Now let's love one

居ない…居ない、居ない。

何処にも居ない。

自殺お決まりの場所(スポット)の河川や畑、御手洗場に公園の砂場。
あと他には…と脳裏に浮かぶ可能性と選択肢が段々減っていく中、必死に捜す元捕虜の女性が一人。

だが、見るところに茶色の外套を羽織った包帯の自殺主義者の姿は依然として発見できず気づいた時には陽は落ち始め、河川敷向きには見事な橙色の温かい色が照らす。

自称理想主義者から任務放棄をした莫迦を捜せという命を受けそれ実行して早数時間が経過しようとしていた。

『太宰の件については依頼先には俺が説明する。だからお前は臆してでも莫迦を夕刻までに捜し出せ』

そう凄み付きで命じられたものの、その任務も遂行不可能となって来た。

寧ろ太宰の代わりに自分を同行させてくれとせがもうとしたがそれすらも許されず、半端無理矢理賢治に探偵社から追い出されたような形で放り出されのだ。

「嗚呼…これ以上国木田さんの怒りの琴線に触れたくない……」
「おや?私を捜してくれているように見えるけど、君が一番に心配しているのは国木田君かい?」

ふと、そんな伸び伸びとしたような口調に少なからずの怒りを練り込んだ言葉が背後から聞こえたような気がした。

さあ 愛し合いましょう
Now let's love one

「…」
「やあ。私の可愛い奥さんの捜し物が遭いに来たよ」

この白々しい態度で接する男に紫琴の脳裏にはと或る四択が浮かんでいる

一、何処に居たのだと心配したように問い詰める
ニ、一と同内容で怒りと云う感情を込めて問い詰める
三、言葉の分からない動物の如く只々叫び散らす
四、異能力を使う

紫琴の中で四は先ず切り捨てた。
此方があくまで不機嫌を崩さずにいるというのに此処で異能力を使っては太宰との約束を破る事となり今度は太宰が不機嫌になる。
意味不明な原理だが、一度本気で怒らせた前科があるため迂闊に使用できないし、何より彼に異能という概念は通じない。

後は三択だが、三は己が羞恥でやられてしまうため使えない。

如何するべきかと算段していると、太宰がこちらに向かって歩いて来た。
それも、俗に云うステップというのを踏みながら。

「紫琴、私に何処に居たのとは聞かないのかい?」
「まあよくも白々しく接しられたものです。国木田さん今頃般若の顔で貴方を待ち構えていますよ。それも、探偵社のビルディングの前で」
「それは良かった。今日私はもう帰宅しようとしていたものだからね、探偵社に寄らずその侭帰れそうだ」
「あら、ちゃんと聞き取れていないのでしょうか。此方は別に探偵社に寄るようには云っていませんが、帰宅の許可を出した覚えもありません。この件につきましては此方から国木田さんに報告させていただきます」

「何を云っているんだい。君も一緒に帰ると決まっているだろう。…国木田君の所なんて行かせないよ」

何が決まっているのか理解できない。
それに加え、最後の文に関しては何処か不機嫌さがみられるようだが、寧ろこちら側が不機嫌になっている事に先ず気づいて欲しいものだ。

しかし、反論する前に腕を引っ張り「さあ帰ろう」と半端強引にその場から動き出した太宰。

紫琴は制止の声を掛けるも当然の無視である。
しかし、紫琴自身もその明らかな体格差に彼女は殆ど諦めかけているので抵抗はしなかった。


▽___無断帰宅。
実行犯、太宰治。共犯、清水紫琴。

「ただいまー」
「…誰も居ないのですから云ったところで我が家の空気が迎えてくれるだけですよ。…良い齢なのですから恥ずべき行動は慎んで下さい」

そう云って欠かさずツッコむ紫琴に太宰が俗に云うジト目というやつで紫琴を睨んだ。

「紫琴、怒ってるだろう」
「…いえ、別に」
「嘘を吐く子は良くないよ。大方、私が国木田君や君に連絡せずにうろつき歩いていたことだろう?」
「御承知であるならばこの様な事は控えて下さい!…嗚呼、こんな事になる筈では…」

誰かこの自由奔放な自殺主義者の取扱説明書を作成して欲しい。
只でさえ、彼を見つけるのに一苦労だというのにここに来て2度苦労をかけさせるとは彼は何様なのだろう。
紫琴は思わず頭を抱える。

