その後、一行は襲ってきた敵の正体を掴もうと、獣が去っていた方向へと進路を変えていた。
数十分歩いた先、何か小さな集落のようなものへと辿り着いた。
集落の入口には動物や獣、はては人間の死体が皮を剥がれた状態で吊されている。
兵士であるイザベルですら顔をしかめて口元を覆っていたが、ホワイトは意外と平気なようで、表情だけは真剣なまま、ナイフを構えて辺りを見回していた。
「……あ」
そのまま集落の中をゆっくり進んでいくと、殆ど中央部分に張り付けにされた人型の何かの姿を発見した。
人間とは似ても似つかないその姿にメンバーは言葉を失う。
体長は2mを軽く越え、黄色や緑の肌。大きくは無い瞳に、牙を生やした口の中にさらに歯茎と歯が見え隠れする。
今は頭を下げ、ドレッドヘアーにも見た髪を下げていた。
生きているのかもわからないそれに、ニコライが近づき、銃口で軽くそれを突いた。
突然の、獣の唸り声。
一同が飛び跳ねる中、それはガシャンガシャンと木に巻き付けられた縄から逃れようと必死にもがいていた。
驚いたホワイトの肩も飛び上がり、サッとニコライの影に隠れた。
その縛り付けられた異形のものは、表情を曇らせたホワイトにほんの数瞬視線を向けた気がした。
「なんだよ、なんなんだよこいつ!!」
「逃げよう。すぐに逃げた方がいい」
「…あれ、タフなリーダーは?」
エドウィンの言葉に男がいないことに気がつく。
未だに唸り声を上げている「それ」から視線を外せないホワイトが、ナイフを構えたまま、呆然としていた。
そこでクルルルと何かの駆動音のような鳴き声が小さく聞こえていた。モンバサが呟く。
「敵がいる」
突然。そのモンバサの腹を背側から木の幹が刺し貫いた。断末魔の声を上げるモンバサに、さらには銃弾が叩き込まれる。
バッとホワイトが先を見ると、銃を構えた男の姿が。
「走れー!!」
男の声が聞こえ、メンバーは銃を構えて一目散に駆け出した。
見えない何かに向かって発砲を続けていると、その何もない場所から青い高圧弾だと思われる弾が飛んできた。
バラバラになり駆け逃げるメンバー。「走れ走れ」と男の声が聞こえる中、全員が無我夢中で走った。
集落のすぐ側はきつい斜面だったらしく、足をもつれさせたメンバーの殆どが、その傾斜を転がり落ちていった。
そしてそのまま崖ふちになり、滝壺へと落下していく。
男やイザベルの悲鳴。スタンズの悪態などが全て滝壺に飲まれていく。
ニコライ、エドウィン、ハンゾーの姿も滝壺に落ち、全員が息も絶え絶えに近くの岩場へと上がっていった。
咳込みながらその場に座るメンバー。座り込んだ男の頬をイザベルが平手で打った。
「あんたのせい! デス・キャンプに踏み込んで襲われるの待ってただけ!」
「……敵の正体が知りたかった。君こそ、事実を話してやれ」
「何のこと?」
「とぼけるな! あの生き物に出くわした時のあの目! あの反応!
何か知っているんだろう?」
男が逆にイザベルを問い詰める。
その時、ホワイトの悲鳴が聞こえた。
そういえばホワイトの姿はこの場にはなかった。バッと一同が滝壺の方を見る。
ホワイトは悲鳴を上げながら、先程の傾斜を転がり、崖のふちで草木にしがみついていた。彼女が落ちて来るのも時間の問題だろう。
だが、ホワイトの身体が何かに掴み上げられたように崖の上へと戻った。
岩場にいたメンバーがそれを驚きつつ、目をこらして見つめていた。
掴み上げられたホワイトの身体は「透明な何か」に姫抱きされたようだ。
ぎゅうと目を閉じるホワイト。「何か」はバチバチと電気の火花を数回上げた後、姿を現した。
下から見つめていたイザベル達は身を低くする。
現れた、狩りをしている異貌の敵の姿を捕らえつつ、抱っこされているホワイトと交互に見ていた。
そこではあろうことか小さく微笑んだホワイトがその生き物に何事かと話している。
その生き物もホワイトに何かを囁いたあと、突然、滝壺へとホワイトの身体を放り投げた。
再度のホワイトの悲鳴。
だが悲鳴は滝壺に飲み込まれる事なく、空中で鳥のような何かにくわえられた。続く悲鳴。
鳥はホワイトの服をくわえたまま、イザベル達がいる岩場へとホワイトの身を投げた。
そのまま飛び去る鳥と、ごしゃ。と着地するホワイト。
ぴょこんと跳ね上がったホワイトが両足を投げ出して散々悪態をついた。
「もー!! ブラックの意地悪!! 普通、女の子を投げないよ!!
