処刑人の二人


ーー夢を見た。
それは唐突な幻想の始まりであり
、己の意識の停止を意味する。
そんな矛盾の中で生まれる夢というモノの中にも悪夢と瑞夢に大きく二つに分かれた類が存在する。
前置きが長くなってしまったが、ここではそんな夢という聞き馴染みが良く不可思議な言の葉についてだ。
若しその夢の中で意識が遮断されず故意にその意識の中へと引き摺り込まれその場所に存在しない者が己の目の前に立って居たとしたら、貴方は一体如何するだろうか。

「…ここは」

目を開けると見慣れぬ空間。
先ず、可笑しいと思う。先程まで依頼が完遂した後の帰社途中だった筈なのだから。
己の身体を左右に捻らせ状況を瞬時に把握する。
若しかしたら夢の中かもしれない。
何を焦っているのだ、冷静になれ。と、己自身に云い聞かせる。
如何やら己が夢の中と仮定する場所は廃墟のようだ。
ふと、傍に落ちていた鉄骨に触れるとその感触に思わず眉間に皺がよる。いや、真逆。
これはーーー

「…随分と現実味のある鉄骨ね。夢の中だというのに」
「ーーそれはこの空間が現実であるという事に対する否定と捉えますが」

己だけが存在する空間に第三者の存在の確認。いよいよ、確信に近づいてきた。
そして、その確信が合っているということはそれと同時にそうであって欲しくない現実が突き付けられるという合図。
更に、この何処か不気味さを纏った声質に緊迫感を煽るような靴音。

振り向けばまるで闇という異世界から来たかように暗闇から姿を現した第三者の男。
ロシア帽に雑に切り揃えた黒髪、悪魔から譲り受けたかのような紫色の瞳。そして、歪められた口角。
その人相を一目見て彼女は思った。
この男は、拙い。

しかし、これが現実か非現実ゆめか分からない以上この男から逃げられないのは明白である。
そして、今目の前に唐突に現れた青年の人相を人伝えからだが朧げながら覚えている。

「…貴方は確かーー魔人」
「いえ、貴方と同じ人間ですよ。…表向きは」

そう云って再び口角を歪める青年。
ここまで不気味さが滲み出てしまうと最早恐怖でしかない。
そして、彼が口にした意味深な発言に眉を顰める被害者の女。

「表向きは…ね。その割には随分と粗末な異能ですこと…」
「…ほう? 貴方はこれは異能の中であると」
「現実ならば、色々不可思議な部分がある。何より此方は帰社途中だった筈。そして、"他人の意識に入り込む異能"なんて魔人さんにとっては朝飯前でしょう?」

そうは云っているもののこれはあくまで憶測に過ぎない。
この男の異能力など知る由もないし、その上"他人の意識に入り込む"異能が存在するなんて仮定でしかない。

「成る程。深愛なる探偵者さんはそう捉えますか…感心です。確かにぼくは貴方の帰社途中に襲いました。探偵者が不用心に背中が空いていたのは正直驚きましたが…そして、ここはぼくが創り出した夢であり現実の空間です」

両腕を広げ歪に笑う彼は一体何を面白がっているのだろうか。
夢であり現実。
そんな相反する言葉で片付けられるような空間であるのだろうか。尤も先程から手に力が入らないのは事実であるが。

「…夢でありまた現実であるから物や貴方が鮮明に見られそれが掴める。…現実でありまた夢であるから手に力が入らずーー異能が使えない」
「…貴方の異能は調査済みです。そして、…ぼくと善く似ている」

そう呟き今迄止めていた足を再び女へと歩みだした。
歩き際、手をまるで何かを求めるかの様に伸ばすもそれは空気を切るだけで何も起こらない。
この男は何をしたいのだと思っても仕様がない。
そうして求める様に伸ばされた腕は彼女の顔へ頬へ。
手を滑らせ頭部から顎にかけて撫で下げる。
対して女は特に怯える様子を見せる事なく只じっと彼の行動に目を向けていた。

「…嗚呼、哀れな業人の姫君。幼き頃より罪を犯しそれをあの人に悠久と匿われていました。彼は貴方を匿う事で何を得られるのでしょうか。貴方の身体?心?否、もっと悍ましい何か」

その言葉を聞いて漸く恐怖という感情が沸き起こってきた。
否、前々から恐怖というものを感じていたのかもしれない。そして、その感情が頂点に達した時初めて人間は目の前の男に恐れ慄く。
この男ーーー

