死と成長


カシャンーーー

その場に落ちた端末の音で、はっと我に返って走り出す。
慌てて拾い上げた端末は幸いなことに壊れてはいないようで、さらに幸運なことに、今一期が向かったであろう時代が表示されたままになっていた。
普段見る出陣の表示と変わらないそれは、けれどやっぱり壊れたんじゃ、と不安を抱かせた。


「え…二年前…の、ここ?」


てっきり、自分に関係のある場所や時代に行くかと思ったのに。
ともかく、と画面の端にある“帰城”の文字をタップする。
すぐに一期が消えた時と同じような、普段皆が帰城するときと同じような光が現れて、少しすれば、そこには先程とは打って変わって、悲しそうな一期の姿が。
その表情から、彼の計画は途絶えたのだと悟り、ほっと胸をなでおろした。


「…残念です。普段手にしているものはそのままに時を遡るので、その端末も持ち運べるか、と思ったのですが」

「ちょっと待ってよ。聞きたいことが山ほどあるんだけど」


いつのまにか近くまで来ていたらしい燭台切が状況を察して走り出し、一期の腕を後ろ手に取り上げる。
さらに三日月も後に続いて、一期の腰から刀を鞘ごと引き抜き、少し離れたところに置いた。
騒ぎを聞きつけた他の男士たちも続々と集まってきて、もはや一刀剣男士が抵抗したところでどうにかなる状況ではない。
それを察してか、何の抵抗もなく素直に膝をついた一期に、何を聞けばいいのか、わからなくなった。


「…どうやって?俺、端末の使い方なんて教えたことないよね」


そしてようやく口から出たのは、ズレたような質問。


「…簡易な操作で扱えるようにしてあったのが救いでしたな。画面は見ずとも、操作している加州殿の手元を見ていれば、ある程度は予測も立ちます」

「…それだけ、で?」


確かに、画面さえ見せなければ、と思っていた節はある。
端末の操作は慣れてしまえば感覚的なものだから、そろそろ遊び感覚でべにに操作させてもいいなと思い始めていたくらいだ。
でも、それをこの、リモコンの使い方すら知らなかった男士達が、簡単に習得するとは考えづらくて。
問うと一期は少し口ごもったが、燭台切に腕を捻られ、渋々口を開いた。


「…弟たちは好奇心旺盛ですからな。そしてまた、素直にそれを報告してくれるのです」


は、と誰かが息を飲む。
後ろを見なくても、その持ち主が誰か、簡単に想像がついてしまった。


『かーしゅー。何してるの?』

『今日の部隊考えてるの。同田貫で行くか、和泉守で行くか悩んじゃってねー』

『ふーん?あ、山姥切が最近出させてもらえないって拗ねてたよ?』

『あー…あいつはもう大分練度が…っておい!勝手に触るなよ』

『いいじゃんいいじゃん、気晴らし気晴らし♪』


よく背中に乗っかって手元を覗いていたし、編成に手を出してくることもあった。
ほぼ最初からの付き合いだし、電子機器への慣れもしている。信用していたから、覗かれてもそこまでの警戒はしなかった。
まさか、そんな風に漏れるとは。
本人もこんなことになるとは思っていなかったんだろう。「うそ…」とか細い声が、後ろから聞こえてきた。
責めるつもりはない。世間話が好きな、その延長だったんだろう。
ーーー一期が、こんなことを計画していなければ。


「何でこんなことしたの、一期さん…!」


代わるように聞いてくれたのは、燭台切。
でもその声は震えていて、そうだよね、なんて他人事みたいな感想をもった。


「…何故、ですか…」


ふ、とため息とも笑いとも分からない息をはいて、顔も上げずに話し始める一期。
その様子に、どうして彼の計画に、内心に気づかなかったのか、わかった気がした。


「こちらが聞きたいですな。どうして何もせずべに殿の成長を見守るなどできるのですか?我々は成長…練度が上がっても、折れない限り死ぬことはない。ですがべに殿は、何もしなくても死んでしまうではありませんか。成長?着実に、死へと向かっているということではないのですか。毎日一歩ずつ死へと向かう主の姿を、何故幸せそうに眺めることなどできるのですか?」


ーーー一期一振は、至極冷静に、正しいことを、言っていた。

人は生まれた瞬間から死へと向かっている。昔の哲学者かなにかが言っていた言葉だ。
確かにそれを初めて知ったときは、考えさせられるものがあるとは思った。
成長とは、老化とどう違うのだろう?
一瞬で折れる時と違う、徐々に錆びつく感覚を知っている男士なら、わかるのだろうか。
このままの姿を何度でも、何年でも見ていたい。
そう思うのは、間違っているのだろうか。ーーーいや、きっと、間違ってはいない。
一期の気持ちが十分に理解できる。
言い分に、「そうだね」と、頷けてしまう。

……ーーー。


「…俺ね、この前、すんごい美人を発見したんだ」


ぽつり、とそう呟いて、端末を操作する。
この板にカメラ機能がついていることを知ったのは、つい最近だ。
大画面で見られる綺麗な画像に、なんで教えてくれなかったと紺野に掴みかかったのもいい思い出。
それ以来こっそり日常の一コマを撮って、仕事の合間に癒されてるわけだけど。
スクロールしていって目当ての写真を見つけ、表示して一期に見せる。
自然とそこに向かう一期の目には、振り返ってほほ笑むべにの姿が映ったことだろう。
可愛い、かわいい、俺たちの主。


「…モデル顔負けだよね。もうほんと、最高としか表現できない自分の語彙が恨めしいくらい。…でさ、この時なんて言ってたと思う?“おっきくなったらみぃちゃんのおむこさんになる!”だって。なんかもういろいろ間違えすぎてて、訂正もできなかったよ」


真面目な話なのに、その時のことを思い出したら、少しだけ笑ってしまった。
怪訝そうな顔を見せる一期に、咳払いを一つ。


「…まぁ、誰のお嫁さんになるかは置いといて。もう、“少女”って言っていい年頃だよね。そのうち“女性”になる。人間の成長なんてあっという間なんだから、しわが目立つようになるのもすぐそこ。しわしわのおばあちゃんになったべにを、一期は愛せない?」

「そんなわけありません。べに殿はどんな姿になっても愛くるしいのですから」


俺もそう思うと一つ頷いて、一期の前にしゃがみ込む。
ようやく視線の合った一期に、自分の夢物語を語った。


「…俺はね、一期。べにには、酸いも甘いも噛み分けた、日常を幸せだと思えるおばあちゃんになってほしいんだ。どんな人生を送ってもいい。勿論、悲しい思いは極力させたくないけど、甘い汁しか吸ってない蝶の寿命は短いからね」


そういうのは、一期の方が多く見てきたんじゃない?
もしかしたらそういう環境にはいなかったかも、とも思ったけど、経験があったのか、想像ができたのか。
深窓の姫は、感情を失ってしまうことが多い。
俯く一期からは、べににそうなってほしいという感情は見られなかった。
俺は、理想を続ける。


「辛いことも、悲しいことも、乗り越えて初めて糧になる。…そうやって極になった奴もいるでしょ。…人は強いんだから」


失意のまま死んでいった人も、知っている。
でも、乗り越えた人の輝きがすごいものになることも、知ってる。


「死がなんだっての。そこまでの過程を、軌跡を、人間は全力で“生き”るんだよ」


だからあんなに輝いて、あんなに、綺麗なんだ。





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