さあ、天罰を下そう


"もーいいーかーい?"
"まーだだよー"

なんて呑気に公園で心の痛みを知らない無邪気な子供が他の友を捜すように走り回っているのを見ると何処か苛立つ醜い自分が居た。
自分にはあの様に一緒に戯れる友人の存在も居なかったし、仮に居たとしても自分みたいな異端児は隠れた事すら忘れられ、存在を忘れられ悠久に捜されるのを待っているのだろう。空は紺青の白昼の空から段々時が過ぎる事に赤味が増し、気が付けばそれすらも覆い尽くす暗闇の中へ沈んでいく。---まるで己の心情を表わしているかのように。

「おねえさん、こっちこっち!次あれ乗ろーよー」
「ま、待って下さいッ、久作君」

だが、彼のこの無邪気さは嫌いではないのは如何してだろう。
同じ体型、同年齢。なのに、彼も己と似て凡人のは少し系統が違うからか。
不思議と苛立ちはなかった。
寧ろ、この何も変わらない一日な筈なのに唯一つだけ状況が変わるだけで胸が踊る。
楽しいと思えるなど考えもしなかっただろう。

此処---遊園地ですら捕虜同士の二人で遊ぶ事が今までの人生の中で一番輝いて見えるのはそれ程己が碌でもない人生を送って来た証拠でもある為嬉しいのか哀しいのか。

「此処此処!」
「此処って---観覧車?」

久作が無邪気に指を差した先には歯車の様に回るこの園内最大規模の乗物。
昔、雑誌などの読物を読んだ時に記載されていたが、随分高い所まで行くそうだ。

「良いですけど…随分緩々と動くのですね」
「そこが良いんだよッ!ね、良いでしょ?」

半端押される感じで観覧車の敷地内に入ってしまったが、久作は彼女が高い所が苦手と認識してしまっている様だが、本当は違う。
気掛かりなのは、自分達が逃げ出した後の組織の事だ。
真逆公共の場まで追ってくることはないだろうが、園内を離れた瞬間麻縄の中という事も有り得る。
手を打たねばならないが、こちらは凶悪な異能力遣い二人に対し彼方側は数十は下らない武装団体と異能を無効化にする異能力者。
何方が不利など世間知らずな子供でも分かる。
如何するか窓から見える景色を眺めていたらふと、久作の痛い視線を感じ視線をずらせば案の定捲れた久作の顔が目に映る。

「おねえさん、楽しくなさそう」
「…いえ、只今後について考えていただけです」

面と向かって久作に話題を持ち上げる紫琴。その表情からするに真面目な話が聞けるのだろうが、段々とこの俗に云うゴンドラというものが地上に近づいて行く。

「良いですか?久作君、何時迄も此方たちは此処には居られません。なので、今後について話しましょう」
「…えー。でもぼく、難しい話とか分からないよ」
「そんなに難しい話はしません。如何やって逃げようとか何処に隠れようとか…」

そう云って説得しようにも中々首を縦に振ってくれない久作に手を焼く。
まァこれも案の定というか何というか。

「久作君…少しくらい此方の話を聞いて下さい」
「だっておねえさんの話逃げることしか話さないもん。…楽しいとか思わない訳?」

そう云って愛らしい顔を膨らませる久作に困惑するしかなかった。
確かに観覧車という乗物に乗ったのは人生で初めてではあるが乗ったから何だという話になってしまう。
子供じみた反応をするのも気が引けるので曖昧な反応した結果がこれだ。

「…確かに楽しいですよ?初めて乗ったのですから。…しかし、矢張り楽しいという感情の所為で気が緩むことが此方たちにとって一番危険です」
「ふーん、まぁいいや。…そんな事よりおねえさん。先刻から気になってるンだけどその靴の裏に付いているの何?」

そう云って指を差して示すのは彼が云った通り右脚の裏。
当然、不思議に思って件の右脚の靴を脱いで裏を見るとそこには白金の薄い無機物が張り付いていた。
その物のと或る一点に赤い点滅があることに不信感を抱かざるを得ない。

「これ…」

誰から見ても一目瞭然であった。
この白金の無機物に光る一点の赤。

「…発信機?」
「ね、ねえ、おねえさん下…」

靴から取り外した発信機を手にした時、久作が焦ったような面持ちで窓に張り付く。
彼の指が差す方に目を向けると今迄安定していた鼓動が急速に変速していった。

「嘘…何で」

呼吸すらままならない状況下で上手く呼吸を整えて発した言葉。
ゴンドラが地上につく手前、ゲートの前に待ち構える黒ずくめの集団。
その集団の先頭に立つ恐らくその中での最高権力者であろう右目に包帯を纏う少年。

