ホワイトは足についた飛沫を飛ばし、素足のまま岩場を歩いていた。
純粋無垢な少女がぴょんぴょんと岩場を跳ねながら、険しい顔をする大人達の間をニコニコと楽しげに笑っていた。
そして歩きだしたイザベルと男について、少女が加わった9人のメンバーが警戒しつつ纏まって進んだ。
†††
「俺は保父じゃねぇんだけどな」
「スタンズ、保父ー」
「なんか呼び捨てだしよ」
何が気に入ったのかスタンズの後ろについて回るホワイト。
スタンズは不機嫌そうにつなぎのポケットに両手を入れたままだった。
そのホワイト達の後ろでモンバサが何かに躓いて転んだ。ホワイトがびくりと肩を震わせたあと、すぐにモンバサに駆け寄る。スタンズはそれを見て短く鼻で笑う。
「やった、かっこいい」
「モンバサ、大丈夫?」
からかうスタンズから離れ、モンバサの脇にしゃがんだホワイトが、その側で張られた縄を見付けてバッと先頭の方に振り向いた。
「逃げる!!」
ホワイトの叫びとともに吊された大木がメンバーへと襲い掛かってきた。
一斉にそれを伏せて躱すと、次に小型のナイフが降り注ぐ。
前転するようにそれを避けたホワイトが尻餅をついたエドウィンを背にかばった。
エドウィンは戦闘に関する知識が少ない。ホワイトは彼を守るように身を屈めた。
自身の大きなナイフを構えたホワイトが空を睨み、降り注ぐ小型のナイフを叩き落としていく。
「エドウィン、止まる! 動く、駄目!」
「えぇ、わっ、わっ」
他のメンバーよりも戦闘力に劣るエドウィンをかばったまま、突然止んだ攻撃に視線を鋭くさせた。
やがて止んだナイフの雨。短く息をついたホワイトが、後ろのエドウィンに手を伸ばして彼を立ち上がらせた。
「…大丈夫?」
「ごめん、ありがとう。君は?」
「平気」
両手を振って自身の無事を示したホワイトが、キョロキョロと見渡して1人1人の顔を確認し、メンバー全員がいることを確認していた。
そしてホワイトは足元を警戒しながら、ある一点を目指して歩きだす。
不思議そうな顔をしたエドウィンがそのあとを追うと、先には既に男やイザベルなどが集まっていた。
それぞれに何かを見つめていて、そしてその何かは倒れた人型のように見えた。
ホワイトがそれを自分たち以外の、男の死体だと確認するよりも先に、ハッと息を飲んだイザベルが彼女の視界を手で覆った。
子供には死体を見せないほうがいいという感情が働いたのだろう。ホワイトは困惑を見せる。
「イザベル、私、大丈夫。平気」
「いいから」
イザベルの言葉と共に大人しくなるホワイト。その口元は何故か少しだけ嬉しそうに弧を描いていた。
医師のエドウィンの声だけがホワイトに聞こえる。
「死後2週間…、死体の状況から見ると」
「ここに陣取ったんだろう。360°撃てる…最後の手段だ」
「何で俺らを襲うんだ?」
クッチーロの疑問に男が静かに答えた。
「俺達じゃない。狙ったのは他のもの…。ずっとデカイものだ…。
………よし行くぞ」
男の掛け声にメンバーがまたのそのそと歩きはじめた。
イザベルに手を引かれたホワイトも歩き出すが、突然ピタと足を止めた。
「ホワイト、行くわよ」
「待つ。モンバサ、まだ、いる」
視線を上げたイザベルの先。モンバサがある1点を見つめていた。
イザベルも怪訝そうにモンバサを呼ぶ。ハッと気がついた様子のモンバサが歩きだした。
ホワイトがイザベルに引かれつつも、何度も背後を振り返っていた。
†††
やがて、ジャングルを抜けると空が見渡せる場所に出た。
空には大きな惑星が幾つか並び、赤く染まりはじめ、夕日が見えはじめていた。
ここは地球ではない。地球などではない、どこかの違う惑星だった。
絶句するメンバー。ホワイトだけが毛先を風に浮かせながら、目を細めて空を見ていた。
