敵地


「ここが今日から君が通う学校だ。皆護符の使い方や審神者の何たるかを学んでいるよ。君もここで正しく教育できれば、後の世界を救う救世主になれるかもしれないね」


ぐい、と背中を押されて一歩踏み出すべに。
助けを求めるように見上げた先にはしかし、上っ面だけの笑みを貼り付けただけの大人。
おず、と一歩足を踏み出せば、「頼んだよ」という声だけを残して、後ろでシュン、と扉の閉まる音がした。
慌てて振り返っても、そこには無機質な扉が控えるだけで。
突き放された感覚に涙を浮かべながらも、恐る恐る振り返れば。


「いらっしゃい、お名前はべにちゃん、でいいかしら?」


にこやかな笑みに、あっけにとられつつもコクリと頷くべに。
その様子にますます笑みを深くしたその女性は、「さぁみんな、お友達が増えたわよ」と後ろに向けて告げた。


「だーれー?」

「このこだーれ?」

「この子はべにちゃんよ」

「おともだち…?」

「なかまになるの!?」

「今日からみんなと一緒にここでお勉強するの」


キャアキャアと、甲高い声がべにの周りを取り囲む。
目を白黒させながら腕を引かれるままに歩き出せば、カラフルな世界が飛び込んできた。
壁一面に貼られた色とりどりの絵。
窓ガラスを賑やかすデフォルメされた動物のカット。
低い位置に正方形に区切られたいくつもの棚があり、中には手提げ袋や着替えなどが詰め込まれていて。
所謂“幼稚園”といった部屋は、べににまるで別の世界に来たかのような錯覚を覚えさせた。


「さぁみんな、今日は新しく友達になったべにちゃんのためにパーティーをしましょう。先生はジュースとおやつを持ってくるので、みんなは手洗い・うがい、コップを準備しましょうね。べにちゃんにも教えてあげるのよ」

「「「はーい!」」」


未だついていけないべにを横目に、各々がそれぞれに動き出す。
目まぐるしく変わる状況に立ちすくんでいると、2、3人の女の子がパタパタと走り寄ってきた。


「べにちゃん!おやつのまえは、てーあらうんだよ!」

「こっちだよ!おいで!」

「あ…うん…」


手を引かれて、水道前の列に並ぶ。
すぐに自分の番が回ってきて、手を洗うならいつも家でやってたから分かる、と少し安心していたべにの表情が固まった。


『さぁべに、やってみよっか。ここを引っ張れば水が出るからね』


どこにも、引っ張るところがない。
戸惑いつつも隣の子を見てみれば、水の出るところに手を出せば勝手に水が出て、離れれば止まる。
不思議な力でも使ってるのかな、と思いながらも見よう見まねに水道の下に手を出すべに。
すると当然ながら、しかし“不思議な力”を使ったつもりのないべににとっては予想外に、勢いよく出てくる水。
驚いて手を引けば濡れた手から弾かれた水が隣の子にかかり、振った手はまた別の子に当たり。


「つっめてー!なにすんだよ!」

「えっ」

「いったーい!」

「あー!べにちゃんがなっちゃんのことぶったー!」

「えっ」

「せんせぇー!べにちゃんがー!」

「あらあら、どうしたの?」


一気に騒然とする場に現れた救世主に助けを求めようにも、他の子どもが口々に説明するのに勝てるはずもなく。


「べにちゃんがね、なっちゃんのこといきなりぶったんだよ!」

「うえーん!」

「みずかけられた!おれもなんもしてないのに!」

「あらあら、後でお着替えしましょうか。でもみんな、べにちゃんはどうしてそんなことしたのか、聞いてみた?」

「だってべにちゃんが!」

「なんにもいわないんだもん!」

「なら聞いてみましょうよ。べにちゃん、みんなにイジワルしようとしたの?」


突然何対もの目がこちらに向いて、慌てて首を横に振る。
その様子に笑顔を見せた先生と呼ばれる女性は、反論しようとする子どもの頭に手を乗せて、「じゃあ、」と質問を続けた。


「なにがあったのかな?」

「お…おみず、でて…」

「…もしかして、お水がいきなり出てきてびっくりしたのかな?」


コクコクと必死で首を、今度は縦にふる。
周りの子どもたちも、べにが悪気があったわけではなかったことが伝わったらしい。
けれど自分の非を簡単には認められないのが、年頃というもので。
何かを訴えるように女性を見上げる男の子と、まだしやくり上げる女の子。
さて、と女性が口を開きかけたところで、べにが一足先に声を上げた。


「ご、ごめんね!」

「…!…おれも、ごめん」

「いたいいたい?ごめんね、いたいのいたいの、とんれけ!」

「ひっく…うん……、だいじょーぶ、もう、いたくないよ」


一気に場の緊張が弛み、成り行きを見守っていた子らも手洗いを再開し、各々のコップを取りに走り出す。
場の収束を見た先生もおやつの用意に再び立ち上がって。
慌てて呼び止めようとして、どう呼んでいいかわからず、咄嗟にその服の裾を掴んだ。


「ん?あら、どうしたの、べにちゃん?」

「え、えっとね…あいが、とー…」

「…あらあら」


思ったより、と小さく呟いた声が聞こえた気もしたが、それに顔を上げても、ふわりとした笑みが降りてくるだけで。


「いいのよ。貴女は大事な人材なんだから」


ーーー意味がわからずとも、そこに込められた思いは、子どもは敏感に汲み取るのだ。



**********
back/back/next