Cinderella ver.

広大な城に聳え立つ時計台の指針が12を指した瞬間
それと同時に城全体否、街頭規模までに及ぶ唸らせる様な鐘の音は夢の終わりであり、また苦しい現実へと成り替わる合図だ。その合図を機に一人の女子は魔法という幻想が溶ける前に今迄仲睦まじく談笑、踊っていたまるで絵に描いたような国を治める長となる子息と名残惜しげに別れた。

という話の大部分だが、この時既に両者は互いに惹かれあっていたのかもしれない。否、そうだろう。
そうでなければ、王子は女子が置いって行った硝子の靴を頼りに態々城下町に降りる筈もない。

抑、何故女子に惹かれていたのであれば12時の鐘の音と共に城を去ろうとしている彼女を引き止めなかったのか。
時間が何だ、魔法が何だ、幻想が何だ。
愛しているのであれば己の手中に留めておきたいだろう。下界人、庶民問わずだ。

「あ、あの…」
「何だい?美しい人よ」

この男は、特にその例に当てはまる。
恭しく目の前で跪き未だに右手を離さない黒髪の男、というより王太子というこの国を統治する一族の長男坊を見下ろすのも流石に疲れた。あと、腕が痺れる。
己の様な小娘が王家の人間を見下ろすのも気が引ける。否、気が引ける云々よりも先ずこの状況を咎める人間はいないのか?
周囲を見渡せばこの城の宴に参加した貴族や王族の人間の大半は好奇の目を向けているのは間違いない。
貴婦人の集団に視線を向けると18世紀に流行したロココ装飾様式の様な扇子を口元避けとして利用し"あの方何処のお嬢様?"とか"王太子相手に不躾ではなくて?"と面識も無いのに早くも完全に敵意が見られた。
そんな視線から流れる様に咄嗟の行動として前を向けば次に視線に入るのはこれ程までにかと云わざるを得ない程幸福で満ちた王太子の微笑み。
容姿も申し分ないのだから屹度多くの貴婦人達を萌え殺しに処しただろう。
それをまるで躱すかの様に逃れた先は時計台の指針、魔法装が解けるまであと15分。

「そろそろ12時ですので…お暇させて頂きたく存じます、王太子」
「そんな堅くならないで…。それに、御宅は門限でもあるのかい?」

ーー少しだけ己の手に込めた彼の握力が強くなったのは気の所為だろうか。
質問した癖に、まるで逃がさんとばかりの力量だ。

「いえ、門限…というよりも一般常識から考えて日付が変わろうとしている時間帯に門限もないと思いますが…」
「嗚呼…成る程、御家族が心配するってね。確かに君の云い分は御尤もだ。でも、若し王太子である私の命で君は私と共に一夜を明かすと云ったら御家族は如何するだろうね?」

ーー嫌な予感がしてきた。
否、如何するだろうね?って…そもそもこの宴の席は皆で踊りや美食するのは建前で本来の目的は婚約するには善い頃合いの王太子の嫁探しの為に設けられたのだ。
そして、一夜を共にするという遠回しな言葉などない。
つまり、直球で求婚を申し込まれたのだ。
一体如何すれば善いのだ。

承諾すれば、将来の生活もさぞ潤うであろう。しかし、魔法装が解けた場合彼はみすぼらしい格好をした己を軽蔑するか。
いや、下手したら彼の期待に背くこととなり遮断されるかもしれない。
断れば、王太子を拒絶することとなりこれも懲罰もの。
死ぬか死ぬDie or dieしかないではないか。

今思えば己はこう思う。
"こんな灰かぶり姫を此方は知らない"
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