しばらくすると騒ぎの音が止んだ。
途中、空から突然燃え上がった<古き巨人>が落ちて来たり、建設途中だったビルが倒れたりと、騒ぎはもう人知を超えていた。
未だ完全に落ち着いた訳ではなかったが、ユースは思わず家から飛び出す。
もしかしたら彼が怪我をしたかも知れない。無茶をしてるのかも知れない。
戦火はまだあちこちに残っているだろう。だが、ユースは危険を侵してでも走っていた。
彼女の手の中にある携帯は何度も発信画面になり、切れた。
何度か目の発信画面の時、やっと通話中という文字が映し出された。
「イェスパーっ!!」
『ユースか。ユースはこの騒ぎに巻き込まれてないだろうな?』
真っ先に自身を心配してくれる彼に涙ぐみながらも街路の隅に寄る。携帯を両手に握り締め、ユースはイェスパーに質問を続ける。
「イェスパーは? 怪我してない?」
『あぁ。大丈夫だ』
『――兄貴のいぢっぱりぃ〜。がもがもボロッボロのくせに』
『黙れ。ベルドリト』
受話器越しにベルドリトの声も漏れ聞こえる。
ユースは安堵の息を零しながら、しゃがみ込んだ。
安心しすぎて腰が抜けたのだ。
「馬鹿。イェスパーの馬鹿」
『……すまないな』
「謝らないでよ…。イェスパー、今、どこ?」
『…内緒だ』
「今、家の外に出たの。迎えに来てくれないと危ないかも」
『外に出るな、馬鹿者!』
「馬鹿って言わないで馬鹿」
ユースはゆっくりと静かに立ち上がりながら、イェスパーの姿を探し始めた。
「イェスパー、本当にどこにいるの?」
『……家に戻れ、ユース』
「無事なイェスパー見ないと嫌」
『…………ユースは何処にいる?』
「私はまだ家から出てすぐの通り」
『帰りなさい』
「ほら、早く来てよ。私の我が儘きいて? じゃないとこのまま探しに行く」
甘えた声でお願い。イェスパーが悩んだ様子で呻いた。
『待ってろ』
溜め息が零れたあと、イェスパーから電話を切った。ユースは小さく祈りながらイェスパーを待つ。
酷い怪我をしていませんように。
私の元へまた困った顔をしながらも笑顔で来てくれますようにと。
長く待った気がした。
騒ぎが落ち着いて、野次馬として人を避けながら、ユースは彼を見つけた。
「イェスパーっ」
応急手当てはしたのだろうが、まだ傷だらけで、黒い軍服の至るところに血の跡をつけた彼。
泣きながらユースは思い切りイェスパーに抱き着く。傷口に当たったのか顔をしかめたイェスパー。
ユースはそんなイェスパーには気付かず、顔を埋める。
「イェスパー、イェスパー」
「すまんな。心配をさせたようで」
頭を軽く撫で、イェスパーはユースに苦笑を零す。それがユースには何よりも嬉しい。
「ほんとに大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。後は明日以降になるが、任務も完了する」
任務達成の予感にイェスパーはまた違う微笑みを浮かべる。ユースは頬を膨らませたままイェスパーの腕を叩いた。
「イェスパーの馬鹿。猊下様、猊下様ってそればっかりなんだからっ!」
「ユース、痛い。痛いぞ。
実は立つのも辛いのだからな?」
「イェスパーばかーっ」
ユースは叫んでから、1度止まり、愛おしむように彼をまた抱き寄せた。
「……ぐすん」
泣き声が小さく聞こえ。
イェスパーは溜め息をつきながらユースを撫でていた。
「イェスパー、無茶しないで? 無茶したら私が困る。凄く困る」
「どういう我が儘だ?」
「精一杯のお願いですよーだ」
ユースは赤い顔でイェスパーを見上げる。
「私の家に来て? ベルくんも呼んで、明日まで休んで?
