01

少女の故郷は海賊によって滅ぼされた。
轟々と立ち上る紅蓮の炎は辺り一面をまたたく間に焼き尽くした。逃げ惑う人々に容赦なく襲い掛かる極悪非道の海賊達。次々と倒れていく村人達を目にして少女は恐怖でその場から動けずにいた。先程まで少女を抱きしめていた母親は今や少女の足元で絶命していた。少女を庇って凶弾に倒れたのだ。
妖しい微笑みを浮かべた海賊はその場に立ち竦んでいる少女を見つけると面白いものを見つけたとばかりに下品な笑みを浮かべ、銃を片手に少女の方へと歩を進めた。逃げなくてはやられてしまう。頭では理解していても恐怖でどうしてもその場から少女は動けなかった。

ひやりとした銃口が少女のこめかみに押し当てられる。ヒューヒューと上手く呼吸ができずに酸素が漏れていく音だけがひどく耳に響いた。

そこで少女は意識を手放した。
これがすべて嘘で、目覚めたそこに安寧があることを願いながら。


重たい瞼を持ち上げる。冷たい石畳に転がされていた少女、なまえはゆっくりとその身を起こした。じゃらりと嫌な音がこの無機質な空間に響いた。恐る恐る自分の手元に視線をやるとそこには頑丈な手錠、次いで足元に視線をやると足枷が填められていた。辺りを見渡すと重たい鉄格子が目の前に広がっており、どうやら自分は牢屋に入れられているらしいとなまえははっきりしない意識で認識した。

「わたし、どうして…」

カタカタと震えだす体を抱いてなまえはその場に蹲った。
村は、残されていた村人は、母さんは…。意識を失う直前の記憶が彼女の脳内を支配する。

まるで底が見えない闇に突き落とさたようだ。

「ようやく目が覚めたか。立て。直にお前の番だ」

ぐったりと項垂れていると不意に陰りができ、間もなく、頭上から低い声がかけられた。驚いたなまえがぱっと顔を上げる。するとそこには冷たい表情を浮かべた男がなまえを見下ろしていた。体格のいいその男の腰には刀がぶら下がっており、彼女の恐怖心を煽るには十分であった。

なまえの様子に男は小さく舌打ちを零し、ポケットから鍵を取り出すと乱暴に牢屋の扉を開けた。それでも恐怖で動けない彼女を男は力任せに牢屋から引きずりだした。手錠に繋がっている鎖の部分を強く引かれ、その衝撃を予想していなかったなまえはそのまま石畳に身を投げ出してしまった。そのまま引きずられるように男に鎖を引かれる。

やがて重たい扉がなまえの目の前に現れた。男が無遠慮に鎖を上へと引き上げる。必然的に呼吸ができなくなり、気道確保のためになまえは震える足で立ち上がった。男はじっとなまえを見やると薄い布を取り出し、乱雑に彼女の顔を拭い始めた。

「こんな汚い顔じゃ売れやしねえ」

「売れ…?」

「扉が開いたら出ていけ。くれぐれも下手な真似するんじゃねえぞ」

乱れていた髪を適当に直すともう男が口を開くことはなかった。

この重たい扉の向こうにはなにが待っているのか。扉の向こうから聞こえてくる声は「落札!」という、とても穏便ではない言葉。そして、大勢の人間が騒ぐ声。
なまえの予感が当たっていれば、彼女はこれからとんでもないステージに上げられることになる。じとりと嫌な汗が背中を伝う。

「次の商品が本日最後になります!どうぞ皆様よろしくお願いいたします!」

バンッと大きな音をたてて開かれた扉をくぐる勇気などなまえは持ち合わせていない。怖気づいて震えている彼女に気付いた男は、その背中を無理に押しだした。踏ん張ることもできずにそのままステージに押し出された彼女が振り返った時にはもう遅い。無情にも閉まりきった扉が彼女の前にそびえ立っていた。

縋るようにして扉を見つめるなまえの背後から浴びせられる下賤な言葉の数々。

そう、彼女はヒューマンショップに商品として売り飛ばされたのだ。

「おら!お客様方の方を向け!」

「っ!」

このヒューマンショップを取り仕切っているのであろう男はなまえの腕を掴み、そう耳元で呟くと彼女を半ば無理矢理ステージの中央に連れて行った。

「純粋無垢のこの娘!従順なことは間違いないでしょう!皆様からの入札をお待ちしています!」

男の一声を皮切りにあちらこちらから入札が入る。なぜただの人間である自分にここまで入札がはいるのか疑問であったが、なまえは先程の男の言葉を思い出した。今日のオークションに出品される人間の数は少なく、加えて女は自分一人である、と。必然的にお金を余らせている客がここぞとばかりに落札金額をつり上げているのである。ヒューマンショップなどに集まる人間だ。どうやら金は有り余っているらしい。

「600万!600万ベリーがでました!他にはいらっしゃいませんか!」

男が客席を見渡すがそれ以上の金額を提示する者はいない。600万ベリーで落札される、誰もがそう思っていた時であった。

「700万ベリーだ」

突如、最高額を提示した男に誰もが視線を集中させた。それは勿論なまえも例外ではない。

見やるとそこには毛皮の斑模様の帽子を深く被り、その鋭い眼の下には薄らと隈を浮かべた男がニヒルな笑みを浮かべて座っていた。
その男と視線が交わるや否やなまえの背筋に悪寒が走った。あの男は危険だと本能が警鐘を鳴らす。

「750万…!」

「800万」

「810万!」

「850万」

最後までなまえを落札しようとしてた中年の男に怯むことなく、更にそれを上回る大金を提示してくるその男を前に中年の男はついに白旗を上げた。がっくりと項垂れる中年の男を見下すように笑うその男は至極満足気に口角を吊り上げた。
入札の行く末を見守っていたヒューマンショップの男は850万べりーの落札ににんまりと笑った。まさか彼女のような普通の人間の女がこのような大金で落札されるとは想定外であったのだろう。

「それではこの娘、850万ベリーでトラファルガー・ロー様により落札です!」

トラファルガー・ロー。この男との出会いがなまえのこれからの運命を大きく変えていくことになるのだった。

title 花畑心中様