その家はエリダナにある。

だが、その家はエリダナであれども、随分と辺境な地域に建てられていた。

その家は広く、大きく。真っ白な壁に綺麗な緑色の屋根。
外には持ち主の趣味なのか、小さな庭があった。

この辺りは異貌のものどもの王である<長命竜(アルター)>が出るという話もあり、エリダナの住民、それに攻性咒式士すら近寄らなかった。

そこにユースは住んでいた。

「ただいま」

部屋の中に人はいない。住んでいるのはユースだけだからだ。
しばらく前は、ここにユースの母が住んでいたという話をユースは『父』から聞いていた。

身分が違っていた2人はエリダナから離れたこの家で、度々会っていたのだという。

だが、母はユースを生んですぐに死に、父はユースから1時離れなければなくなった。

その離れていた期間にユースはヨーカーンに拾われる事となるのだが。

そんな昔の事を思い返しながらユースは慣れたように、自室に向かった。ぬいぐるみに塗れた可愛らしい部屋だった。

「ただいま」

ぬいぐるみ達に声をかけ、ユースは長椅子に座り、くつろぐ。

ユースが黙っている限り、家は静かに佇んでいる。静けさには慣れているユース。

ふと思い出したかのように立ち上がり、台所へ向かった。腹が減ったのだろう。

「……暇だなぁ…。
 焼菓子でも作るかなぁ…?」

そしておもむろにクッキーを作る準備を始める。

その時家の呼び鈴が鳴った。ユースは首を傾げる。

「だぁれ? イェスパー?」

期待をしながらもユースは扉を開ける。

彼は任務で忙しい。来るはずはないのに、期待してしまったユースは、ひとり苦笑を零した。

が、扉を開けて待っていたのは、ユースが望んでいたように、隻眼長身のイェスパーがいた。
彼は手には紙袋を持ち、何処か悩んだようにユースを見つめていた。

ユースは無言のまま彼の胸に抱き着く。彼は不意過ぎた行動に軽くよろけた。

「おい、ユース?」
「………ぎゅ――」
「…寂しかったのか?」

コクコクと頷くユース。イェスパーは苦笑をしながらユースの頭を撫でる。

「じゃあ着替えろ。出かけるぞ」
「え? どこに? というか、今日は任務ないの!?」

いきなり過ぎるイェスパーの発言にユースは驚き見上げる。
イェスパーは握っていた紙袋を差し出した。

「いいから。準備を。
 これにユースが好きそうな服が入っている。待っているから着替えてこい」
「え。あ。なんで?」
「………秘密にしておく。早く着替えろ。
 夜まで出歩くからな」
「ど、どうしたのさ、イェスパー」
「…………」

