03
そして今日。待ちに待ったその時がきたのだ。
「わ…高そうな服…」
部屋に備え付けられているシャワールーム。久しぶりにゆっくりとまではいかないが、ビクビク怯えながら入ることなく、なまえはシャワーを浴びることができた。
髪を念入りに梳かして外にでても恥ずかしくないように軽く整える。
そしてベッドの上に置かれた紙袋の前に彼女は視線をやった。
白いクマ、もとい、この船の航海士を務めているベポに手渡された紙袋。「きっとなまえに似合うよ!」と差しだされた紙袋の中を恐る恐るのぞいてみると、その中にはワンピース、サンダルといった洋服の一式が入っていた。導かれるかのように彼女はワンピースを手にとった。真っ白でふんわりとしたワンピースは大人っぽさの中に可愛らしさを感じさせるもので、サイズも彼女にぴったりなようであった。同じく柔らかい紙に丁寧に一足ずつ包まれたサンダルは、ワンピースとは対照的な黒色だった。小さなリボンが真ん中にちょこんとつけられており、これもまたワンピース同様可愛らしい。
なまえはそれらをそっと大事にベッドに並べた。どうやらこれを着ろということらしいが、果たして私に似合うのだろうかと彼女は眉を寄せた。
きらきらと輝くワンピース達を前に佇み、ふとこの一式が入っていた紙袋を彼女は見やった。
「わ、これクリミナルブランドのワンピースだ…」
クリミナルブランドといえば、今人気のファッションブランドの1つである。まさかこんな高価な洋服を与えられるなんて思ってもみなかったなまえは、これを前にますますこの服に対するハードルの高さを感じた。
どうしたものかとなまえが立ちつくしていると、突如背後から伸びてきた腕に彼女の体は拘束された。
「まだ着てねぇのか」
「あ…えっと、こんな素敵な洋服を着こなす自信がなくて…」
腰に回された刺青だらけの腕を辿れば、そこには予想通りの人物の姿があった。
ローはベッドに広げられた服を怪訝な表情で見やると少しだけ不機嫌を含んだ声色で続けた。
「わざわざ俺が選んで買ったんだ。似合わねぇわけがないだろ」
ローの思いがけない一言に思わずなまえが振り返った。まさかこれらのすべてをローが見繕ってくれたものだと思ってもみなかったのだろう。
すっかり驚いて固まっている彼女の腰から手を離すとローはワンピースを手にとった。そして、そのままワンピースを彼女にあわせると満足気に鼻を鳴らした。
「俺が着せてやろうか」
「え、あ、いいです!自分で!」
「まぁそう遠慮するな」
言うや否や、ローはなまえの着ている薄っぺらいワンピースに手をかけた。何度も裸を曝しているとはいえ、さすがにぎょっとして彼女は急いで捲りあげられた裾を押さえた。ぎろりとローに睨まれ、心臓が飛び跳ねたが、これは譲れないとばかりに裾を掴む手に力を込めた。
「ッチ」
「きゃ!ちょ、ちょっとローさん…!」
ビリリ!と布を引き裂く音と共にはらりと布きれと化したワンピースがなまえの足元にはらりと落ちた。辛うじて彼女が押さえていた裾部分だけが申し訳程度に体を隠しているだけ。
「いい眺めだな」
「っ!」
「なにを今更恥ずかしがってる」
ゆでダコのように顔を真っ赤にさせるなまえをよそにローは新しいワンピースを手にとると無遠慮に彼女の頭にかぶせた。なまえは強引なローのそれに大人しく従って、ワンピースの袖に腕を通す。背中部分についているファスナーをローが上げるとふんわりとワンピースが広がった。それに戸惑っている彼女をローは姿見の前まで誘導する。
「よく似合っている」
ローはとても満足そうに笑った。なまえはどこか気恥ずかしくなり、そわそわと落ち着かない手でゆれるワンピースをつかんだ。
まさかローはなまえが逃走を企んでいるなんて考えてもみないだろう。彼の強さをなまえは十二分承知しているつもりだ。油断は大敵。このように優しくされて心を惑わせるようなことはあってはならない、と彼女は自分に言い聞かせた。
「なあ、なまえ」
「はい」
「なにか企んでねぇか」
どきりとなまえの心臓が跳ね上がった。
鏡越しにローを見るとそのグレーの瞳は射抜くように彼女を見据えていた。
「まさか…」
動揺を悟られないように細心の注意を払って彼女は従順な返事を返した。しかしローからの疑いの眼差しは止まなかった。
重たい鉛のような空気が室内に漂う。ローは口を開かない。ただ目の前にいる彼女の言葉が真意であるかを見定めているようである。
「お前は俺に買われた身だ」
「、はい」
「妙な気は起こすな。俺を欺いた時がお前の最期だと思え」
後ろから回された大きな手がなまえの首筋にそえられる。「death」と刻まれた節くれ立った指が首筋を撫でる感覚になまえは背中を震わせた。そして彼女が息をのんだ瞬間、その指にぐっと力が込められた。
「っ!あ…っ!」
「殺そうと思えばいつでも殺せる」
「ロー、さん…っ」
「お前は俺に心臓を握られている。それを忘れるな」
絶妙な力加減で気道を締め上げるローの手。苦しげに呻くなまえの首筋に噛みついたローの歯が、薄い皮を突き破る嫌な音が彼女の鼓膜を震わせた。
血が滲むそこを慈しむかのように舌を這わせるその姿に彼女が狂気を感じたのはこれが何度目のことだっただろうか。
title 花畑心中様