彼は彼女たちの存在を目で射止めた瞬間口角を卑しく上げて見せた。


「やァ、束の間の外出は楽しかったかい?」

人気の無い園内。
今迄楽しく園内を回っていた家族やら恋人たちは武装集団を見て恐れ慄き即座に退園して行った。

取り残された哀れな脱獄者の二人。
そんな彼らの前に突如現れた彼らが一番遭ってはならない男。
彼は卑しく嗤いながら二人に問いかけた。

紫琴は太宰から久作を守るように立ちはだかる。
その無意味な防御に太宰は怒ることすらせず只聞き分けのない子供に目を向けるかの様な視線を彼女に向け呆れるだけだった。

「全く…余計なことをしてくれたね。こんな事をしでかした以上只で済むと思っている訳ではないよね?…Q」

太宰の言葉がまるで射撃の合図だったかの様に彼の後ろに控えていた集団が一斉に持っている銃火器の銃口を彼女たちに向けて見せた。
唐突な事に獲物と見定められた者たちは当然驚くだろう。
紫琴は手汗が滲みながらも必死に言葉を紡いだのだった。

「か、彼は…未だ子供ですよ?」
「…そうだね、でも我々にとってそんな事は関係ないのだよ紫琴。軍警と同じさ、子供だろうが女だろうが罪を犯した者にーー救済措置は与えられない」

低く唸る様にはっきりと云う彼の瞳には明らかに殺意があった。
その感情は彼女に向けられたものなのか怯えて彼女の後ろで蹲る彼に向けられたものなのか。

「さァ、こっちにおいで紫琴。その餓鬼は"呼吸する厄災"。君に害を成す」
「わ、此方は一度、この子に助けてもらいました。それに…此方が離れればこの子はころ…殺されます。みすみす貴方に差し出す様な真似は致しません」

この状況下でも必死に抗う愚かな小娘。
対するは十は下らない武装兵隊と反異能力。
頑張って抵抗してみようと脳内でシミュレーションをしてみたが、等しく最悪の結果を思い描いてしまう。
戦おうにも異能を封じられ拘束。
若しくは戦う前に銃火器によって蜂の巣に成り果てるか。

先程にも云った様に彼女たちに勝ち目はない。

「…聞き分けの悪い子は感心しないな、君も撃たれるよ」
「…構いませんよ。このまま貴方に飼われ続ける位ならこの命、そこいらの川に投げ出して見せますよ」

こうやって面と向かって彼を睨み上げるのは初めてなのかもしれない。
刃向かうなど今迄考えたこともなかった。
只彼の云う儘に舞台に吊り下げられた人形の如く操られていたのだからこの心臓の鼓動を表すかの様な手の振動も頷ける。
後ろで怯えている少年を巡って彼と啀み合うのもこれが最初で最後だ。

紫琴の態度には予想外だったようで物珍しそうに目を見開いてからまた目を細め卑しく笑う。

「へェ…じゃァ君と一緒に川へ飛び込むのはまた次の機会にするとして…兎に角その餓鬼は譲れないかな。紫琴いい子だから私に返して欲しいな」
「だからっ、彼は渡さないと云ってッ…」

焦りが故前しか見えていなかったのかもしれない。
そう云いかけた時、背後から掛けていく足音が聞こえ真逆と思い振り返ると案の定今迄彼女の背後で蹲っていた少年は逃げ出していたのだ。

「久作君!」
「Qを逃がすな、追え!」

久作を呼ぶ彼女の声と幹部の顔をした悪魔が追跡するように指示を出す声が園内に木霊した。

「止めて!彼を殺さないでッ」

銃火器を構え未だ幼い少年の後を追う黒ずくめの集団に懇願とも云える紫琴の悲鳴にも似た叫声は虚しく散り異能が通じる彼らに応戦しようとするが、当然事の成り行きはそう上手くできていないのが事実である。
駆け出そうとする彼女の腕をこれ程かというくらいに握り締めている太宰は彼女を置いて一人逃走した少年とそれを追う部下達の背を見送ってから視線を彼女に戻す。
その表情はどこか歓喜を表している。

