†††(今に至る)
「兄貴、またユースちゃん泣かした」
エリダナでの暗殺任務が終わったあと、ベルドリトが訴えるようにイェスパーに言った。
寝転がっていたイェスパーはベルドリトを見る。実の弟は真剣に兄を責めていた。
「ユースちゃん、ずっと泣いてるよ。もうちょっとユースちゃんに気を使ってあげなよ」
ベルドリトが兄に訴える。イェスパーは何を思ったのか、ぼんやりとベルドリトの話を聞いていたが、ふと気付いたように声をかけた。
「ベルドリト、お前、ユースが好きか?」
「えっ?」
突然の兄の質問に、ベルドリトは驚きの声を上げる。イェスパーは身を起こしてベルドリトを見ていた。
1つしかない瞳はベルドリトを黙って見ている。
「どうなんだ?」
「――――――――好きだよ?」
答えられた言葉。
イェスパーに少なからず驚きが走った。ベルドリトは真剣な表情を見せつつ、そのまま言葉を続ける。
「僕はユースの事が好きだよ?
兄貴よりもずっとユースちゃんを想ってるし、ユースちゃんの側にいたい」
イェスパーが言葉を無くす。だが、ゆっくりとベルドリトに返事をした。
「……駄目だ」
出たのは拒否。
イェスパーは嫌だった。弟にユースを取られるのも、ユースが自分以外に好意を向けるのも。
また疑問が起こる。
「どうして?
兄貴はユースちゃんの事、なんだと想ってるの!」
ベルドリトの言葉が凍った胸に痛い。弟の言葉はイェスパーの疑問でもあった。
―――俺はユースを何だとオモってる?
イェスパーは結論を出さないままに首を振る。
「………とにかく駄目だ。今は皇都に向かう事が」
「そうやって話をそらす。ユースちゃんにだって兄貴はいっつもそうだよ」
擬音語だが擬態語を使わなくなったベルドリトは不思議でたまらない。だがそれだげ真剣に彼は話していた。
イェスパーだけが話をそらし続ける――。
「ユースは…ユースだけは駄目だ」
何故? 妹みたいだから? 取られるのが嫌だ?
わからない。ユースをどうしたいのか。ユースに何を望んでいるのか。
「…………兄貴もユースちゃんの事、好きなの?」
好きかどうか。そんなのはイェスパーには理解出来ない。
モルディーンへの誓いと、ユースへの感情、エレネーゼに向けた想い。
ベルドリトやキュラソーに向ける気持ちは何が違うのか。
機械だと思っていた彼自身、1番不思議な感情でもあった。
ただ1つだけユースに関して言えるのは。
「………嫌われたくはない。と思う」
そんな曖昧な感情で。
ベルドリトは頬を膨らませたあと、溜め息をついて真剣だった顔を歪ませた。いきなり可愛らしい笑顔を浮かべる。
「もげもげ、僕がユースちゃんが好きってゆーのは『嘘』だったり?」
「っは?」
「信じた? 信じた? 兄貴、結構信じてたでしょっ♪
僕はユースちゃんの事、一生懸命応援する側だからね♪」
ゴチン。
「いったー!! 真剣に痛かったぁ!!」
イェスパーが無言のまま思い切りベルドリトの頭を殴り、ベルドリトは悲鳴を上げた。
「ふざけた事をするな」
「……でも、ユースちゃんの事、真面目に考えられたでしょ?」
兄に真面目に考えさせるため。弟の考えはわかったが、苛々する事に変わりはない。
不覚にも真剣に『ユースを取られたくない』と思ったからだ。
イェスパーはムスとしたまま、ベルドリトから顔を背けた。
ベルドリトはふぅと息を零して兄の背にふにゃんと背中を合わせて笑った。
「でもー、兄貴には焦って貰わなきゃねぇ」
「うるさい」
ベルドリトは、はにゃーとイェスパーを覗いた。イェスパーはベルドリトを睨む。
「この前ね。ユースちゃんに『兄貴の次に好き』って言われたから♪
そのうち順位変わっちゃうかもぉ」
「む」
イェスパーが1度唸る。ベルドリトは本当に楽しそうに笑った。
「兄貴、ユースちゃんの事、考えてあげて。
じゃないとユースちゃん、いつか死んぢゃうよ。ユースちゃん、兄貴を好きになるのが初めてなんだから。
加減も諦めもできないんだよ?」
