Beauty and the beast

或る時日、城内にある一室で"猛獣"が姿見を覗いていた。
その姿見が映すは人の形をしない生命体の威圧的な顔ではなく片田舎のと或る街角に位置する家。具体的に云えばそこに住む娘の様子。無垢な一人娘を舌舐めずりの如く観察するという謂わば日常茶飯事的な行い。
遥か昔にこの城は自身や従者、女中総て美しい魔女によって人生が狂わされこんな猛獣に変身させられた事に身を恥じて城に篭ってから異常な退屈を持て余していた為か若しくは呪いによって人類外種に変身させられ人肌が恋しくなったのか…何にせよ魔女から得た"特殊な姿見"を覗いてから自身はこの女子から目が離せなくなっている。

「おい、太宰。何時迄鏡なんぞと睨み合いをしているのだ。好い加減俺達を元に戻す方法を見つけ出せ、この阿呆」

そう云って太宰という猛獣に話しかけるのは威圧的な眼光を放ちながら暴言を吐く"子供"。
決して子供とは云えないその威厳は百獣の王を黙らせんとするものだ。

「…国木田くゥーん、私の事は御主人様と呼び給えと何時も云っているじゃないかァ。それに私に異能力が効かないのに効いているという事は異能ではないことは国木田君だって分かっている筈だよォ?つまりこれは何らかの呪いなのだよ、生憎私は呪いの経験はないからねェ。仕様がないだろう?」

しかし、そんな子供に対して怯むことなく見事な淡白さで物事に蹴りをつけた。
それが癪に触ったのか、国木田と呼ばれた(仮)少年は猛獣となってしまった自称御主人様の臀部に生えた毛むくじゃらを力の限り引っ張った。
唐突に起こった出来事と全身に痺れる様に伝う激痛に呻く御主人様・太宰。
如何やら動物的痛覚は共通の様だ。

「痛たたたたたッ」
「この城を統治することも出来ん奴に誰が御主人様と呼ぶか!貴様なんかよりも半壊の掃除機の方が未だ利口だ!貴様は掃除機の有り難みから見習え」
「嗚呼…あの壊れかけの掃除機ねェ。そろそろ新しい物に買い替えようか。今度谷崎君を使いに出そう」
「自分で買いに行け莫迦御主人様
「私場所分からないもん」
「あ、あの!ぼ、ボク行きますよッ。掃除機ッてどんな物が良いのかなんてボクには解りませんが…太宰さん忙しそうだし、今のその格好じゃァ」

嗚呼…何処まで善人なんだ。
その眩しく尊い真心、まるで他人が抱えた邪心をも綺麗に払拭するかのような…。
格好は一般人にしてみたら良好とは云えない、何故なら今己の姿は野獣。人を殺すことすら出来る。
それに忙しい…確かに忙しいのかもしれない、否忙しいのだろう。何せ彼女を観察するから。
まァそんな事云ったら子供となってしまった従者に若しかしたら気絶するまで殴られるのだろうが。

その真心に気分を良くした自称御主人様はその想いに応え掃除機買い出し係に任命しようと口を開いた時、チルドアテンダントによって遮られた。

「谷崎、今のお前の姿も考えろ。幼き身体で街を出歩くなど誘拐して下さいと勧誘しているようなものだ。それにあそこの街は治安が悪い」
「えッ?そうなンですか」
「何でも街一番の美しい娘が居るようでその娘を巡って争うことは日常茶飯事だと記憶している」
「へェ…物騒ですね、ーーそんな事を聞いたボクは一体如何すれば良いンでしょう」

"却説な…皮肉にも此処の従者は皆子供にされてしまったからな"
国木田の云った通りだ、この城の従者は皆魔女の呪いで幼子にされてしまった為一般的には普通に子供であるが、頭脳や知能は時が流れたままらしいので己は大体学生ぐらい、国木田はエジソンも驚く超絶頭脳の持ち主となってしまった。
総てはこの主人が招いた結果だと思いたくないが如何してもそうだと思ってしまう。

しかし、当人はさして何にも問題無いかのように寧ろ既に当時の頃は忘却の彼方へと葬り去ったかの様な様子に常々呆れる。
今だってそうだ、現在進行形でぼぅーッと無駄に高い天井を見つめている。

「娘…街一番の美しい娘。ーー…あ」
「「…ん?」」

「ねェ国木田君、街一番の美女ッてどんな娘かな?」
「は?」

柄にもなく素っ頓狂な声が出た後、"唐突に何を聞かれると思えばそんな事か"と呆れる。しかし、ここで太宰の思い通りになってしまう己を恨むが街一番の美女を脳内創造する。
己の中の美女といえば字の如く容姿が整い尚且つ聡明な女性のことを指すだろう。
聡明で堅実で賢明な…「国木田君、鼻の下伸びてるよォ?」

…取り敢えず殴ってやろう。
そう決意した矢先、今迄その場から一度も腰すら浮かせなかった莫迦主人が椅子から立ち上がらせ体を伸ばした後、何か勢い付けて部屋を立ち去ろうとしているところ間一髪で呼び止めた己は賞賛に値するだろうか。
そんなことよりも、無類の女子好きのこの主人の事だ。真逆とは思うがーー

「お、おい太宰!貴様何処に行く!」

莫迦主人が止めた踵を返しこちらに向ければ憎たらしい程の笑みを浮かべ口を開いた数秒後、太宰を地を這ってでも止めようとする己とあの時素直に谷崎に行かせれば良かったと後悔する己が現れた。


「街一番の美女と呼ばれる彼女の元へさ」

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