鳥ちゃんも乱暴だし、あとでハンドラーにみんなのこと言ってやるんだから!」
「あんた…?」
イザベルの呟きに肩を震わせたホワイトがゆっくりと振り返って、頬に指を当てて可愛く微笑んだ。
「イザベル、みんな、無事! 大丈夫!」
「あんたは大丈夫じゃなさそうだがな」
後頭部に押し付けられた男の銃に、ホワイトは深い溜め息をついたあとに両手を上げた。
「はいはいはいはい、ギブアップー。
最初にも言ったように貴方達と戦う気はないから、銃下げて欲しいなぁー。嫌だなぁ、それ」
「断る。あの化け物達の仲間だったのか」
いきなり流暢に話し出すホワイトに警戒が強まっていく。ホワイトの頭にゴリッと強く銃口が押し当てられた。痛みに少女の表情が険しくなる。
「違うよ。本当、本当だってば。
ブラック達は私を本気で殺そうとしてくるもん」
「さっき助けられていたように見えたが」
「ブラックは私で遊んでるだけだよ。私達、ずっとゲームをしているの。
私が逃げきったら私の勝ち。私が彼らに捕まったら、プレデターズの勝ち」
呆れたように言ったホワイトが岩場に握っていたナイフを投げ出した。
そのまま手を上げたまま男へと振り返った。
「その銃を降ろしてくれたら、貴方達に有益な情報を提供してあげるよ。
悪いようにはしないよ? 私のためでもあるのだから」
ニコニコと笑うホワイトに、ゆっくりと銃口を下げる男。
手を下げたホワイトが岩場にペタンと座り混んだ。
「で、何聞きたい? 私が知っているものなら答える」
「あいつらは何なんだ? 何が目的だ?」
男が改めて岩場に腰を掛け、ホワイトに向き直る。
警戒は続けているのか、みなホワイトから数歩離れた位置にいた。
適度に緊張した空気の中、表情豊かなホワイトは頬に手を当てて考えるように首を傾げた。
「あのね、ブラック達は…総称プレデターと呼ばれる戦闘民族なの。
とりあえず、今このジャングルにいるのは3体。
リーダー格のブラックに、あのわんちゃんを連れてるハンドラー。偵察用の鷲を連れてるのがファルコナー」
ホワイトは1度言葉を区切るとまた話し出す。
「私も凄く知ってる訳じゃないんだけれど、プレデターズにはエイリアンっていう敵がいて、そのエイリアン狩りの合間に、この島に人間を集めて、人間狩りで遊んでるみたい。
自分達の腕が訛ってしまわないように、強化も含めてね。
貴方達は選ばれたんだよ。餌としてだけれども」
「それで、お前は何者だ?」
男の問いに、ホワイトは困ったように首を傾げる。
ホワイトは「うーん」と声を零してから、持っていたナイフを見つめる。ゆっくり話し出すホワイトが懐かしむように言葉を繋げた。
「この…『人間狩り』はね、ずっとずっと昔から続けられてるみたいなの。
それで、今から16、7年前かな? 女の人が投入されてね」
もちろん、彼らが殺しちゃったんだけど。とホワイトは曖昧に微笑んだ。
「でもその時にね。お腹の中に赤ちゃんがいたみたいで…」
母体の腹を裂いた時、その小さな命未満の命は奇跡的に生命活動を続けていた。
「でね、気まぐれなブラックが生きてた私に興味を持って、適当に育てられて、只今狩られる対象の1人って訳」
「…嘘。ありえない」
「それはどっちの意味? 母体が死んでも私が生きていたこと?
それともあのブラックが育てたこと?」
「両方よ」
囁くイザベルにホワイトはクスクスと微笑んだ。
あの凶悪そうな地球外生命体が子育てをするとは到底思えなかったのだろう。
「私が生きてたのは本当に奇跡。
あと彼らが育てたって言っても3食ご飯をくれた訳じゃない。
物心ついたときには、このナイフ1本持たされて、ジャングルの中に放られて、あとは『死なないよう』にされただけ」
どれほど傷付こうと死ぬまでには至らなければ放っておく。
そんな過酷な環境の中、それでもホワイトはただ必死に生き延びていた。
「この暑さにはやられるし、とにかくご飯ないし、親だと思ってたブラック達は殺気満々で追い掛けてくるし、…本当よく生きてるよねぇ。
私ってば強運」
さて。と立ち上がったホワイトが静かに自身を見つめる回りを見渡して、にっこりと笑った。
「あのね。私も逃げたいのは山々なの。プレデターズは毎回毎回人間を呼んで来る。
人間を端から徐々に殺していって、いつも私だけを残すの。何でかわかる?」
ホワイトからの問いに、ニコライが静かに口を開いた。
「気に入っているからじゃないのか?」
「そうそう。育てたんだからさ」
エドウィンもニコライの意見に乗ったがホワイトは本当に困ったように苦笑を零した。
そのまま両手を上げて肩を竦めるホワイト。深い溜め息がつかれた。
「そうならよかったんだけどさ…。
グループの最後の人間を殺したあとの標的は私なの。
じわじわと、本当、死んだ方がマシ。ってぐらいに傷付けられて、生死をさまよってさ。
そのくせ回収されて、プレデターズの持ってる超強力な医療器で治されたあと、治りかけの状態で次の人間狩りにまた投入。