「ねえねえ紫琴、私はね雑草が生い茂る中に寝そべりある事を思い出していたのだよ」
「そうですかそうですか。残念ながら今はその様な話を聞く時間は」
「昔の事」

遮りそして被せたその言葉に一瞬彼女の目が見開いたのを太宰は見逃さなかった。

過去…?
何故今更。

「何故…その様な事を」
「君は何時も綺麗だ」
「……はい?」

唐突の告白に不意をつかれた様に顔を赤くする紫琴。
だが、今彼女を真っ直ぐ見つめている彼の瞳には彼女の羞恥で包まれた表情は映っているのだろうか。

「…太宰君?」
「でも、君は善でありながらもその綺麗さ故に悪である私の心を穢した。非道いよ。私は全ての女性が好きだというのに私の心は君と云う存在が侵食した」

この状況下で云うものではないが思う事があるので彼に問いたい。

''正気であるか''と。

そう思う中でも太宰は彼女だけを瞳に映し、彼女の頬を撫でつけるように触れて囁く。
まるで過去に戻った様ではないか。
そう云って結論づけようとする紫琴だったが、ふと感じ取った。

何かが違う。

「紫琴?如何したんだい」

この男の様子は過去の彼と然程変わっていない。
では、この空間か?
だが、彼処もほぼ同じ空間の様に気がして違和感は感じられない。

ふと、ある可能性が脳裏に浮かんだのだ。

当時の自分はあの部屋にずっと閉じ込められ軟禁状態にあった為、首謀者の太宰を憎んでいたというよりも恐れていた。

しかし、では何故今恐れていた彼に寄り添っているのか。
彼が組織を抜けるときに自分に手を差し伸べたから?
彼に洗脳されて彼が指示するもの唱えるもの全てが是と認識してしまったからか?

違う。
あれは自分の意思だ。
友を亡くして絶望のドン底に堕ちた彼に寄り添いたかったから、助けたいと思ったから差し伸べられた手を取ったのだ。

そこまでして彼の隣に居続ける理由。

「愛…しています」
「……え」
「……え?」

ぽろっと零した言葉に驚く太宰と発言者の紫琴。
今度は大宰の目が最大まで見開かれて何とも面白い表情だなんて冗談は云えないが。
逆に紫琴は何故太宰が少し笑ってしまいそうな間抜けな顔をしているのかが分からなかった。

そして、暫く沈黙した後、破ったのは太宰で。

「紫琴…今何て」
「…?此方、何か云いました?」

如何やら無意識な様だ。
無意識に彼の事を考え無意識に彼への愛の言葉を零していた。
意識していなかった事には少し寂しく感じたが、
太宰としては何とも美味しいところだろうか。
太宰は卑しい笑みでじりじりと紫琴(えもの)に近づく。

「私には、''愛してます''と聞こえたけど?」

……。

「?……!!?」

暫く考えた末、紫琴はその一瞬の出来事を思い出し、顔を茹で上がり立ての凧の様に火照り羞恥の所為か居た堪れなくなり、その場から逃走しようとした。

が、そんな浅知恵は太宰にはお見通しで逃げ出す寸前でその長い腕を伸ばし紫琴を捕まえたのだ。

「何処に行こうとしているのかな?私の奥さんは」
「離してっ太宰君、あと先刻の発言は忘れてくださいっ」

そんなの無理に決まっているだろう。
と口には出さないものの心の中で吐き出す太宰。
こんな滅多にない自称自分の妻からの愛の告白に内心不意をつかれた様な気持ちになる。

それにしてもだ。

「随分可愛いこと云ってくれるね紫琴。長年積み上げて来た私の努力が遂に実ったかな」
「知りません!貴方の空耳ではないのですか?」

非道いなと内心悪態を吐くがこれも彼女の可愛い一面としてポジティブに捉えることにした。

「ねえ、もう一度云ってくれよ。愛してますって」
「はあ!?何故?その理由は?」

「私が聞きたいから」

殴ってもいいだろうか。
それとも肘打ち?
どちらにせよそれらを行使しても誰も責めはしないだろう。
気が動転しているこの状況下では何をやっても自分の行為が正当化される様な気がする。

「あ、言葉にすることが厭なら態度で示しても」
「一回黙りなさい太宰君」
「よしじゃあ今日は紫琴から接吻(キス)してくれ給えよ」

「此方の話聞いていました?黙りなさいと云っ」
「早くしてくれないと私から襲っちゃうよ?」

「えっ、一寸待っ…」

彼女の制止の言葉は抑え込まれたのかはたまた、接吻と共に飲み込まれたのか…。
彼女が如何なる結末を迎えたなど彼らに知りえないことだろう。
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