明日からでも任務は大丈夫でしょう? 今日はもう戦わないでしょう?」
「あぁ。わかった。だから、そんなに慌てるな」
イェスパーはクスクスと笑みを零しながら、ユースの手を握る。
ユースを意識していない、ただ兄のように。
それでも緊張する左手をユースは否定出来ない。
ユースに遠慮してついて来なかったベルドリトを呼び出しておき、先に2人は家にいることにした。
収まった惨禍を祝いながらユースは大好きなイェスパーに手を引かれ、想いは内にしまったまま、楽しそうに笑っていた。
†††
「ユースちゃん、やっぱり兄貴といると楽しそう」
あれから。
イェスパーとベルドリトの手当てを終え、3人は食事も終わらせていた。
彼等の傷はユースが予想できたものではなかった。
一般人のユースであれば、8、9回は死んでまだ余りがでる。
それなのに「迎えに来て」は我が儘過ぎたと、ユースは反省。
今は整備のために1階にいるイェスパーを残し、ユースベルドリトは2階で男2人分の寝床の準備をしていた。
ベルドリトの言葉にユースの頬が染まる。
敷布団を抱えたまま、ユースはベルドリトを見ていた。
「ホント…?」
「ほんと、ほんと。もぎゅっとテンション高いし。あ、あと甘えっ子率が8割り増しぐらい」
「そんなに甘えてないよー」
「凄く甘えっ子になってるって。かーわーいーいー」
ニコニコと笑いながらベルドリトはユースの頬を突く。
ユースはベルドリトの指から逃れながら、下の階にいるイェスパーを想う。
……確かにあんなに悩んでいたというのに、考えるだけでもにやける。
顔を赤くしたユースが、ぼすんっと布団に飛び込んだ。ばたばたとその中で暴れる。
「るりるり、何してるの?」
「………恥ずかしいッ」
「かーわーいーいー」
ベルドリトが混ざるようにユースと寝転がった。
そのままベルドリトはユースの顔を見ると、ユースは淋しそうな顔をしていた。
ベルドリトが驚き、ユースの肩を掴む。
「ユースちゃんっ!?」
「っえ? 何?」
「今…なんか、泣いてるみたいに見えた…から」
「泣いてなんかいませーん」
ごろんと天井を見上げ、ユースは呟く。
「最近、ずぅっとイェスパーの事で泣いてるんだ」
「うん。知ってる」
断言したベルドリトの笑みは変わらない。ユースは静かに独白を続けていた。
「今日は心臓止まるかと思った。2人とも無茶苦茶だから。死んぢゃうから」
「ごめんね」
「それで、またさっき泣いちゃった。そんなに私って泣き虫?」
ベルドリトはユースの横顔を見つめた。悩み詰めた、淋しそうな、女の子の表情。
「泣き虫じゃないよ」
言い切るベルドリトにユースは顔を向ける。その不満そうなユースにベルドリトは優しく笑いかけた。
「ただユースちゃんは兄貴に甘すぎなだけ」
「逆じゃないの?」
「兄貴も甘いけど、ユースちゃんもだね」
ベルドリトは微笑んで不安がるユースの頬に手を伸ばした。ぷにと頬を押し、ベルドリトは笑う。
「かーわーいーいー」
そう言ってベルドリトは伸びをしてユースの頬に口を当てた。
小さな音を立ててからベルドリトが離れる。ユースの顔が深紅に染まった。
「べ、る…っ!?」
「にゃぱにゃぱぁ、ユースちゃん可愛いねぇ」
ベルドリトは悪戯な笑みを浮かべて布団から飛んで部屋から抜けてく。
ユースはふぅと溜め息をついて自身の頬に手を当てた。
赤く、痛い気もする。恥ずかしさでいっぱいいっぱいだからだ。
「ベルくんのいぢわる」
ユースは呟いて扉を見つめた。
そして今更ながらにベルドリトと大好きなイェスパーが似ている事に気付いた。
「…複雑」
双子だけれど。やっぱりユースが求めるのはイェスパーで。
ベルドリトに当てられた頬を少し擦っていた。
†††
朝。
ユースが目を覚ますとイェスパーとベルドリトの姿が見えなかった。