「ね、どうする?」
声をかけたホワイトに男は答えた。
「作戦を練り直す」
†††
林の中をずんずん進む。全員が焦燥感に急かされながら、先に進む。今は進むことしか選択肢がなかった。
ホワイトはその列の1番後ろからついて歩いていた。
ニコライが気遣うように時々ホワイトを見ていたが、言葉はないのか何かをいうことはない。
ここが地球以外の場所だと判明したのにも関わらず、相も変わらずホワイトの表情は変わらず微笑んだままだった。
突然、ガサッと空に鳥のようなものが飛んで行き、全員が一斉に銃口を空に向けた。
ナイフを取り出したのはホワイトとスタンズのみ。
その鳥のようなものが飛び去ったあと、スタンズが自分のナイフを見つめて、次に苛々とそのナイフを振った。
「冗談じゃねぇよ、こんな…。
銃じゃなきゃ駄目だ、なぁ二丁持ってるんだろ? 一丁くれよ」
クッチーロに迫るスタンズだったが、無言で銃口を突き付けられ、さっと両手を上げた。
足を止めるメンバーがスタンズを静かに見つめていた。
スタンズが次に、相性が合わない様子のモンバサにナイフを突き付ける。
「なぁ、銃だよ。くれんだろ?」
「やめなよ、子供が見てんだよ」
イザベルが静かに諌めたが、ナイフを突き付けたスタンズと、さらには銃を突き付け返すモンバサ。
それを見ながらハンゾーが拳銃を構えはじめていた。
イザベルが気遣う当のホワイトは静かに回りを見渡している。
先程、構えたままのナイフを降ろさないホワイトに、怪訝そうな顔をしたニコライがホワイトの視線を追っていた。
焦っているようなその瞳は、これから何かが来るのを警戒しているようだ。
その時、グルグルと何か獣の唸る声が聞こえた。言い争っていた2人も動きを止め、メンバー全員が一点を見つめた。
数瞬の沈黙。
そしてガサガサとなる草むらから、バッと牙を複数生やした獣が敵意剥き出しで、飛び出してきた。
一斉に鳴り響く銃声。
飛び道具を持たないスタンズとホワイト。そして戦力すら持たないエドウィンが他のメンバーの後ろにいた。
ホワイトがスタンズとエドウィンの首根を引き、鳴り響く銃口に負けない声の大きさで叫ぶ。
「スタンズ、エドウィン、みんな、走る、駄目! 絶対! いい!?」
「はっ? んだって!?」
「あと、私、撃つ、なし! 撃たないで、よ!」
ダッと走り出したホワイトがそれぞれの銃の横を通り、獣に向かってナイフを突き刺した。
赤黒い血液がナイフの根本まで染まる。後ろからニコライが声を上げた。
「嬢ちゃん!! 無茶すんな、下がってろ!」
「平気! 撃つ、続ける!」
鳴り響く銃声に混ざり、獣の1体が破裂するように弾け飛んだ。
血飛沫から転がって逃げるホワイトがナイフを再び構えた。
「まだ、来る!」
ホワイトの言葉通り、獣がまだ数体溢れ出る。
獣が迫り来る恐怖にスタンズとエドウィンが駆けて逃げはじめた。
ホワイトがそれを横目で見ながら顔をしかめたあと、走って逃げたスタンズの背を追い掛ける。
走るホワイトの目の前、横から飛び出した獣にスタンズが押し倒されるのが見えた。
パニックになったスタンズがナイフを獣に突き立てるが、獣は構わずスタンズに食らい付く。
追いついたホワイトが獣を蹴りあげるのと、モンバサが銃弾を叩き込むのとは同時だった。
「なかなか、かっこいい」
唖然とするスタンズにモンバサが不敵に笑った。ホワイトがスタンズに手を伸ばし、助け起こす。
未だに至る所で銃声が聞こえるが、ホワイトは不安そうにスタンズの傷口を見ていた。
モンバサがその側で拳銃を抱えたまま辺りを警戒している。
警戒している内にピーと甲高い音が鳴り響き、銃声が段々と止んでいった。
メンバーががさがさと一カ所に集まると、その中心には死んだ獣が横たわっていた。ニコライが引きずって来たのだ。
