(番外・短編)

※ホワイトが子供の時のお話

鱗はなく、牙もなく。透き通った肌に絹糸のような髪。ぱちりぱちりと瞬きをする瞳は真っ直ぐに俺を見ていた。
小さな手が俺の仮面にぺたりと触れる。溝をなぞり、窪みに指を這わせて、何が楽しいのか時折満足げに笑う、鬱陶しい存在。

視界にちらちらと入ってくるそれが億劫で、せめて爪を引っ掛けないように遠くへと押しやると、小さな身体は簡単にバランスを崩して尻餅をついていた。その様子を見て、近くにいたハンドラーが大袈裟に声を上げた。

『ブラック。あんまり意地悪してやるなよ』

人間。俺達とは普段相容れない存在。俺達が普段、狩り殺している存在。だというのに、そんな人間の子供を拾い上げた時の俺は随分と気が狂っていたようだ。
成体となった人間でさえも簡単に死ぬというのに、幼体の状態なんてどう扱えば死なないのかがわからない。
少しでも爪を引っ掛ければすぐに主要の血管に当たって殺してしまいそうだった。

それなのに子供は俺達を、強いては俺を親だと思っているのか一切離れることなく周りをうろちょろとするのだ。これでは何時か必ず踏み潰す。

転んだのにも関わらず、泣くこともなくきょとんとしている子供の頭をハンドラーが猟犬達にするかのように器用に撫でる。
子供はまた満足そうににこにこと笑っていた。どうやら元々猟犬達の世話をしているハンドラーは、子供の世話も下手ではないらしい。

今まで狩りしかしてこなかった。子育てなどしたことがある筈もない。薄々気が付いていたことだが断言をする。俺には子育ては出来ない。

『そうだ、ハンドラー、』
『そのままハンドラーに世話を任せるなよ』

とても良い案を思いついたと同時に、近くにいたファルコナーに釘を刺されてしまう。
じとりとファルコナーへと目を向けると、ファルコナーも呆れたように俺を見返してくるだけだった。

『お前が拾ったんだ。お前が世話をしろ』
『リスト・ブレイドの使い方を学ばせようとしたら止めたのはお前達だろう…』
『せめてあと2年は待て』

腕を組みながらそう言うファルコナー。俺はもっと早くから戦い方や狩りの仕方を教え込む予定だったのに、ハンドラーもファルコナーもまだ幼な過ぎて無理だと引き止めるのだ。
それなのにきちんと面倒は見ろだの乱暴はするなだと二体とも案外子煩悩だ。面白そうだとせっかく拾ったというのにまだまだお預けは続くようだ。

『それで、名前は決めたのか?』

たどたどしく歩く子供がまた転ぶ前に抱きあげるハンドラーがそう問いかけてくる。俺は深く黙り込んでいるとハンドラーが低く呆れたように唸っていた。

名前などつけていない。名前をつけずとも子供は俺達から一切離れようとはしないし、名前がなくとも今まで問題がなかった。

『必要か?』
『必要か、って名前くらいは必要だろう!』

怒ったように言う過保護なハンドラー。そして当の子供はハンドラーの仮面から生えている牙を撫でて遊んでいた。牙の先は鋭利になっているため、子供がそこまで手を伸ばす前にハンドラーの手が子供の小さな手を包む。

『家畜ではなく知的生物として育てる気なら必要だろう』

俺が渋い顔をしているとファルコナーまでもそんなことを言う。今まで問題なかったのだから、これからも必要はないかと思っていたのに。
俺と同じく狩りしかしてこなかった筈のハンドラーが随分と慣れたように子供と遊びながら、溜め息と共に言葉をかけてくる。

『自分で名前をつけてみろ、ブラック。案外それで愛着が沸いてくるかもしれないだろう』
『………そんなものだろうか』

じっと子供を見つめると、俺の視線を感じたのか俺を見上げてくる。小首を傾げて笑う子供に指先を差し出すと、子供はなんの警戒心もなく掴んでくる。
そのまま指先だけで身体ごと引っ張り上げると子供は楽しげに声を上げて吊り下がった。

そして肩に乗せると子供は器用にバランスを取って、ハンドラーとファルコナーへ手を振っていた。全く呑気なもんだ。

『ブラック。子供を抱える時は両手』
『はいはい』

小言の煩いハンドラーの言葉は殆ど聞き流して、俺は子供を肩に乗せたまま立ち上がる。


リスト・ブレイドを解体する。埃がないか不調がないか切れ味は落ちていないか。組み立て直し、手近に置いておいた試し切り用の生肉にブレイドを突き立てる。
引き抜いてブレイドについた血を拭い取り、いつもの定位置に収める。

そこでふと周りを見ると、いつもじっとこちらを見ている筈の子供がいないことに気が付いた。

外では雨の音が聞こえてくる。居ない事は特に問題はないのだが、俺が見ていない所で怪我をされていた場合、ハンドラーとファルコナーが口煩く言ってくることは安易に予想が出来た。仕方がない、探しに行くか。

立ち上がり、徐に歩き出す。子供が行きそうな場所に心当たりは全くない。
それでもこの居住区で気配を殺さずに動き回るものなんてあの子供しかいない。痕跡を追いつつ、少し歩けばすぐにその姿は見つかった。

子供は船から降りてすぐ先にいた。犬のように猫のように木の幹にしゃがみ、周りにはハンドラーの猟犬達が囲んでいる。
猟犬達の躾は行き届いていたのか特別噛まれることもなく、子供は時折猟犬達を撫でながら目を閉じて降り注ぐ雨を浴びていた。

今は涼しい顔をして、猟犬の真似をしながら雨に当たっているが、決して低い気温を想定した身体付きでは無い。身体を壊されても面倒だ。
船の中から声を掛けようとして、はたと止まる。確かにハンドラーの言う通りかも知れない。名前が無いとこういう時には不便だ。

仮面の下で俺は口を開いて次にまた閉じる。名前? そんな咄嗟に思い付くはずもない。しかもこれから『アレ』の個体名になるのだから尚更だ。
俺が逡巡する間にも子供はどんどんと雨に濡れていく。視界に映る赤外線もどんどんと体温が雨と共に流れていくのを伝えていた。

肌を流れていく雨。髪の毛を滴り落ちる雫。薄い身体に張り付いた白い服。
触れれば折れそうで、早く鍛えないと不意に殺してしまいそうだ。だからこそ、早くブレイドを持たせ、プラズマキャノンの使い方を学ばせ、戦えるようにしておきたいというのに。

仮面の下で短く溜息のようなものが零れる。その後、再び口を開いて子供に向かって声を掛けた。

『ホワイト』

咄嗟につけたにしては良い名前だと思う。これで愛着が沸くのかは謎だが、呼べば来るようになれば幾分マシだろう。
まぁ、やっと付けた名前だと言うのに、当の本人が全く反応しないものだから、結局俺も雨に濡れて連れ戻しに行く羽目になったが。

当たり前だったかもしれないが、これから名前を覚えさせることもしなくてはいけないようだ。

どこかへ走り去らないように手を繋げば、きらきらとした目で俺を見上げてくる。
再び覚えさせるように名前を呼びかければ、理解したのかしてないのか、にこにこと機嫌良さげに笑って俺の名前を呼んだ。


(時雨)


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