山積みとなっていた火星での仕事もやっと片がつき、久しぶりに地球へと戻ってきた。
今日は、今か今かと待ちわびていた幼馴染みでもあるルチアと会う日だ。
もうすぐ久しぶりにルチアの顔が見れることが嬉しくて、出発の準備をする手が自然と早やる。
綺麗に折りたたまれたシャツに手を通し、髪をいつもより丁寧にセットする。
「さて、行くか。」
待ち合わせ場所は、ルチアの家だ。
後で同じく休暇中のマクギリスも合流する手筈になっている。
ルチアと二人きりであったら俺的にはなお良いのだが、幼馴染み同士の食事会というのも悪くない。
ただ、ルチアに長いこと片思いをしている俺からしてみれば、大きな厄介事が一つある。
それは、ルチアがおそらく俺の親友を好いていることだ。
長いこと側で彼女を見てきて、仕草や素振りからそうとしか思えない時が多々ある。
俺の妹を婚約者として迎えておきながら、マクギリスも満更ではなさそうだ。
そんな状況をどうにか打破できないか、今日こそはと心に決めて、俺は足早に玄関へと向かう。
*
その途中で、見るからに機嫌の悪い、ふくれっ面の妹、アルミリアと出会う。
「ずるいです、お兄様。私もルチアお姉様とお話ししたかったのに。」
血の繋がりはないが、アルミリアは昔からルチアのことを姉と呼び、慕っている。
いつか、姉が義姉になるのを待ちわびているのは俺だけではないだろう。
「お前は別の用事があるんだから仕方ないだろう。それにルチアとはいつでも会えるんだ。今日は我慢しろ。」
「…わかりました。今日は仕方ないから我慢するけど、ルチア姉様に今度はこちらに遊びにきてと伝えておいてね!あと、これも渡しておいて、お兄様。」
そっとアルミリアが俺に手渡したのは、可愛らしくラッピングされた小袋。
「これはクッキーか?」
「前にルチアお姉様につくり方を教えてもらったんだけど、なかなか上手くできなくて…。でも、頑張って作ったの!」
袋の中身は歪に焼きあがったクッキー。
ルチアはそんなことまでしていたのかと、彼女の面倒見の良さに自然と顔がほころんだ。
「ああ、渡しておく。ルチアも喜ぶだろう。」
「ほんと!?よろしくね、お兄様。」
いってらっしゃいと明るく手を振るアルミリアに見送られて、俺はようやくルチアの元へと向かう。
*
車を飛ばした先の屋敷で迎えてくれたのは、地球を発つ前と変わらないルチアの優しい笑顔だった。
「おかえりなさい、ガエリオ。火星は遠かったでしょう?」
「ああ。往復するだけでクタクタだ。ところで、マクギリスはまだ来てないのか?」
「うん。でも、そろそろ来るとは思うんだけど…。とりあえず座って?お茶でも入れるから。」
ルチアに椅子に促され、ひとまず腰を下ろす。
しばらくすると、席を外していたルチアが暖かい湯気が立ちのぼるティーカップを手に、俺の元へと戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「ああ、すまない。俺たちがいない間、何か変わったことはなかったか?」
「うん、いつも通りだよ。あ、でもカルタ姉様が今度こっちに来たいって連絡があってね。」
「カルタがか!?それはまた騒がしくなりそうだな。」
カルタとルチアは親戚同士で、二人は、幼い頃から仲がいい。
カルタも何かと暇を見つけては、ルチアの所へ足繁く通っているようだ。
カルタの話で盛り上がっていたところに、不意に呼び出しのベルの音が響く。
「あ、マクギリスかな。」
「なら、俺も行こう。」
二人して、ドアを開けると、そこにいたのは噂通りの人物だった。
「ガエリオ、もう来ていたのか。久しぶりだな、ルチア。」
「久しぶり。お仕事お疲れ様、マクギリス。」
そう言ってマクギリスを迎えるルチアはどこか俺を迎えた時よりも嬉しそうで、少し胸が痛む。
カルタもそうだが、女はやはりこの顔に弱いのだろうか。
確かにマクギリスは俺からみても整った顔立ちをしていると思うが…。
そんなことを悶々と考えている内に、ルチアは楽しそうに俺たちを誘う。
「じゃあみんな揃ったことだし、さっそくご飯にしましょう?」
そう言って、ルチアはテキパキと準備をしていた手料理の数々を机に並べていく。
「これ、全部ルチアが作ったのか!」
「ルチアはいい妻になりそうだな。」
「もう、マクギリスったら。」
そう口では言っているものの、ルチアの顔はどこか赤く、満更でもなさそうだった。
慌てて、何か話題を切り替えようとした時に、ふと、妹からの頼みごとを思い出した。
「そういえばこれを渡して欲しいと言われてたんだった。これ、アルミリアからだ。」
「わ、可愛い!これ、アルミリアが?」
ルチアにアルミリアお手製のクッキーを手渡すと、ぱっと彼女の顔が嬉しそうに輝く。
「ああ。前にお前と作った時のを1人でやってみたと言っていたが、まだまだ練習が足りないな。」
「でも、アルミリアすごく頑張ってるの。マッキーにふさわしいお嫁さんになるんだって。」
先ほどとは打って変わり、声こそ明るく努めていたが、そう言うルチアは少し寂しそうな表情を浮かべていた。
そんなルチアの痛みが少しでも和らげばと、俺はおどけた調子でマクギリスを茶化す。
「モテモテだな、マクギリス。」
「それほどでもないさ、お義兄様。」
「そのいい方はやめろ!」
たわいのない冗談を、三人で笑い飛ばす。
こんな穏やかな日々が続けばいいと思う一方で、俺を選んでもらえるなら、ルチアにあんな寂しそうな顔はさせないのにと思う俺がいた。