はい、また最初から〜。私は片っ端から人が死んでいく恐怖に怯えながら、この出られない島で逃げ回らなきゃならない」
手を広げくるくると回りはじめるホワイト。
その回転を急に止め、リーダー格の男の前で笑うと座っていた男に片手を差し出した。
「私は貴方達が生きてれば痛い目に遭うこともない。
だから私は貴方達を全力で守るわ。他でもなく自分のためにね。
これでは信用ならない?」
男は黙り込みホワイトを見つめた。未だ信用はしていない。というのがわかる瞳をしていた。
ホワイトはこれ以上の弁解もないのか、男を静かに見つめていた。
ホワイトの伸ばした手をとることはなかったが、それでも男は立ち上がった。
「敵がなんであれ…全員始末する。
…まずは防御線を張ろう。
敵をおびき出す。そして集中攻撃で一気に蜂の巣にする」
「じゃあこの先に良いところあるよ。傾斜になってて、彼らは下から上がってくるしかないとこ」
戦闘を切って歩き出したホワイトに、戸惑いつつもメンバーはゆっくりと立ち上がってホワイトの後を追い掛けた。
†††
ジャングルの中、ホワイトはハンゾーの横に座り、ナイフで地面に落書きをしていた。エドウィンがそれを何をするでもなく見つめていた。
ホワイトが地面に書いてるのは少なくとも犬猫には見えない何か得体の知れないものだったが、地球にいたことのない少女は犬猫を見たことはないのだろう。
その時、ホワイトが動きを止め、サッとある一点を見つめた。するとその数瞬後に何かの鳴き声が辺りに聞こえた。
身を低くしながらホワイトはナイフを構え直していた。武器を持たないエドウィンを庇いながら、草影から様子を伺う。
「……ファルコナーの鳥ちゃんしかいない。
あの子は素早いよ。いけそう?」
「いくしかないだろう」
男の返答にホワイトはそれもそうかと近くの木の根元にナイフを押し当て、切れ味を確かめた。
だが鳥は、鳴き声はするというのに一向に姿を見せない。どうやらこれが罠だと既に知っているようだった。
メンバーは身を低く銃を構えていたが、その中で男が静かにエドウィンに近付いた。
「よう、ドクター。
あんたが役に立つことを思いついた」
ニヤと笑う男にエドウィンが少なからず青ざめる。理解したエドウィンが首を左右に振った。
「無理無理無理絶対に無理だって」
「囮なら私が行くよ。エドウィン程度だと捕まっちゃう」
「お前ならアレは襲わないかも知れない。
ここまで来て逃げられる訳にはいかない」
ホワイトが不安そうに声をかけたが、男はまだホワイトを完全には信用していないようだった。
肩を竦めたホワイトは立ち上がり、剥き出しの木の根に飛び乗った。
急かされ、嫌々ながらも走り出すエドウィンを目で追い掛けながら、ホワイトは違和感を感じていた。
だが、その違和感が何なのかわからないまま、囮となったエドウィンを鳥が追い掛けはじめた。
エドウィンの悲鳴が聞こえる中、イザベルと男が銃を構えていた。
ハンゾー、ニコライ、スタンズが息を呑んで見つめているホワイトは静かに辺りを見回し続けていた。
突然。バシュッと鋭い音が響き、鳥が銃撃された。短い息を吐くエドウィンが抗議の声を上げた。
「酷い! 酷いよみんな!」
銃を構えながら落下した鳥に集まったが、ホワイトは未だに表情を険しくしたまま辺りを警戒していた。男が感嘆の声をイザベルに向ける。
「よく当てたな」
「……………当ててない」
空気がサァッと凍った。ナイフを構えるホワイトに習い、全員が警戒を強めた。
「――――こっちだ――」
突然、どこからともなく声が聞こえた。
その声は立て続けに「こっちだ、こっちだ」と他方向から響き渡る。辺りを見渡すが何も発見出来ない。
静かな装填音が聞こえ、バッとホワイトが何もないある点にナイフを突き出した。
「誰? ブラックでもハンドラーでもファルコナーでも無い。誰なの?」
ナイフを突き出した先、リーダー格の男のすぐ側。バチバチと音を立ててプレデターズと同じ仮面を被った姿が現れた。
銃口はまっすぐホワイトに向けられ、ホワイトは同じくまっすぐナイフを向けていた。
現れた姿はゆっくり仮面に手をかけ、空気の漏れる音を立てながら外した。
仮面の下から現れたのは人間の男の姿で、ホワイトは怪訝そうに顔を歪めた。
「貴方、何?」
「…生きてんのさ」
返答は随分と曖昧なままで、銃口を外されたのを機にホワイトもナイフを下ろした。
メンバーは黙って現れた男を見ていた。
「…声がデカすぎる。着いたときから匂いがした。
奴らも聞いてる。嗅いでる。
すぐに嵐が来る。こっちだ」
「待って、あんた、誰なの?」
イザベルが声をかけ、男は怪しく笑いながら答えた。
「ノーランド。
…逃げるんだ。逃げて1日生き延びる…。
……やられてたまるか」
振り向き歩き出した男にホワイトが躊躇いもなく着いていく。続いて全員が着いていった。