幸せな夢を見る。
私にとっての幸せな夢。私だけの、充実した幸せな夢。
化け物、怪物だと人間は言うけれど、彼らが好きな、でも人間である私は、結局何なのだろう。
幸せな夢を見る。
私にとっての幸せ。終わりの無い幸せを願っていた。
†††
ホワイトの夢が覚めた。
少女はぼんやりと暗い金属で出来た天井を見つめ、ギシッと痛んだ両足を抱え込んだ。
その部屋はほとんどの調度品が金属で出来ていた。
剥き出しの金属には、見慣れない模様や骨で出来た飾りなどが見られ、ここが彼女の馴染んだジャングルではないことを切に伝えていた。
数少ない布が使われたベッドの上で、ホワイトはうずくまるようにして体育座りをする
ホワイトがこの部屋に入れられたのは約1ヶ月前。
イザベルや男(ロイスという名前らしい)が、今、あの土地で生きているのか。
はたまた脱出したのか、それとも死んだのかを、ホワイトは知らない。これから知ることもないだろう。
ただあの時、死すら決めていたホワイトを待っていたのは、降りてきた新しいプレデター達。
自慢のナイフを振りかざしたホワイトを、彼らはそれ以上傷つけることなく、そのプレデター達は小さなホワイトの身体を軽々と抱え、この部屋へと押し込んだのだ。
ここが何処かを深く知らないが、未だ微かな浮遊感が続くことから、宇宙に向かって、ホワイトの知らない土地に向かっているのだと予測していた。
ぼんやりと体育座りをしていたホワイトが、ほんの少し顔を上げる。
すると鍵の開くような音がして、金属の重い扉が僅かに開いた。
静かにナイフに手を伸ばすホワイトをよそに、入って来たのは身体中に大きな牙を生やした犬のような生き物だった。
以前はハンドラーの猟犬だったその生き物にホワイトは優しく微笑みを向ける。
「おはよ、わんちゃん」
ナイフを横に置き、ホワイトは自分のすぐ隣を数回ぽんぽんと叩いた。
嬉しそうにベッドに飛び上がり、伏せの格好をするプレデター猟犬。
ホワイトは猟犬の牙の間を掻くように撫でた。唸る猟犬は心底気持ち良さそうだ。
『人間、食事だ』
視線を扉へ向けると、ホワイトを捕まえたプレデターがトレーに食事を乗せていた。
巨体なプレデターの手に乗る不釣り合いなトレーをホワイトは無感動に見つめる。
ベッドから動かずにいると、そのプレデターはベッドサイドまで近寄り、ホワイトに食事を手渡した。
『食え』
「……ありがとう」
ホワイトはトレーに乗せられた木の実や焼かれた肉を目にする。
流石にパンに牛乳。とまではいかないが、人間のホワイトが食べられるものが乗せられていた。
何の肉かまでは追求しないが。
「……これ、エイリアンの肝臓とかだったらどうしよう」
『ご所望なら、すぐに』
「絶対に、嫌」
トレーに詰まれた木の実に手を伸ばすホワイト。木の実を口に含みながら、横に置いていたナイフで肉を乱暴に切ると、その破片を猟犬へと食べさせた。
肉を咀嚼する猟犬を見てから、ホワイトは両足に残るリスト・ブレイドの傷痕をさする。
その傷は腱を切断しており、以前のように歩くことは困難だった。
黙ってそれを見下ろしていたプレデターが哀れむような瞳を向けた。
『まだ治していないのか。我らの医療なら人間の腱程度、すぐに再生出来るが?』
「……うん。そう、なんだけど…」
ホワイトは寂しげに微笑むと、足に残る痛々しい傷を撫でた。
「…約束…してる、から…」
あの時、『彼』はあとで治すとホワイトに約束をした。
だからこそ、ホワイトは傷をこのまま残しておきたかった。いつか彼が戻ってきて、この傷を直してしまうことを信じて、夢見て。
この傷を治してしまえば、『彼』がいなくなったということを証明してしまうようで、ホワイトはそれが嫌だった。