「却説、帰ろうか紫琴。そろそろ夕食の時間だ」
「…そう云って此方が素直に従うとでも?」
「従わないのなら気絶させて連れて行くだけさ。云っておくけど隙を見つけて逃げ出そうなんて考えない方が善いよ。私に隙なんて無いのだから」

卑しく笑って見せる彼は嘘を付いていないのだと分かる。
そして、まんまと己の策略を見破ったのだ。
これ程の屈辱があるだろうか。
悔しそうに顔を歪めその表情を彼に見られないよう態と顔を逸らす。
それを善いことに太宰は彼女に顔を近づけさせ耳元で囁いた。まるで、以後この様な逃亡がない様に己の恐怖を彼女の身体に植え付けるかの様に。

「云った筈だよ紫琴。君は私から逃れられない」
「……ッお願いします。久作君には手を出さないで下さい。此方は如何なっても構わない、だけど久作君はッ…」
「これ以上」

遮られて絶句。
すると、太宰は口角を上げと或る条件を彼女に差し出したのだ。
それは何処までも自分よがりで彼女を想い、彼女を愛するが故の提案だ。

「これ以上、君を外に出さない。否、出させない。私が外出中の時は君の両手をを手錠で縛り付け執務室に幽閉する。それが約束できるのならあの餓鬼は助けてあげるよ」
「そ、それは…監禁、ですよ?は、犯罪です」
「拒否するのなら即刻あの餓鬼は射殺する。それに元々ウチポートマフィアは非合法組織だ。全員が無法者、犯罪なんて一々気にしていたら幹部は務まらないよ」

そう云ってにこやかに笑う男。気味が悪過ぎる。

"厄災"を救う代わりに己には不自由、己が拒否しても不自由、代わりに"厄災"には終焉を。正に久作は生きるか死ぬかデッド オア アライブ、紫琴の選択次第で彼の人生は変わるのだ。

「ッ…悪魔、貴方は悪魔ですッ」
「そんな悪魔の私に君は屈服するのだよ、無駄な足掻きは止めた方がいい」

そう脅しにも似た否、完全な脅しに悔しさや怒りで目元が潤んでいるのが感覚で判る。
脅されている彼女には何もなく、脅している彼の手中には幼い少年の尊い人命。
何方が有利で又如何したらいいのかという賢明な判断なのかは小学生でも判る。

紫琴は悔し涙を拭おうともせず太宰が纏っているスーツの襟元を力無く握り締め、せめてもの怒りを表すかの様に彼の胸元に己の額を押し付けた。
その彼女の行動がとある決断を下したのだと察した太宰は懐から携帯を取り出し右手で耳元に受話口を当て左手で未だ涙を流ししゃくりあげている彼女の頭を撫でる。

暫くコールの間漸く電話に出たのは彼の部下であろう黒ずくめの一人だった。

「はい、太宰幹部」
「部隊に伝え給え、Qは生け捕り。捕らえ次第本部に撤退だ、良いな?」
「はっ?し、しかし…」
「良いから、…撤退だ」

そう云えば一方的に通信を遮断し携帯をあるべき場所へ戻した。
ふう…と一息つき再び視線を彼女へ移す。

「漸く落ち着いたかい?」
「……」
「…今度は無視、か」
呆れた様な口調に益々影を落とす紫琴。
こうしなければ…こうするしかなかったのだ。
人一人の尊い命と己の自由を天秤にかけられたら誰だって前者を選ぶ。
これで良いのだ。
己の不自由の見返りとして人命を救ったのだからそれは後世に残せる一大決心であり人間として本望なことをしただろう。

「紫琴帰ろう」
「……はい」

何とも意志の感じられない肯定の言葉だろう。人は己の心中にある邪念を払拭し、上っ面だけの言葉だけを述べる。
しかし、太宰にらそんなこと関係ない。
例え意志など無くとも、抗えぬ現実の中で仕方なく下した決断だとしても彼女が肯定すれば良い。
どの道あの餓鬼を殺し損ねても彼女は己に縋って懇願するだろう。
総て予想の範疇で起こったから気分が良い。
だから良いのだ。
自ら己に縛られようと自虐する言葉さえ聞ければそれが彼女が己に屈服した瞬間なのだから…。
真っ当な方法など考えるだけ無駄だ。
彼女を縛られるのならーー何でもいい。



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