黙るイェスパー。ユースは首を傾げた。

「いいから早く出るぞ」

イェスパーは痺れを切らしたようにユースの肩を押して浴室に入れて扉を閉めた。

「せ、急かさないで
 待っててね。あ、あと2階に宝石箱があるの。取ってきてくれる?」
「わかった」

ユースの扉越しの声に、イェスパーは早々と宝石箱を取って来る。
扉の隙間から手渡すとユースは嬉しそうにお礼を言った。

「ふふ。2人でお散歩なんて久しぶり〜
 電話ばっかりだったもんね」
「………そうだな」
「イェスパー、声が沈んだー。やめてよねぇ」

何処か悲しげなイェスパーの声をユースが笑う。がさがさとした音が鳴るとユースの歓声が上がった。

「わー! 凄く可愛い!」
「ん。…よかったな。猊下からの贈り物だ」
「猊下様ありがとー♪」

鼻歌を歌いながらユースはここには来ていないモルディーンへと礼を唱える。

着替え終わったのか、ユースが扉を開く。
イェスパーは目を丸くした。

胸元が開いた大人っぽい綺麗で上品な黒いワンピース。
出すぎた肌を隠すような白い肩掛け。
膝上の短い裾とハイソックスの間からはちらちらと白い肌が見える。

果てしなく大人っぽい服装だが、肩掛けを止めるピンは何故か可愛らしい猫が笑っていた。

そして青い首飾りが揺れる。

「似合う?」
「…………似合わん」
「ひっどーい!」

イェスパーは変わらずの無表情だったが、何処か微笑んでいるようにも見える。
優しく笑うユースは楽しそうにイェスパーの腕に絡み付いた。

「じゃあ行こうよ」
「あぁ。そうだな」

イェスパーはユースの手を握った。
不意打ちにユースの顔が深紅に染まる。

「な、何?」
「手を繋ぎ、たい。というだけでは、駄目か」

棒読みのイェスパーにユースは思わず笑う。
ユースは幸せそうにイェスパーと手を絡めた。

「へへ。嬉しいよ、イェスパー」
「そ、うか。ならよい」
「でもどういう風の吹き回し?」
「ベルドリトが…いやなんでもない」
「ベルくん? え、何ソレ」
「何もない」
「えー?」

笑いながら2人は仲良く歩きだしていた。


†††


エリダナの地下街。

そこはネオンが輝き賑やかではあるが暗く、潜れば潜る程、闇が広がる。

だが、そこには活気のある商人達、荒々しい攻性咒式士。
そして怖い物好きの恋人達が歩いていた。

その中にイェスパーとユースが仲良く混じっていた。

「ここ初めて来た」
「エリダナに住んでいて?」
「異貌のものどもがよく溢れ出してくるから」
「…………大変だな」

イェスパーは心からユースを心配する。
ユースは慣れたとでも言いたげにイェスパーの腕に抱き着いた。

「大丈夫だって。心配しないで。
 ほら、私って大賢者様から逃げきれるような女の子だし?」
「……もう1度言う。十二翼将内で2番目に強い者を越すな。
 けなす訳は無いが、猊下に翼将に誘われないでくれよ…」

危険窮まりない十二翼将。
戦いに身を埋めるユースを見たくはなかった。ユースはニコニコと笑う。

「何回か誘われてるよ?」
「………は?」
「猊下様に。十二翼将の13番目になってみてよ。って」
「…断っているよな?」
「うん。大丈夫。私はエリダナにいたいしさ」

笑うユースに安堵したようにイェスパーはユースの肩に手を置く。

「それならいい」
「イェスパー、過保護」
「うるさい」
「嬉しいから許す」

微笑むユースは楽しそうにイェスパーの手を引っ張る。

「行きたかった店があるの。行こう!」
「あぁ。付き合おう」

腕を絡める2人。

それは仲のよい恋人のように。


†††


「はぁー♪ 楽しかった」
「それはよかった」

あたりが黄昏れ時に近づいていく、そんな時。

ユースはイェスパーから片時も離れずそばにいた。イェスパーはちらと時計を見る。

「そろそろ、いいか」
「え? どーしたの?」
「ユースは今日が……いやなんでもない」

ごまかすようにイェスパーはユースの頭に手を置く。
優しく微笑んだイェスパーにユースは抱き着いた。

待ち行く人は2人を見て、すぐに興味を失う。

はたから見れば、長身隻眼のイェスパーと幼児体型のユースが並べば、軽く犯罪な空気。
イェスパーは苦笑を浮かべるが、ユースは首を傾げる。

「まぁいいか。
 そろそろ家に戻るぞ。異貌のものどもも出てくるだろう」
「うんっ、今日は私の家で夕食食べていってね?」
「…………明日も任務はない。泊まっても?」
「もちろん!」

ユースの満面の笑顔を向け、イェスパー大好きオーラを放つ。
イェスパーはそんなユースにも慣れてきたようで、笑いながらユースの手を引く。

そして最近悩んでいた2人は不思議に思う。

何を戸惑っていたのか、好きや嫌いや悩んでいた事が不思議で。

会えばどっちでもよかった。

ユースは幸せそうに笑い、イェスパーは笑みを零す。

「……悩むのは性分じゃないか」
「なーにイェスパー、悩み事?」
「なんでもない」

ごまかすように笑ったあと、手を引いて歩きだす。


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