「初めて…?」「ユースちゃんの初恋は兄貴だよ」
それは初耳だった。だが、納得も出来た。ユースと会ったのはそれほどまでに幼い時だったのだから。
溜め息をもう1度つく。それは困惑ではなく、自分自身に向けて。
†††
『イェスパー? どうしたの? 電話なんて珍しいね』
「………かけてみただけだ。元気か?」
俺は思い立ったようにユースに電話していた。
ユースの声が弾んでいる。俺は苦笑をいつのまにか零していた。
『すっごい元気! 今日も異貌のものどもから逃げきれたもの』
「大変だな」
『イェスパーも任務忙しかった? 怪我はしてない?』
「あぁ」
『イェスパー、もっとお話してくれないとつまんない』
ユースが声を上げるが俺は困惑し、眉を潜めただけだった。
「俺にはそんな器用な会話は出来ない」
『ふふふ。大丈夫。あんま期待はしてなかったし。
私は話してれば楽しいもん』
ユースはいつでも真っ直ぐに俺を見つめている。
ユースにとって、もうそれしかないとでも言うように。
それでも以前より、好き。と言われなくなった気もする。
「…………む。ではこの前の任務先での話でも」
『また任務の話? 任務話はんたーい。つまんなーい』
「や、だが、それしか、ない…」
『他のが聞きたい!
可愛い系のないの? ウーちゃんやアザルんくんの話をして?』
「まず誰だ」
『ウフスクちゃんとアザルリくん。
最近会ってなくて淋しいなぁ』
「というか会った事あるのか?」
『うん。2人とも大好き』
「………お前、俺の知らないとこで知り合いが多いな」
『嫉妬してくれる?』
「嫉妬して欲しいのか」
『イェスパーが私の考えてくれるなら何でもいいの』
たわいもない会話は盛り上がる事はなく、だが、長々と続けられる。
それでも楽しいと思えた。
ユースは愛しい人との会話で、俺は理由もないままに。
「――ユース、もう切るよ」
『………や、だなぁ。もうちょっと、駄目?』
「駄目だ。明日、ユースだって早いだろう」
『イェスパーとお話したいの。イェスパーともっと電話していたい。もう少しだけでいいの。あとちょっと…』
ユースの想いが俺へと降り注ぐ。俺は黙り込んだ。
最近、痛い程ユースの気持ちを理解出来るようになっていた。
好きだから、会えないから、声だけでも聞きたいから。
そんな健気な感情が溢れだし、俺には辛すぎた。
「……」
『…………ごめんね。我が儘だった。
また今度ね』
「ユース――ッ」
ユースの声がいつの間にか震えていた。そしてすぐに切られた。
俺が思わず上げた声が、フツリと切れる。
―――また…泣かせた……か?
何故か腹が立ち、携帯を寝台に放り投げた。
泣かせただろうか。
傷付けただろうか。
悲しませただろうか。
何故ユースは俺なんかを好いたのだろうか。
俺が迷わなければ何か変わったのだろうか。
疑問が疑問を呼び。息苦しい程になったとき、俺はふと自嘲を零してしまった。
自らの眼帯を強く握り締め、笑みを浮かべ続けていた。
「これでは…。これではユースの願った通りだな……」
呟いた言葉。
俺の頭の中がユースでいっぱいで。それはユースを意識しているという事で。
もっと言えばユースが望む好意と似たようなものだった。
「何故、ここまで疑問に思うのだろうな」
そして、最後に思ったのは。
―――これでは、好きになった方が、楽だな。
感覚的に拒んでいた「好意」を願うというものだった。
†††
これが俺の片隅にあった思想。
迷いは未だにあるし、ユースへの電話は日を過ごす事に減っている。
俺は任務で忙しいし、ユースも何か別の事で悩んでいた。
泣かすのも傷付けるのも嫌だった。
ユースと出会ってから1年はとっくに過ぎた。
5年でもまだ足りず、10年ももしかしたら過ぎている。
俺にとっても、長い月日を。
ユースにいたっては生きている中の半分以上を、過ごしている。
ユースにとって俺は…。
……………俺に恋愛座卓など似合わん。
新しい任務が入ったな。今はそれに集中するとしよう。
(彼の思考(困惑))