だから今も、こんな醜い傷を残しつつも、ここで惨めに生きていた。
ぐっと歯を食いしばりながら、ホワイトはプレデターを見上げた。
「…足の動かない戦士は使えない…。
私もこのままだったら貴方に殺されるの?」
ホワイトの問いに目の前のプレデターが静かに唸った。
『……普通なら人間のお前が我らの保護下に置くことなどない。
だがお前は、あのブラックの所有物だ。下手には捨てられぬ』
ブラック。その名前にホワイトの胸がチクリと痛みを訴えた。
きゅっと胸元を抑えながら、苦しげにホワイトは俯いた。
側に転がるのは、幼い頃にブラックから貰ったナイフ。
ずっと肌身離さず、持ち続けていたそのナイフは、ホワイトに安心毛布にも似た何かを感じさせた。
ホワイトの視線はナイフを捕らえていた。
「………今更…、今更、人間として生きる気はないよ。そして、このまま生きながらえる気もない。
ナイフはある。…諦めがついたら貴方達と同じ戦士として自決させて。使えない者は排除するべきでしょう?」
――私にブラックは既にいないという、諦めがついたら。
プレデターは無言でホワイトの姿を見下ろすと、彼女を不安げに見上げる猟犬を連れて背を向ける。
扉に手をかけたところで一瞬振り返ったプレデターが、ホワイトにも聞き取れない音量で何かを呟いて、部屋から出て行った。
「……はぁ…」
ぱたりと、倒れこむようにベッドに横になるホワイト。枕を引き寄せ、そこに顔を埋めた。
人間としての母など忘れた。父など知らない。
知っているのは、深い森の中と、襲って来る、人とは呼べない悍ましい姿の生命体。
その生命体はホワイトを殺しにかかるくせに、死ぬ寸前になれば慌てて助ける。
彼らしか知らないホワイトは、いつのまにか完全に、彼らに依存していた。
「……ハンドラーの馬鹿…、ファルコナーの阿呆…。…ブラックの…意地悪…。
みんなみんな、私を勝手に生かして、依存させておいて…先に死んじゃうだなんて…。
酷いよ…」
怖かった。何も言わずに襲って来る彼らが。何よりも怖かった。
なのに。
ホワイトの記憶に残るのは、怪我をしたホワイトを治療するブラックの姿。
あの時は、未だ怖かった筈。治ればすぐに殺しにかかるくせに、どうしてそんな風に優しく触れることができるのだろうかと、酷く怖かったのに。
今ではそれが恋しくて。
寝転がったまま天井を見上げたホワイトが、逆手にナイフを握るとその刃先を自身の首筋へと付けた。
冷たい刃の先がホワイトの首にほんの少し食い込む。
そして刃とは反対に暖かい血が一筋流れた。刃先が少し離れ、ホワイトの涙が重力に従って頬を伝い、落ちていった。
「…………みんながいないと、嫌だよ………」
ナイフの柄に力が加えられ、振り下ろされるナイフがホワイトの細い首を狙った。
ガシャン。
自決しようとしたそのナイフが床に吹っ飛んだ。
はっと目を開けたホワイトが自身の赤くなった手を呆然と見つめた。
『……何をしようとした?』
声が聞こえた。びくっとホワイトの肩が震える。
そっと視線を横にずらすと、そこには死んだと思っていたブラックがホワイトの手からナイフを叩き落とした状態でただ彼女を見下ろしていた。
また涙を溢れさせたホワイトが飛び起きようとした所で、ブラックの手がホワイトをベッドに縫い付けるように彼女の首を掴んだ。
「!? …ゴホッ…ブラック、止め…て…」
『何をしている、ホワイト』
仮面に隠れているブラックの瞳は絶対零度よりもまだ低くホワイトを睨んでいた。
咳込みながらもブラックの手の甲を掻きむしるホワイトが苦しみを訴えたが、彼は微動だにしないまま言葉を零していた。
『くだらない事をしようとしたな。ホワイト。
俺達が…、俺がいないというだけで、何をしようとした?