不安でキョロキョロとしていると、リビングにあるテーブルの上に置き手紙が目に入った。
そこには簡潔に「任務に出る」ということだけが書いていた。
そしてそのまま真っ直ぐ皇都に戻るということも。
「……見送りぐらいさせてよ」
ユースが呟いてから台所まで行く。
そこには不器用ながらもユースのために作られた料理があった。ユースは優しげな顔で溜め息をつく。
「…ベルくんかな? そこまで気を使わなくていいのに」
呟きながらユースはテレビをつける。
そこには昨日の陰惨な現場が映し出されていた。
『――…未だに行方不明者も多数いるようで、救助活動が続いています』
焼け焦げた街、瓦礫に埋もれた道。
そして、エリダナにいたダリオネートの経済攻撃で他国に食いつぶされ、一般人にまでたかられ、国として成り立たなくなったピエゾ。
ヴィネルに軽く聞いたが、ピエゾの勇者がエリダナにいて、一般人の女性に打たれて死んだらしい。
一般人が攻性咒式士を打つ。状況はわからないが、いろいろと大変だったようだ。
ユースはテレビから離れ、窓の外を見つめる。
遠く、<古き巨人>の見えたあたりを見つめたが、何もわからなかった。
エリダナはいつもそうだ。
春にラズエル諸島に咒式弾が放たれた時も、騒ぎが広がり収まるのは速かった。
今ではもう報道にも出なくなった。
エリダナはいつも止まらない。
溢れ出る事件で新聞社や報道局は日々、新しい事件を伝え、過去の事件を振り返る事は少ない。
ユースはそれが淋しくもある。
着替えを済ませ、ユースは窓際に置かれた向日葵の髪飾りを手に取る。
いつものように頭に飾り、花を咲かせる。
『ユース』
声がして振り返った。と、そこには大賢者ヨーカーンの小さな姿が。
「大賢者様っ、通信でわざわざどうしたんですかっ?」
ユースの携帯から浮かび上がる、立体映像のヨーカーンにユースは嬉しそうに笑みを向けた。
『いや。劇が終わったから。ユースはどうしているのかと思ってな』
「劇ですか?」
ユースは首を傾げながら、その小さな大賢者を抱えて寝台に腰をかけた。
『……ユースにこれからの事を話そうと思ってな。
まず、ユース、帰ってくる気はないか?』
「すいません。ありません」
ユースの即答。ヨーカーンは苦笑を零しながら自身の娘を見つめた。
『今なら帰ってこれる。だが、我の話をきいてからではユースの悩みはさらに増えてしまう。
我は娘を傷付ける趣味はないのだが?』
「……ごめんなさい。やりたいことがあるんです」
『やりたいこと。…か』
ヨーカーンは呟いて、七色に変わる瞳を閉じた。
思い出すのは彼女と出会ったあの瞬間。
彼女の激情の篭った蒼の瞳。
ヨーカーンが瞳を開けると、あの日から身体は成長したが、根は変わっていないユースの姿。
激情の篭った変わらない蒼の瞳。
『……仕方がないな』
ヨーカーンは呟き、ゆっくりと彼女に話し出した。
これからのこと。
これから起こること。
現れる『悲劇の少女』のこと。
話が終わった後、ユースは寝台に座り込み、静かにヨーカーンを見つめていた。
『選べ、ユース。
今とは言わない。いつかで、その時になったらでいい』
「……でも。私は…」
『我の撒いた種は成長した。成長し、近々ユースの側に現れる筈だ。
そしてユースの求む相手を知る者、その相手自身も――』
ユースは俯き掌を見つめる。
暫く黙った後にユースはヨーカーンに向かって微笑みかけた。
ただ断言するように一度だけ、視線を強くする。
「私はやる事をやるだけです」
『それでいいのか?』
再度の確認。ユースの視線は変わらない。
「私は相手が誰だとしても揺らぎませんから」
言い放った後、ユースは困ったように俯いた。悩むようにヨーカーンを見て、ゆっくりと話し出した。
「でも……私はやりたいことが終わったらどうなるんでしょう?
