失敗と成長


「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく、ひーち、はーち、きゅーう、じゅう!おーまけーのおーまけーのきーしゃぽっぽ、ぽーっとなったらあがりましょ。ぽーっ、ぽーっ、ぽーっ!」

「はーいよくできました!じゃああがろっか」

「うん!」


歌としてとはいえ、よく10まで数えられるようになった、と心も体もホカホカしながら湯船から上がる。
背中流しっこの力も強くなってきたし、そろそろ手加減を教えるべきかな?
でも、このむさ苦しい男所帯、背中の皮膚に気をつかうのなんて限られた面子ではあるか。
一瞬で思い浮かんだ宗三の嫌そうな顔に、お前はそもそも一緒に風呂入らないだろ、と勝手にツッコミを入れた。

バスタオルを渡せば、撫でるように身体を拭いて、「できた!」と言わんばかりの満面の笑み。
この子、こんなに可愛くて大丈夫かな?
ツッコミ不在の脳内で勝手にべにの将来を心配しながら、拭ききれなかった水滴をタオルで吸う。
その流れで自分も身体を拭いているうちに、自分のパジャマに着替えようとしている姿には、流石に驚いた。


「べにねー、おふく、できゆよ!」

「えっ!ホントに?すごーい、見せて!」


テンプレになりつつある、べにが何かをしようとするときの言葉をかければ、ふふん、と自慢げに鼻を鳴らして早速パンツを前後逆に履いた。
止めようと少し息を吸い込んで、でも待てよ、と一旦それを飲み込む。
致命的間違いではないし、このまま自己肯定感や達成感を味わうことの方が重要なんじゃないか?
一先ずパジャマの袖に足を突っ込むことがなかったことにほっとして、脳内会議を再開させる。

失敗の経験もしておかないと、少しの失敗で心折れるようになっちゃうかな?
でもそういうのって、失敗したときにいかに立ち直らせるかなのかも?
自分たちだって失敗することはあるし、そういうときはどうしたらいいか道順示してくれるとすごく助かるもんね。
そう思うと育児本はホントバイブルだもんなぁ…

会議が脱線し始めた頃、下から「できたー!」と声がかかって、そちらを見ればクマさんプリントが背中に回った可愛い子。


「お、すごいねぇ、一人でできたんだね!あれー?でも、クマさんどっか行っちゃったねぇ?」

「…あれー?」

「ちょっと腕抜いてごらん…そうそう、反対も〜?OKOK、いいね。それじゃあ〜クルッとして!」

「…!くましゃん!」

「うん!クマさん可愛いね」


無事クマが胸の前に来たことを確認して、脱衣所から走り出していくべに。
まだ乾ききっていない自分の髪をタオルで拭きながらその後を追い、「自分で着たんだよ!」と報告して回るべにを見守る。
そのおしりにクマがいないことが見えて、なんで見事に全部前後ろ逆なんだろう?と純粋に疑問を感じた。
結局その下のパンツ問題もあるわけだけど、これ以上また止めるのも、直しを増やすのも、互いにストレスになってしまうだろう。
まぁ後ろから追いかけて止めるより、話しかけた誰かに言われた方が耳にも入るだろうし。
今のところ皆、褒めてモードのべにに応えるだけにしてくれているようだし(べにがさっさと次へ行ってしまうから伝える暇もないのかもしれないが)、大人しく髪でも乾かしておこうか。

そこまできて、ふといつもの重みが手にないことに思い至った。
…まさか存在すら忘れるとは。
気が抜けすぎかな、それともべにの魔力かな、と自嘲して、一期は、と辺りを見渡す。

今まさにべにに捕まっている太郎太刀、
ズボンの間違いに気づいたらしく、二人でべにを指差して笑い合っている膝丸と髭切、
どう言おうかと考えているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべる鶴丸、
言いに行こうか、でも、とオロオロする小夜と五虎退、
そもそも気付いていなさそうな御手杵。

…広間には居ないかな、と見切りをつけて、一番暇そうな御手杵に「べにちょっと見てて」と任せ、台所の方に向かう。
燭台切ならまずそこだろうし、燭台切に端末の使い方を聞きに行ったなら、そのままそこで操作したかもしれない。
操作が終わっていたとしても、一期ならその辺に端末を置きっぱなしでどこかに行くなんてことはないだろうし。
漂ってくるいい匂いに、今日のご飯は何かな、なんて呑気に考えながらドアを開ける。

真っ先に目に入ったのは、探し人…の一歩手前の、燭台切の姿。
その隣に、汁物の味見をしている歌仙、
手前の机で、もやしの根をとる…三日月。

少しドキリとしたけれど、燭台切が三日月の目の前で端末の操作方法を説明するなんて凡ミスしないか、と思い直す。
それより今は、一期。
ここにもいない?と首を傾げて、包丁を扱っている燭台切を驚かさないように控えめに声をかける。


「燭台切、一期どこ行ったかわかる?」


手を止め、くるりと振り返った燭台切から、一言。


「え?来てないよ」


息が、止まった。









「一期見てない!?」

「えっ!?いや、見てないですけど…」

「探して!」


言い捨てるようにしてそのまま堀川の脇を走り抜け、次の場所に向かう。
索敵なんかよりよっぽど神経を研ぎ澄ませて、必死に一期の気配を探す。
敵ならいい。何もない平原や人間しかいない場所から、禍々しい気を探せばいいだけ。
こんな、一本の木から一枚の葉を探し出すような…!


「あれ、加州?」

「!?乱…っ何で…!?」


視界に入った長い髪に、慌てて急ブレーキをかける。
出陣していたはずなのに、なんでここにいる?メンバーの勘違い?でも、少し服が乱れた様子は、出陣後のーーー


「え?そんなのこっちが聞きたいんだけど。まだ行けたのに帰城させられた、って、厚が機嫌悪いんだからね?」

「きじょ…」

「…加州が指示したんじゃないの?」


怪訝そうな乱の肩を掴みかかる。


「どこに戻った!?」

「っ!に、庭の方!」


それ以上何も言わず、走り出す。
やめてよ。まさか。
泣きそうなような、血の気が引いていくような。
普段なら息も上がらない距離なのに、心臓は早鐘、汗まで滝のように流れていく。

乱たちが帰城していた。
出陣は一度に1つの隊しかできない。
一期に午後の編成を任せた。
ーーーもし、その方法を知っていたら。


「…一期っ!」


庭の片隅、本丸からの死角になるその位置に、一期はいた。
手には端末、こちらに気付き、振り返る一期一振。

その落ち着いた笑顔を最後に、その姿は、その場から掻き消えた。




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