暗躍
「もう一年は前になるか。お前のところで報告が上がったろう」
「は・・・」
「“歴史修正主義者から勧誘を受けた”だったか?最近他のところからも似たような報告が上がるようになってな」
珍しく専務から嫌味ではなく声を掛けられ、何事か、と警戒しながら姿勢を正せば真面目な話。
何だ、内申でも下がったのかと思いながら耳を傾ければ、チッ、と煩わしい舌打ちが響いて、聞く気になったことを早々に後悔した。
「“失敗作”共め・・・余計な知恵を付け始めたらしい」
ピク、と眉尻が引くつくのを感じる。
原因は自分たちのくせして、よくもまあ。
だが、この言葉に不快感を覚えるのは俺だけではないが、こう言うのもこの男だけではない。
いつものこと、と静かに息を吐いて感情をやり過ごせば、気付いていないのか無視と決めているのか、「詳しい報告書を作り直して上げなおせ」と言いたいことだけ言って去っていく。
目の前から早々に居なくなってくれるのはいいことだ、と自分もデスクに向き直って、本丸に関するフォルダを開いた。
“第二次試験体(不適応刀)出現・討伐報告”。
もはや懐かしさすら感じるファイルだが、どうせろくに目など通していないのだ。少し手直しすればすぐに出せる。
だが流石に提出は明日にしておくか、とファイルが立ち上がるのをぼんやりと待っていると、隣の席から椅子をきしませる音とともに声がかかってきた。
「増えたってことかね?」
「・・・さあな」
「やだねー。これブラック本丸の奴らが声かけられちゃったら、寝返ることもあるってことでしょ?」
「・・・上野・・・そういう話は聞こえないところでしろ」
「またまた。否定しないってことは紺野もそう思ってるくせに」
「・・・・・・」
上野の言葉に言い返せなくなり、ファイルが立ち上がったのを切欠に話を切り上げる。
だが、存外しつこく押しの強いこの男は、まだ話したいことがあるとばかりに椅子ごとこちらに寄ってきた。
「実際、“遺失”扱いの刀剣男士は少しずつだけど増え続けてる。無理があるだろ、意思があって足がにょきっと生えてる刀を“遺失”だなんてさ」
「・・・扱いが“モノ”な時点で、わかりきったことだろ」
政府には、刀剣男士をまともに扱う気がない。
体裁だけでも人らしく扱うのは審神者だけ。それでも、戦とは何のかかわりもなかった者を突然日常と切り離して、何事もなく済むのはいったいどれほどか。
ブラック本丸と呼ばれる、正しく機能していない本丸の割合はそのまま政府への不信感につながるだろうに。
「このまま“モノ”扱いするなら所在がわかるように発信機でも埋め込めばいい。そうでないなら、“遺失”の前に保護すべき」
そう、思えども。俺にそれを実行する術はない。
それどころかたった一つの本丸を繋ぐだけで精いっぱいな俺では、・・・自分のことで、手一杯な俺では。
「・・・〜〜〜!」
「・・・おい?」
不意にじたばたともがき始めた上野。複雑な表情でもの言いたげだが、言葉を探しているような。
普段人の顔色なんぞ気にも留めずに好き勝手喋る男にしては珍しい表情に、何事かと声を掛けた。
「・・・お前が優秀なのにバカなのが残念」
「・・・おい。どういうことだ」
「ただの憐れみだよ。気にすんな!」
ガタンと席を立って部屋から出ていく上野に、本当に珍しい、と首をかしげながらも仕事に戻る。
あいつから離れたということは、追いかけるのは得策ではない。
もし話したいことがあるなら、向こうから来る。
「・・・〜〜〜っはあああぁぁ〜〜〜・・・!!」
誰もいない喫煙室に駆け込んだ上野は、その場で頭を抱えてしゃがみ込む。
あのままあそこにいたら、あいつをひどく傷つけることを言ってしまったろうから。
「・・・俺はお前派だからさぁ・・・いつまで嫁の尻拭いさせられてんのって話で・・・」
でもそれは、多分言っても無駄。
あいつがあの本丸から手を引くことは、絶対にない。
「・・・よし。今日はベ〇ザラスだ」
グン、と顔をあげて気持ちを切り替え、今二歳半くらいだよな?と昔見た小さな塊を思い出す。
どんなふうに育ってんのかねぇ、と独り言ちて、流れるように取り出した端末に“二歳半 おもちゃ”と打ち込んだ。
最近紺野の表情が豊かになってきた。少し前までは、眉間にしわを寄せたまま固まっていたのに。
それは本丸から帰ってきたときが一番顕著で、いい表情の時に話をねだると、めんどくさそうな顔をしながらも報告書には書かれない本丸での姿が語られる。
でも、話すうちにその目には、やさしさってやつが宿るようになってきて。
・・・だから、残念だ。
優秀で真面目で不器用でバカなあいつは、自分の感情に蓋をする。自分が幸せを感じていることを、許さない。
楽しめばいいのに。幸せを感じればいいのに。
「・・・そういえば二歳の誕生日プレゼント、あげてなかったっけ・・・」
ふと思い出した半年前の忙しさにあちゃあ、と額に手を当てて、ちょっと奮発してやるか、ともう一度端末に目を落とす。
知育パズル、ぬいぐるみ、着せ替え人形、幼児ジャングルジム・・・
一歳の時と比べて豊富なラインナップに、それで遊ぶ幼児を想像して、いつかあってみたいな、と頬が緩む。
けど、今は会えない。今は、まだ。
「・・・もう少し尻尾出してくれたらなぁ」
予想以上に低くなっていた自分の声に、さっきとはまるで違う笑いを零して端末を閉じる。
あとは、タイミング。
“その日”を夢見て、クスクスと静かに肩を震わせた。
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