これの続き
リコの作ったサンドイッチは、本人の控え目な性格を表すかのようなシンプルハムサンド。遠慮しないではさんじゃえ、とオリオに薦められている隣では、ロイが対照的とも言える巨大なサンドイッチを作ろうとしていた。ボリュームサンドやタワーサンドもびっくりな積み上げっぷりである。
よくここまで器用に積み上げるものだなあと見守ってはいたが、結局最後の最後で崩れるところまでがお約束だ。パルデアのサンドイッチ文化はこうだよなあ、なんて初めて来たときのことを思い出し小さく笑いが漏れた。みんな一度は通る道である。
「絵本にあったでっかいサンドイッチ作ろうと思ったのに……」
「だから言ったろ。サンドイッチ作りはセンスが問われるんだ」
ふふん。全力でドヤるフリードの手元を見れば、焼きベーコンにソーセージにハム……見事な肉サンドである。「どうだ!」と自慢げにされても返せるのは苦笑だけだ。
「肉ばっかじゃん」
「『センスが問われる』ねえ…」
口にこそ出していないがリコも苦笑している。女性陣からの反応が芳しくなかったことにむっとしたフリードだったが、やがてロイがサンドイッチを作り直し終えたところで立ち上がった。
「みんなできたな?それじゃあ……」
いただきます!
東1エリアの片隅で、元気な声が響いた。
***
晴れた空の下、穏やかな時間が流れていた。
肉サンドは無事ピカチュウのお眼鏡に叶ったようで、「キャップの満点いただきました!」とフリードが声を上げる。ぱらぱらと拍手が上がれば、フリードもピカチュウも満足そうに頷いていた。パートナーなだけあって好みは似ていたらしい。
好きな具材を詰め込んだサンドイッチで早々にお腹が満たされたわたしはマードックの淹れてくれるお茶で休憩している。ポケモンたちはボールを追いかけ楽しそうに走りまわっているし、リコとロイは初めてのピクニックとサンドイッチを堪能中だ。楽しそうな相棒たちのすがたにカメラを構えだした二人に、そういえばパルデアではガラル以上に自撮り文化が定着しているよなあなんて微笑ましく見守っていれば、背後から伸びて来た腕がわたしを閉じ込めるように回された。
「……フリード?」
「俺らも撮るか」
「えっ」
「ほらもっと近づけって」
「いやあの、ちょっと、フリード?」
ぐいぐいと引き寄せられる身体はすぐに後ろから抱きしめられる形になる。耳元で響く声と背中からじわりと伝わる熱に、顔に熱が集まっていくのを感じた。外でこんなに密着することなんて今までなかったのにどうして、と身体を固くしていればスマホロトムがふわりと浮かび上がる。
ぱしゃり。
表情を作る余裕もなく撮られた写真は、きっと気が抜けた顔で写っているのだろう。急な展開に目を白黒させていれば、あのねえとオリオがため息をついた。
「ロイに対抗してどうすんのよ」
「えっ」
「どうせナマエとられて拗ねてるだけなんだから。嫌なら言ってやんな」
「えっ」
フリードがいなくても私らとは会えるんだし。無理に構ってやる必要ないんじゃない?にやりとモリーが煽れば、「……うるせえよ」弱弱しい反論が返された。どうやら図星だったらしい。
しばらくされるがままになっていれば、そのうちロイは元気よくどこかに駆け出して行った。リコも何やら思いついたようでマードックを連れて船に戻っているし、オリオとモリーはのんびりと片付けながら談笑している。気を遣ってくれたのか、はたまた邪魔だったのか、わたしとフリードは木の傍へと追いやられていた。そっと木に寄りかかれば心地よい風が通り抜けていく。
「フリード。キャップも。今日はありがとう」
「楽しめたか?」
「ん。パルデアにいるとピクニックはよくするけど、やっぱり人がいると楽しい。キャンプともまた違うしね」
わたしの答えにピッカ!と満足そうなピカチュウの頭をそっと撫でる。プライドが高い彼がわたしには撫でさせてくれることに優越感を覚えていることはそっと心に秘めたまま。
「また来いよ。ロイも話し足りなさそうだったしな」
「あんなに質問攻めされるとは思ってなかったなあ……」
アカデミーの学生相手みたいだったなあ。思い返して笑っていれば、ピカチュウを撫でていた手をそっと掬い取られた。視線を戻せば穏やかに微笑むフリードと目が合って、それからそっと指先に唇が落とされる。
嬉しさとほんの少しの恥ずかしさ、そんなこそばゆい気持ちにフフと声を漏らせばそのまま手を引かれ彼の腕の中に導かれた。外なんだけどなあと零せば、さっきは我慢してやっただろと返される。我慢していたかどうかは審議の余地がありそうだが。
「ようやくナマエとゆっくりできるな」
「ふふ、お待たせしました」
長い指がとられたままの手の甲を撫でていく。そのままするりと指の間に差し込まれ、やんわりと握られた。わずかに力を入れて握り返せば、呼応するかのようにさらに握りしめられる。
視界の端で、やれやれと呆れた顔のピカチュウがひらりと彼の肩から飛び降りた。そのままいそいそと木の根元に移動して昼寝の体勢になる。示される『見てませんよ』アピールに、本当に彼らのキャプテンは周囲をよく見ているなあと感心していれば優しく名前が呼ばれた。
目線が絡めば、琥珀色の瞳がとろりと甘く細められる。顔が寄せられ、すり、と鼻先が触れ合う彼からの合図にそっと目を閉じる。
優しく振ってくる唇に胸がやわらかく締め付けられる。嗚呼、幸せだ。