「何…? …急に引き上げた?」
「いや、笛の音に呼ばれていった…」
「…よーし、みんな聞け。残りの弾の数を数えろ。装填、すぐやっとけ」
男の声に銃を持っているメンバーは素早く装填をはじめた。
その異形の獣の姿に顔をしかめつつも、全員が何が起こっているのか分からずじまいだった。
全員が静かに装填をする中、ホワイトは獣の隣に腰を下ろして獣を見つめていた。
エドウィンが男に声をかける。
「あの、失礼、何が起こっているんだ?」
「狩られてるんだ…。狩りを楽しんでいるんだ。俺達が獲物だ」
「……うん。遊び。これ、偵察、来た。
試してる。試されてる」
囁くホワイトに視線が集まる。近くの葉っぱを持ってきて獣に被せたホワイトが、獣を見下ろし、合掌していた。
「なんでわかるの?」
イザベルが静かに、獣とホワイト、そして男を見比べながら聞いた。答えないホワイトに男は一瞬黙ったあと、獣を見ながら答える。
「俺なら、そうする」
狩りをするなら、狩りを楽しむなら、男もそういった手順を取るという。
男はまた歩きだしたが、それをはっとモンバサが止めた。
「待て。8人しかいな…」
「――助けてくれ――」
モンバサの声に被さるように深く、絶え絶えの悲鳴が聞こえていた。
バッと視線を上げたホワイトがメンバーの顔を見る。
「クッチーロ、いない」
ホワイトが呟く間もクッチーロの「助けて」という声が響いている。
メンバーは辺りを警戒しつつ、その声のする方へと歩いていった。
ナイフを持っていない逆手をハンゾーと繋ぎながら、ホワイトも一緒に歩いていた。
「助けてくれ…」
傾斜を少し下がった位置。そこでは背をこちらに向けたクッチーロが草むらの中に座り込んでいた。
バッと駆けだそうとするホワイトを手を繋いだハンゾーが止めた。
怪訝そうに顔を歪めたホワイトに、ハンゾーは顎で何か、岩を掴んだ男を示した。
男は掴んだ岩をクッチーロのすぐ側に投げる。すると着地した岩は稲妻に撃たれたように音を上げて跳ね上がった。
肩を震わせたホワイトが警戒するハンゾーの背に隠れた。
銃口を向け、構えているメンバーに冷や汗をかいたモンバサが呟いた。
「1人傷付け、苦しませろ…血を流させ、助けを呼ばせろ…。罠を仕掛けて…仲間を殺せ。
…………俺もやったからわかる」
助けに行けば、傷付くのは自分。出会ってまだ数時間。そんな人間を身を投げ出して助けに行けるのか。
スタンズが置いていく事を提案したが、すぐさまイザベルに睨まれていた。
「だって見ろよ。終わってる。
なんにもできることはねぇだろ」
「……置いていこう」
男は溜め息をついたあと、なるべく明るいような口調でそういった。イザベルが男を睨むようにしながら一言のみ反論する。
「出来ない」
「…じゃあ、好きにしろ」
また歩き出す男にメンバーがついていった。躊躇うのはニコライとイザベルのみになった。
ホワイトは先を歩くハンゾーの手をもう1度握った。
「待って。行く」
歩き出し、ジャングルの中を数歩進んだ所で、後ろから銃声が響き渡った。足を止めない男以外はバッと後ろを振り返る。
が、すぐに合流したイザベルに、メンバーは全てを察し、顔をそらした。
ホワイトがハンゾーから手を離し、先を行く男の服の裾を掴んだ。
「走る、駄目」
「…何だ?」
「敵、狩り、楽しんでる。
すぐ、追いつかれる。死ぬ。すぐ、すぐ」
言葉足らずに説明するホワイトにエドウィンが驚いたように声を上げた。
「エイリアンが狩りをしている所で歩いて逃げろだって?」
「うん。走る、撃たれて、死ぬ。みんな、死ぬ」
ホワイトの言葉にエドウィンの他にもメンバー全員が押し黙った。
リーダー格になっている男が頷いた。
「…走れば、死ぬ。か」