ホワイト程度の力で一端の戦士になったつもりか? 自決など、できるとでも?』
『ブラック、ホワイトが死ぬ』
ブラックの後ろには先程の猟犬を連れたハンドラーや、憮然と腕を組むファルコナーの姿もあった。
その姿が見えたホワイトは首を絞められつつも、ふわっと花が咲くように微笑んだ。
ブラックの手が一瞬弱まる。ホワイトの掠れた声が静かに響いた。
「…みんな、……生きてる……」
『………』
「よかった」
ブラックの手の甲を押さえていたホワイトの手が力を失いかけた。
再び声をかけようとしたハンドラーだったが、ブラックは静かにホワイトから手を離した。
細められたホワイトの瞳がブラックを捕らえる。ベッドに飛び乗った猟犬がホワイトから流れた涙を舐めとった。
軽く咳込みながら、身体を起こしたホワイト。目の前に佇むプレデター3体を改めて見つめていた。
彼女は嬉しそうに表情を緩めたが、表情を引き締め、彼らを見上げた。
「みんな、生きてたんだね」
『あぁ。俺達、暫く仮死状態だったんだ』
「……それで1ヶ月も会いに来てくれなかったの?」
ベッドの淵に腰掛けてから次にファルコナーを見つめるホワイト。
基本的に無口な彼は仮面の下でホワイトを見つめ、大きなその手でホワイトの頭を撫でながら答えた。
『いや。
俺達は人間狩りで失敗しつつも生き残った。部族の威厳を汚したとして1ヶ月間の謹慎処分を受けていた』
『ブラックに至ってはホワイトの事がばれたから――痛っ』
口を挟んだハンドラーが横からブラックに脇腹を殴られた。首を傾げたホワイトがぽかんと彼らを見つめる。心配そうに表情を歪めたホワイトは、ブラックの腕に僅かに触れた。
「何かあったの…?」
『俺達が人間に積極的に接触するのは禁じられている』
『ファルコナー…!』
『ホワイトを育てていたことがばれて、ブラックはこれから更に1ヶ月、狩りにはいけない』
ブラックがファルコナーを制止する声を上げたが、ファルコナーは涼しい顔で告げていった。
彼らにとって狩りを奪われるというのは最大の苦痛でもある。
表情を曇らせたホワイトがブラックを見つめる。ブラックは静かにホワイトを見下ろしていた。
「…私のせい…?」
『………ホワイトには関係ない』
「関係はあるよね」
『煩い』
ホワイトの頭に拳を落とすブラック。手加減はされていたが、その痛みにホワイトは頭を両手で抑えた。
頭を抑えていたホワイトだったが、次に、へらーと頬を緩ませる。
ハンドラーとファルコナーが後ろで黙って佇む中、ブラックが軽く首を傾げた。
『なんだ?』
「んー」
ニコニコと笑いはじめたホワイトがベッドの淵から立ち上がる。
彼女は怪我のためふらふらとしていたが、そのままブラックに寄り掛かった。ブラックは黙ってホワイトの身体を支える。
『…座ってろ、ホワイト』
「私ね、」
ごつごつとした身体に顔を埋めるホワイトが囁いた。
「私、やっぱりずっとみんなといたい。
人間だけど、人間でしかないけれど、でも、でも」
ホワイトが微笑んだ。
「好きなの。みんなのこと」
『………』
ブラックが仮面の下で目を閉じた。そして小さなホワイトの身体を軽く抱きしめる。
そこでブラックとホワイトに近づいたハンドラーが、ホワイトの身体を抱えて剥がす。
彼はホワイトの両足の怪我を気にしながら、抱き抱えた。
「わ。ハンドラー?」
『足を治してやる。早い方がいいだろ?
今、クラシックが医療室を貸し切りにしてる』
「クラシックも生きてるの!?」
『ブラックの計らいでな』
『余計なことばかり言うな、ハンドラー。
それに、』
低い声を出したブラックが、ハンドラーからホワイトを奪い返した。荷物のように担がれたホワイトが短い悲鳴をあげた。
『これは、俺が治すと約束した』
「ブラック、乱暴!」
『煩いぞ、ホワイト』
肩にホワイトを抱えたまま、ブラックは部屋から出て行く。
残されたのはぽかんとするハンドラーと、腕を組んだままのファルコナー。
足元に寄り添ったプレデター猟犬をハンドラーは撫でながら、溜め息をついた。
『あーあ、ホワイトと遊ぼうと思ったんだが』
『暫くはブラックに任せておけ。下手したらアイツの機嫌を損ねるぞ』
『それは嫌だな。被害を喰らうのは、結局俺だ』
苦笑をこぼすハンドラーとファルコナー。
そして、口喧嘩しながら船の通路を進んでいくブラックを見送った。
(happy end)