また笑って皇都に帰れるのでしょうか」
『それはユースが選ぶ事だ。我が言えるのはここまでだ』
ヨーカーンはユースを慈しむように緑の瞳で見つめた後、優しくユースに言う。
『今は休め、ユース。
いつか来る、悲劇の日までは』
そう言ってヨーカーンの小さな立体映像は消えていった。
ユースはゆっくりとまた寝台に倒れ込む。
ベルドリトの用意してくれた朝食も食べる気にはならなかった。
彼女がエリダナに来た理由はヨーカーンにしか伝えていない。
イェスパーにはもちろん、ベルドリト、モルディーンにすらも言っていない。
ユースはもう1度覚悟を呟く。
「……絶対探し出す…。見付ける…『お父様の仇』…」
どろどろとした暗い感情。ユースは寝台の下に隠された、誰も知らない細身の短剣を取り出す。
赤い宝石が飾られているが咒力はない鋭い剣。
「お父様と同じ紅……」
彼女は短剣を抱きしめ、ゆっくりと頬に涙を伝わせた。
「絶対、絶対…『殺してやる』」
自分の抱いた黒い感情にユース自身が嫌悪感を感じながら――。
†††
この数日は大変でした。
ピエゾの勇者に誘拐されていた女の人が、ガユス先生の恋人さんと聞いた時も驚きました。
ガユス先生も傷ついていました。
授業中にも少しだけ元気がなかったです。
早く元気になってつまんない授業をしてほしいです。
イェスパーとは変わらず連絡を取っています。
前よりは回数は少なくなっちゃったけど。
少なくなった理由は私が連絡しないからです。
イェスパーの声を聞くと、辛くなるのは私だから。
最近は臆病になって繰り返して言っていた「スキ」も無くなってしまいました。
イェスパーと離れたようで、怖いです。
でも、傷付く事がもっと怖いから。
変わりにベルくんとの連絡の回数は増えています。
悩みの全てを受け止めてくれる彼に頼りっぱなしです。
あ。それと。
壊されたエリダナは私が思ってたように変わらずに廻りだしました。
惨劇の跡は残っている筈なのに、みんな忘れたみたいに廻っています。
この街はとても強いです。
でも私は…。
私は昔から大賢者様と会う前から動けずにいます。
お父様が殺されたあの時から。私は動けません。
復讐が私を縛り、相手を探しつづけています。
私はとても弱いです。
†††
書き終わった日記を見つめ、ユースは表情を曇らせる。
結局、何が書きたいのかわからなくなってしまった。
自分がどうしたいのかわからなくなってしまった。
惨劇のエリダナを見て、イェスパーにきちんと断られて、痛くて痛くて痛くて。
書かなきゃと思い、書きはじめたが、書き終わった時に感じたのは、喪失感。
こう書くと本当にイェスパーと離れてしまった気がして…。
父の仇を思い出してしまって。
イェスパーといるときだけは、完全に忘れられる。
なのにイェスパーと話す回数が減って…。思い出す事が増えて、痛みが増えて。
涙が増えた。
毎晩、理由もなく干からびそうなぐらいに泣き、理由がないから止められない。
最近のユースはいつでも壊れそうになっていた。
「…イェスパー」
呟く声が虚しく部屋に跳ねる。
求めるのはイェスパーだけの筈なのに。
彼女は迷いを増やしたまま日記を放り出し、逃避の眠りへとついた。
エリダナの惨劇は多くの被害と悲しみを生み出し、それでも忘れられた。
エリダナの街や、彼女が求めるものは何?
『安らぎ』か、それとも――『復讐』なのだろうか。
それを答えてくれるものはいなく、彼女達はただ行方もなく周り続けている。
(彼女の日記(抜粋))