「何故、その事…を知っているの?」
「云った筈です。ぼくは貴方の経歴は調査済みだと」

その笑みは何処か狂気じみた、彼の彼女の総てを探り出そう否、抉り出そうとする瞳に囚われまるで蜘蛛の糸に引っかかった哀れな蝶を再現したかのようだ。
人は恐怖を感じると鼓動が急速に変化すると云うが今の彼女は正にそれだろう。
鼓動が急速に変化すると、呼吸も荒くなる。
そして、人は表情を歪める。

「嗚呼…良いですね。貴方のその歪めた表情。ぼくは貴方のその表情かおが見たかったのです」

そう云って顔を近づけてくる男の顔を避けるように顔を晒せると、ふと思い立ったように男は顔を上げた。

「そろそろ、元に戻さないとあの人が気付きそうですね」

顔を彼女から上げた後、数歩退き彼女の手を取った。
何をするかと思った瞬間その手の甲は彼の唇へ。冷たく、無機質。
その人間の心情を表しているかの様だ。

呆然と立ち尽くしている中、周りの景色は歪み始め所々消滅し始めた。
夢であり現実である空間の崩壊の音無くして消えていく。
そこで思う、何て儚いと。

「この空間が消滅した後、本当の夢になり貴方が僕と遭ったことは忘れることはないでしょう。そして、ぼくはこれを機に何度でも貴方と会うことが出来る」

そう理解し難い言葉を口にするとトントンと彼自身の頭を人差し指で軽く叩いた。
彼が位置する場所は脳。
そこで気付く。

「っ!貴方…此方に何をしたの」
「少々貴方の意識を弄らせて貰いました。…云った筈です。何度でも貴方と会うことが出来ると。意識中でですが」

何なんだこの男は。
そんな簡単に他人でも自身でも意識を自由自在に操れるなど前代未聞だ。

「そんな、ことっ…」
「何時でも意識中で会える。しかし、何時か時が来たらぼくと貴方は会うことになるでしょう。ーー本当の現実で」

終始歪に笑う彼は本当に面白がって笑っているのか、それとも己の達成まで待ち望んでいるとき悪巧みの笑みか。
彼の真意など読める筈も無いではないか。
そう思う中、遂に己の視界まで歪み始めた一種の世界。
如何やらこの男とはお別れの秒針が迫っている。
では、決して最後ではないがお別れぐらいはこちらも笑っていようではないか。
上っ面だけの感情が皆無な極上な笑みを。

「…その様ですね。"魔人"フョードル・ドストエフスキー」
「ええ。それまでは暫しの我慢ですか…。まあいいでしょう。ーーそれでは業人の姫君。またいずれ」

そうして、己の身体と彼のーードストエフスキーの身体は完全に異世界と共に消滅した。

___某日、市内の地面。

「紫琴、紫琴!」

己の名を呼ぶ聞き馴染みの声。
目を開けるとそこには珍しく焦った様子の彼。
彼の次に周りを見るとそこには意識があったときの風景は暗闇に隠れ今では電灯だけが己を光に導いてくれる代物であることから、夜であると察した。
そして、彼のこの焦りようからするに、嗚呼…心配して捜してくれたのかと瞬時に理解した。

早く、早く彼の名を呼ばなければ。
彼が寂しがらない様に、優しく大丈夫だと声をかけて上げなければ。

「太宰…君」
「嗚呼…紫琴、一体如何したんだい?ん?説明してごらん」

普段よりも強く抱き締めることで安心感と不安感の両方の相反な感情をぶつける。
だが、説明を促すその声は何処までも優しくて居心地が良い。
だから、嘘を吐く。彼を悲しませない様に己は嘘を吐いたのだ。

「酷く疲れて寝ちゃったのかもしれません。ここは人通りも少ないので迷惑をかけずに済んで良かったです」
「…そうか。紫琴が疲れて地面を寝床代わりにするなんて相当だね。国木田君に文句を云わないと」

そして、彼もまた己に嘘を吐く。
本当は何かがあったことを分かっている筈だろう。
彼女が疲れて地面に就くなど有り得ないのだから。
彼女の見え透いた嘘を吐くのだから相当何かがあるが、その真意を探るのは止そう。今は、する時ではないからだ。

「そうですね。国木田さんに文句を云ったとしてもそのままブーメランに返ってきそうですが…まあいいでしょう」

本当はーー彼を悲しませない様にというのも嘘なのだ。
何故なら、太宰は己が遭った彼を知っているから。
若し、あの時己が意識中で彼と遭ったと云えば彼と再会した時に太宰は彼を殺しかねないのだから仕様がない。
そう誤魔化して己自身にも嘘を吐く。

彼はーードストエフスキーは己と似ていると云った。
それが彼の本当の異能力なのか人間性なのかは分からない。
だが、若しも己の異能力が同じであったならば彼もーー不本意に人を殺したことがあるのだろうか。

ーー結局、彼の正体が何なのかは分からずじまいだ。



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