Alice in Wonderland ver.

ようこそ、狂気の茶会へーー

重い瞼を開けた時そこに広がるのは不思議にも様々な異類異型の扉が先ず視界に入った。

此処はーー何処だろうか。
自分はーー誰?なんていう冗談はさておき、冷静な思考回路を運行させる。如何やら此処は先程まで居た草が生い茂った広大な緑の絨毯ではないようだ。
親戚に住んでいる谷崎家の長女と一緒に今時の若い娘が愛読していると評判の女性誌を読んでいたのだが途中から女性誌から結婚を題材とした雑誌に移り将来は兄と共にバージンロードを歩くんだと何やら危険な匂いを漂わせながら熱弁している姿に呆れ会話の殆どを聞き流して会話から独り言となってしまった語から逃れる様に近くで流れる川の辺に近づいた。それと同時に風が吹き靡く髪を抑えながら黄昏ていた時であった。
草むらからピョコりと耳を出してこちらに走って来た野ウサギが横目で捉えた。
ここに来て「うふふ、可愛らしいウサギさん。何処からいらしたの?」なんてメルヘンチックな状況になる筈もない。
何処の異世界だよなんてツッコミを入れつつも冷静な頭を動かす。此処は現実だ、何処からともなくして現れた野ウサギとの意思の疎通など出来るわけが…

「あ、あの…清水紫琴さん…ですか?」

ーー少し頭を冷やす必要があるようだ。
気が動転しているのか、または暑さにやられたのかと思わず現実から背けたくなるが、生憎現状、至って冷静な上に今の時期は真夏とは冗談でも言い難いほど風が冷たい。
では、これは己が見た幻か。なんて往生際が悪いことは誰よりも自覚しているつもりだ。
だが、今己の前に姿を現したのは野うさぎではなく只の気弱そうな少年だとは誰が思うだろうか。
挙句には己の氏名も把握済みとは新手のストーカーか何かかとも思ったがこんな本当にウサギの様な無垢な瞳からは到底予想出来まい。
だからつい答えてしまった、はい、と。
そうしたら色に譬えるのならそう、透き通るようなゴミ一つ無い湖の色と同等の不安そうな表情から一変、彼の表情に温かみが戻った様に笑顔を咲かせた。

「はあッ良かった!実は僕は或る人から貴方を招待するように事預かっていまして…」

或る人って誰?や先ず貴方は誰?なんていう疑問を口にして良いのだろうか。
不可思議に首を傾げていると少年は女性、紫琴の動作の意味を漸く気付いたのか、今迄満開に咲かせていた花様な笑顔を萎ませた様にしてまた顔を青ざめた。

「あ、あの…自己紹介が未だでしたね。僕は中島敦と云います。…えッとあの…」

どもりながらも必死に言葉を繋ごうとする"ウサ耳少年"・敦に益々不可思議な態度を取る紫琴。
決して意地悪をしているわけではない。只少年の言葉の続きを聞きたいだけなのだ。
しかし、彼がこう黙りこくって仕舞えば 此方(こちら)側としても対応に困る。
すると、彼はポケットの中から鎖に繋がれた白銀の小型携帯用時計を開いて見ては焦りの閉じの反復でまるで落ち着きがない。
これでは会話どころではないではないか。このままではナオミが己が居ないことに気付いてしまう。

「あ、あの…」
「あ、と、兎に角!付いてきて下さい!」

そう云って暫くすると彼から寒色の光輝が放たれた。彼の両腕と両脚は瞬く間に白銀の獣毛によって覆われ人体の爪は刃物みたく鋭利で整えられている。彼はその獣足で付いてくる様に彼女へ促しそのまま草原を駆けて行った。
一方、その場で立ち尽くす紫琴は、只々言葉を無くしていた。

「…え」

ーー矢張り少し頭を冷やす必要がある様だ。彼はきっと立ち尽くしている己には気付かず付いてきているという定で爽快感満載で草原を駆けている頃だろう。
"ウサ耳少年"と身勝手な渾名を付けてしまったなと後悔した。
あの毛並みは完全にネコ科の動物だろう。
"ウサ耳の虎"
結局、彼はどういった類の人生を送っているのだろうか。

まァ兎に角だ。

「随分綺麗な毛並みでしたね」

ーーそう云って少女は見ず知らずの"ウサ耳をした虎少年"に付いて行ったのでした。

そして、時は冒頭に戻る。
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