地固め


窓のない部屋は、閉塞感を与える。
けれど内装によってはそれを感じさせないこともできるもの。
ーーーそんな気遣いなど一切ない空間は、鬱々とした気分を助長させるのに、最適だった。

何が悪かったのか。…いや、至らない点など、探せばキリがない。
けれど、彼らがあんなことを考えていることに、微塵も気付けなかったのは、やはり反省すべきか。
ーーーいや、あれだけ距離をとっておきながら、よく気付けるなどと思ったもの、か。
ギシ、と古臭い椅子の背もたれに体重をかけて、天井を仰ぐ。
ぼんやりと、何を考えるべきか、と急ぐでもなく思考を回す。
どうせ、時間は山ほどあるのだ。

ーーーそう思っていたのに。
コンコンコン、と軽い調子でノックされたドアに目を向ければ、ガチャリと鍵の開く音の直後。
ひょい、とドアの隙間から顔を覗かせる男に、特に驚く気持ちは湧かなかった。


「よっ」

「…出世が遠のくぞ」

「ぅっ…リアルなあたりつつくのやめろよ!」


ノックの音だけで予想される相手の性格に笑うべきか、選択肢の少ない自分の交友関係に驚くべきか。
なんで来たんだ、こいつは。


「なんで来たんだ、って顔だな」

「………」

「そう睨むなって」


軽く笑いながら後ろ手にドアを閉め、気負うことなくスタスタと入ってくる同僚ーーー上野に戸惑う。
本当に、何をしに来たんだ、こいつは。


「うっわー、こんな反省部屋みたいなとこに押し込められてんの?てか鍵閉まってたけど、監禁されてるわけ?トイレは?」

「…お前は何がしたいんだ」

「だってお前悪くなくね?」


こいつは、これだから嫌いだ。
無駄なことをペラペラ喋るくせに、妙に核心を突いたことを言ってくる。
「ほら、言い返せねえじゃん」としてやったりな顔を殴りたいと思いながら、言葉を探す。


「指定された時代以外に行くのは重大な違反行為だ」

「それは間違いないわ。やっちまったよなー。それで?理由は?」

「…いや」

「それを調べるのが管理官の仕事だろ?」


「正規の仕事もさせないで専務は何やってるわけ?」と俺が聞きたい、と言いたくなるようなこともズケズケと。
また返す言葉が見つからないでいると、やれやれ、と言わんばかりのため息が聞こえてきた。


「なんでお前はそんなに貧乏くじ引かされるんだよ」

「…仕方ないだろう。あの本丸の管理を任されている以上、俺が責任をとるべきだ」

「いや、おかしいって。だったら仕事させろって話だし、そもそもあの本丸だって嫁の後釜だろ。なんでお前が尻拭いしなきゃいけないんだよ」

「っ…戸籍上、離婚はしていないんだ。死人に育てろと言えるわけもない。相手に責任を求めることもできない。なら…」

「そりゃ引き取ろうとする心がけは立派だよ。でもそれで結果審神者にするって何?お前は面倒を見たかったの?それとも体裁が欲しかったの?」


本当に、痛いところを突いてくる。
そう思うのは、少なくとも始めは体裁を思うところが少しはあったから。
けれど、今の気持ちを言うには、烏滸がましい。
霊力もない。親でもない。言ってしまえば一緒にいる時間は刀剣男士達の方が長い。
それこそ、何の権利があって。
それまでほとんど喋りっぱなしだったくせに、返答を待っているとでも言うのか。
じっとこちらの反応を伺う視線が居心地をさらに悪くさせる。
だが俺に、どう返せと言うんだ。
どうせ、べにを引き取ることなど、できはしないのに。


「…なぁ、もしさ」


待ちきれなくなったのか、再び開かれる口に、また拷問のような時間が始まるのか、と気持ち悪くなってくる。


「べにちゃんを引き取れるって言ったら、引き取る?」










「…お前は俺の拷問係にでも任命されたのか?」


ようやく、なんとかそれだけを絞り出す。
引き取れるなら。引き取れるものなら。
それができないから、今の形に落ち着いているのに。
甘言を囁く男が悪魔のように思えて、もうさっさと追い出すべきか、と思い始める。
けれどそんな雰囲気を気にする様子もなく、ニヤリ、と笑った男はさも悪巧みをするガキ大将のように囁いた。


「取引しようぜ。俺は腐った政府をなんとかしたい。お前はべにちゃんを引き取りたい。どうだ?」

「…なにを言ってるんだ?」


頭がパンクすると、本当に、相手が何を言っているのか理解できなくなる。
耳には入っているはずなのに脳に届く前にシャッターが閉じてしまっているかのように。


「このまま審神者やってたら、あっち側の影響が強くなったり、父親の気がいつ変わるかと常に鬱な状態になるんじゃない?それとも、その方がいいと思ってる?べには邪魔?」


思わず首を振ってしまった。
小さく一度、横に首を動かしただけだったが、こいつの前でそんなスキを見せたらもう終わり。


「だろうなぁ。最初はどうしたらいいかわかんない感じだったけど、今ではべにちゃんの話するとき幸せそうだもん。元々子ども欲しがってたしな」

「…お前が何をしようとしているのかは聞かないでおいてやる。だが、それに俺を巻き込むのはやめてくれ。これ以上上に目を付けられるわけにはいかない。……アイツは、霊力の満ちた空間でないと、体調を崩すんだ。刀剣男士が現世で十分な霊力を供給されていないと長く顕現していられないのと、同じで」

「…マジ?」


引き取った当初は休みを取っていたから、情報通のこいつが知らないのも無理はない。
それを口に出すことは、俺にはどうやってもべにを引き取ることはできないのだと再確認するようで、極力避けたかったが。
ようやく黙り込んだそいつに、やっとこの時間も終わるな、と一つ息をつく。
さっさと立ち去れ、と願っているにもかかわらず、一向に立ち去る気配もなく、それどころか唐突に連絡用端末を取り出した。
呆気にとられるこちらを他所に、顔も見えない相手を呼び出して。


「あーもしもし?俺だけど。…うるせー。ちょっと相談。べにちゃんさ、霊力が充満したとこじゃないと体調悪くなっちゃうんだと。なんかできる?………おー、待ってるわ」


ポン、と切断ボタンを押したそいつに、もう、呆然とするしかできない。


「俺の頼れる兄さんが動いてくれるってさ。んじゃあまあ、こっちも動くか」

「おい…?何をするつもりだ?」

「だって今べにちゃんこっちにいるんだよ?専務がわざわざ気に掛けてくれると思う?」

「……っ!」


脳裏に過ぎる、泣くこともできずにグッタリとする、べにの姿。
人形のような、頼りない身体を抱えたときの、恐怖。


「あの子が元気に過ごせる方法が見つかれば、…お前がどうしたいかは別にしても、選択肢は増えるだろ」


俺の口から求める答えが聞けなかったのだろう。少し眉間に皺を寄せたそいつに、よっぽど情けない目を向けてしまったのか。


「来い」


クイ、と外に向けて促され。
それに抗うほど、心を強く保てなかった。





**********
back/back/next