覚悟


滅多に人の来ない資料室に、身を隠すこと数時間。
ガチャガチャと何かが擦れ合う音を響かせながら近付いてくる足音に身を固くすれば、ゴンゴンと無遠慮にノックが響き。


「開けろー。手ぇふさがってっから」


その声にパッと立ち上がった上野が迷いなく扉を開き、その人物を招き入れる。
出入り口はここからは死角になっていて、相手の姿は見えないが、間違いなく第二の協力者、というやつだろう。
挨拶を、と扉の閉まった音を合図に動けば、上野もそれに合わせたように口を開いた。


「おま…何だよソレ!?」

「あ?あのガキのだよ。顕現させた方が便利だろ」

「また勝手なことを…!」

「は?このままじゃこいつら確実に闇堕ちだよ?刀解してないってことは、政府はまだこいつら利用する気満々でしょ」


また仕事増やさせる気かよ、そんなことくらい想像しろよ、バーカバーカ、と確実に余計な言葉を付け加えながらも、大量の刀を両手に背中にと山にして姿を現した男。
…この、男は。


「…修一…?」

「ん?ダレ?」

「あれ?紺野、修一のこと知ってんの?」


同時にこちらを振り返った顔は、どこか似通った雰囲気がある。
…まさか、血縁者だったとは…


「…演練で顔を合わせたことがある。俺はべに本丸の管理官だ」

「あー、こんのすけかー。ま、いいや。さっさとべにに…」

『…紺野殿なのですか?』


耳に、というよりは脳に直接響くような音。
突然の事態に身を固くしたのは二人だけで、修一はお?と首を傾げて手元に目をやる。
その先の一振りが光を帯びたかと思えば、その光が床に降り、ものの数秒で人の形を作っていく。

ーーー顕現。

幾度となく見てきたその光景を、まさかこんな資料室の片隅で見ることになるとは、思ってもみなかった。


「お前…顕現できたのか」

「…本来の主の霊力ではないため、体調は最悪ですが…」


顕れた一期一振の顔色は土気色と言えるほど白く、抑えてはいるが息も荒い。
かなり無理をしている様に見えるが、他にも無理をおしてでも顕現しようとする奴が何振りもいるだろうに。
そう思ったのが伝わったのか、自分の後ろで修一の手に収まる刀達を見て、一期が続ける。


「…私は本丸が政府に指し押されられたとき、既に自ら刀の姿をとっていました。…どういう手順を踏んだのかは知りませんが、それで免れたのでしょう」

「え。もしかしてじゃあ、べに居ても政府の封縛が解けないと意味ない?」

「…おそらく」

「なんだよもーえーどうすんの?」

「…心当たりは、ある」


口にすれば、一斉に三対の目がこちらを振り返る。
それを腹に力を入れて受け止め、「以前、開発局で研究をしていた人だ」と続けた。


「意外な人脈。…大丈夫なのか?」

「………政府からの影響は少ないだろう」

「…ま、行ってみりゃわかるか」


あの人に頼っていいのか、悩もうと思えばいくらでも立ち止まれる。
けれどそれ以外の方法が思いつかない以上、自分の気持ちだけで止める訳には、もういかない。


「…だだ、その前に、確認したいことがある」


あの人に会うには、中途半端な覚悟で行くわけにはいかない。
修一の手に収まる刀を見て、意識があったら暴れ出しそうだな、と少し笑いそうになって。
怪訝な表情を浮かべる修一に、確認の問いを投げかけた。


「刀を持ってきた…封縛を解くということは、お前はべにが審神者に戻った方がいいと思っているのではないか?」

「え?そうだけど?」

「は!?」


やはり。
想像もしていませんでした、と言わんばかりの声を上げた上野に、今度はキョトンとした目を向ける修一。
兄弟とはいえ、その考え方はまるて違うようだ。


「ホントは審神者やめて欲しいけどさー。本丸に戻るのが一番楽じゃん?人工的な霊力は多分キツイだろうし、このまま政府に育てられたら末路は人形」

「う…で、でも、べには紺野と過ごした方が…」

「そりゃお前の願いだろ。ちなみに俺はあいつらと一緒に本丸に引き篭もってろ派。ま、そこそこ実力付いてきたみたいだし、今回みたいなアホせんけりゃ政府が余計な手出ししてくることもないだろ」


あっけらかんと、ズケズケと言いたいことを言うところは似ているらしい。
上野か言い負かされている姿を珍しいものを見る目で見ていると、「お前はどうなんだよ!」と控えめながらも噛み付いてきた。
その姿が照れ隠しにしか見えなくて思わず笑いそうになると、「ちょ…っ」と足元から呻きまじりの声が聞こえてくる。
目を向ければ、先よりも更に苦しそうな顔をした一期一振が見上げてきた。


「待ってください…っべに殿は、私たちと離れたいと…言っているんですか…!?」

「…いや、あいつには、まだ」

「…よかった…っ」


はあぁ…と大きく息を吐いて床に手をついた一期一振に、こいつの前で話すことではなかったか、と失念していたことに眉を寄せる。
けれど続いた言葉に、その考えは即座に払拭された。


「お願いします。べに殿の…本人の意思を、尊重してあげてください。もし、彼女が本丸を離れ、紺野と過ごすことを選んでも…私は、従います」

「へぇ。意外だな、断固本丸引きこもり派だと思ってたわ」

「…彼女は、広い世界を知らない。私たち以外も、ほとんど知らない。もし、彼女が外の世界を楽しいと、感じたなら…」


そのときは、と消え入りそうに呟かれた言葉は震えていて。
子を手放さなければならない親の心境か、それとも親に捨てられそうな子の心境か、とどこか冷静にそれを見ていた。


「…わかった。なら、今後の方向性を定めるためにも、もう一度べにちゃんのところに行こうか」

「あんなガキに今後を見据えた判断ができるとでも?」

「大人のエゴで他人の未来を決めるのもどうかと思うが」

「…いきなり随分強気になったじゃん。何、判断を人任せにしたら肩の荷が降りた?」


兄弟揃って、痛いところを突いてくる。
確かに、あいつの未来を俺が決めていいのかとは、ずっと思っていた。自分で決めなくてもいいと思えば、少しほっとする部分もある。
だが。


「…あいつが決めた将来が何であろうとも、その結果恨まれることになっても…」


ようやく、そう思えたんだ。
人の背中を追っていくだけじゃない。あの子の背を、押せる存在に。


「…覚悟は、決めた」


未来を共に背負う、覚悟を。





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