28

長くなった髪を風に揺らして、なまえは目の前を歩くローの背中を見つめた。

「懐かしいですね。ここはあの日からなにも変わらない…」

2人は新世界のある島を訪れていた。
この島は、ローとなまえが初めて心を交わした場所だ。この島はあの日となにも変わらない。たくさんの花々が咲き誇り、おだやかな時間が流れ続ける。

小高い丘に辿り着くとローはなまえの手を引いて、その場に座らせた。

「この島だけじゃねぇ。なに1つ、変わらねぇよ」

そう言うとローは空を仰いだ。

ローは帰ってきた。約束通り、クルー、そして、なまえが待つ船へと帰ってきたのだ。なまえたちにとって、ローの帰還は心から待ち望んでいたものだった。ローの帰還を祝う宴は連日連夜続いた。
その宴がようやく終わりを迎え、ローとなまえは2人で船を降り、この島へやってきた。


伝えたいこと、そして、謝りたいことがたくさんあった。しかし、ずっと伝えられなかった。伝える術も、伝える資格も、伝える覚悟もなにもローにはなかったからだ。
だが、もう、すべてが終わったのだ。

「…なまえ」

その声にゆっくりとなまえの瞳はローに向けられた。それはどこまでも曇りがない、美しい瞳だった。その瞳に見据えられてローは1度開いた口を噤んでしまった。
ゆるやかな沈黙が2人の間に流れる。すっかり言葉を飲みこんでしまったローになまえがおかしそうに笑った。

「……、ふふ。おかえりなさい、ローさん」

どこまでも不器用な人だとなまえは目尻を下げた。するとローは黙ってなまえを抱き寄せた。

「…笑うな」

「ふふ、だってローさん、なにも変わってないんですもの」

抱きしめた体は確かにあたたかかった。伸びた髪までも抱き込めるようにぎゅっと強く、強く、ローはなまえを抱きしめる。

「…ローさん、ごめんなさい」

ずっと待っていてくれたんですね。すべてを忘れてしまった私が戸惑わないように少し先に立って、待っていてくれて、ありがとう。そして、ごめんなさい。

そんな想いを込めて、なまえはローの背中にしがみ付くように抱きついた。

「なまえ…、…悪かった。それと…、愛してる」

「さよなら」はもういらない。2人の時間はまた動き始めたから。