出陣


「…よし」

「頑張ってね。って言っても紺野なら最悪加州のコレクション見せれば懐柔できるかもしれないけど」

「ホントそれ」


少しでも気を軽くさせようとする燭台切に乗っかって、軽く笑う。
隣に立つべにも何かいつもと違うというのは感じ取っているらしく、朝から口数が少ない。
こういう時のために、と普段から和装には慣れさせていたけど、正装も居心地が悪そうだ。


「べに、これからどこいくかわかる?」

「…だいじなとこ…」

「そう。だからいい子にしてなきゃだけど、だからって全部我慢する必要はないからね?」

「がまん…ない?」

「うん。何かあったら、俺でも、紺野でも、言っていいからね」

「………」


コクン、と小さくうなずいた姿はいつもより小さく見えて、仕方ない、と抱き上げる。


「頑張ったら、ご褒美、ね?」

「…いっしょにねんね…」

「最高かよ…あいや、勿論いいよ、約束ね」


小指を出せば、手全部でギュッと握り込むべに。
もう一度今度は心の中で最高かよ、と悶えてから、燭台切に一つ頷いた。
燭台切も応えるように頷いて、指示された通りに端末を操作する。
すぐに現れた出陣のときと同じ感覚に目を瞑れば、べにの手が強く握られたのを感じた。
そういえば、いつも見てはいるけど、体験するのは初めてだっけ。
当たり前のことに気が回らなかった自分に、思ったより緊張してんのかな、とべにの手を握り直す。
けれどその感覚はホワイトアウトとともにじわりと消えていって。









次にそれが戻ってきたとき、状況は全てが一変していた。

まず見えたのは、白。
焦点が合わないほど近いそれに頬を押し付けていることがわかって、慌てて離れようとして、それが床だと気付く。
けどそれと同時に上から首を押さえつけられて、頬骨がゴリ、と音を立てた。
何、と犯人を睨みつけて、その目が驚愕に見開かれる。


「なっ…え!?一期!?」

『断っておくが、そいつはお前の本丸の一期一振ではないぞ』

「!?」


紺野の声ではない、肉声にも聞こえない声が、冷たく断じる。
それと同じくらい感情を感じない目が、頭上から静かに見下ろしてきた。


『助けを求めても無駄だ。それは完璧に調整してあるからな』

「調整…っ?」


周りにも何振りかが構えていて、まるでさっきの一期だ、と自分の状況を鑑みる。
はっとさっきまで腕の中にいたはずのべにを探せば、少し離れた場所で鶯丸に肩を抑えられていて。
その鶯丸の表情が能面のようで、あまりの違いに、ぞっとした。


「…っ紺野は…?」


声の主らしき人間は見当たらない。
声からしても、確実にこの状況の元凶。
そいつさえなんとかすればあるいは、と思っても、広くはない部屋の中、こちらの動きを監視するのは刀剣男士のみ。
不機嫌そうな男の声が、部屋にこだまする。


『内通者に助けてもらおうという魂胆か。残念だったな、紺野管理官にはもう何の権限もない…お前達のせいでな』

「っもしかして勝手に過去に行ったこと怒ってる?そりゃあ、勝手なことしたのは悪いと思ってるよ。でも行っちゃったのは一瞬だし、一期ももうそんなことしないだろうから」


お前達のせいで、という吐き捨てるような言葉に、慌てて弁明する。
あまりにも言い訳にしか聞こえない自分の言葉に、少し眉間にしわを寄せた。
この時のために、話すことを昨夜のうちに考えておいたのに、一瞬でとんでしまった。
けど、声の主が引っかかったのは、そこではないようで。


『いちご?一期一振か?…やはりレア対象刀か』

「…どういうこと?」


レア、“対象”?
三日月を筆頭に、鶴丸、江雪、鶯丸、一期がレアと呼ばれているのは知っている。
そういえば、と周りを改めて見れば、その4振りを筆頭に顕現率の低い刀が目立って。
どういうこと、やはりって何、と聞こうとしたところで、苛立ちを含んだため息が聞こえてきた。


『しかし、アイツめ…きっちり管理するとか言っておきながら、このざまか。やはり情か、それとも結局似た者夫婦か』

「っちょっと待ってよ!どういう…!」

『蛙の子は蛙と言うし、そいつにも改めて指導せねばな』


連れて行け、という言葉を合図に、鶯丸がべにの肩を掴んだまま踵を返す。
戸惑いつつも足を動かすべにに慌てて立ち上がろうとすると、周りにいた男士たちが一斉に群がってきた。


「かっは…!」

『どうせろくな教育もできておらんだろう。躾が済んだら、再び本丸に戻してやる。将来有望な戦力には“正しく”育ってもらわねば』


押さえつけられて息もできず、抵抗しようにも腕すら動かず。
流石に異変を感じたべにが怯えたように声を上げるのだけが聞こえた。


「きよみちゅどうしたの?だいじょうぶ?うぐいしゅ、どうしたの?おこってゆ?ね…ひゃあ!?」

「べに…っ!」

『主人を主人とも呼ばんとは…末期ではないか。やはりすぐに動いて正解だったな』


べにの悲鳴に頬を削りながら顔を上げれば、鶯丸が小脇に抱えて歩いていく背中が見える。
少なくとも今べには、“再教育”と言われるならば抵抗しない方が身の安全が保証されている。
せめてべにだけでも。自分も今は大人しくして、機を伺うべきか。


『危険分子は即刻刀解。安心しろ、本丸にいるお仲間も同じ運命だ』

「…っ!!」


聞きたくなかった単語に、ヤバい、と本気で抜け出そうともがいて。


意識は、そこで掻き消えた。





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