戦う理由
※世界観に対するオリジナル設定多数含みます!
重たい足を、それでもできる限り早く動かして辿り着いたのは。
「…マジでここ?」
そう口から漏れてしまうのも仕方ない、一軒と評するのがおこがましい気になるほど、荘厳な雰囲気を惜しげもなく晒す建物。
何度か訪れたことのある紺野ですら、毎度この門の前で立ち止まってしまうのだ。
意を決して呼び鈴を押すが、すぐに返事はない。1分ほど待ってもう一度押す。
家が広いから、インターホンにたどり着くまでに時間がかかる。その間にまだここにいることを伝える為にもう一度押すのだと、彼女からこの家のお約束として教えてもらったものだ。
『…はい』
それから更に1分ほどしてようやく聞こえてきた声に、緊張しつつ口を開いた。
「…お世話になります、紺野です。…おじい様にお話しがあって参りました」
『あらぁ、久しぶりねぇ。…大丈夫かしら?あの人、まだ…』
「…申し訳ありません。が、曾孫に関することとお伝えしていただければ、耳を傾けていただけるかと」
『…少々、お待ちくださいな』
そうしてしばらく待てば、門はゆっくりと開いていくのだ。
カコン、と鹿威しの音が響く。
「…ようきたな」
そう、しわがれた声を出したのは、声に違わぬ高齢の男性だった。
簡単な和装に身を包み、介護用のベッドで半身を起こしている。
「お久しぶりです。面会をお受けいただき、ありがとうございます」
「…仮にも依子の…孫の婿だ。門前払いは礼がない」
紺野はその言葉に深く、深く頭を下げて。
ーーーそして、顔を上げた。
「単刀直入に言います。べにの…貴方の曾孫の刀に、封縛が掛かっているのを、外すことはできますか」
「………」
老人の視線がゆっくりと横たわる刀達に向かう。
その瞳に微かに剣を滲ませて、再び紺野に視線を戻す。
無言で促す様子に、叩き出されることはなさそうだ、と言葉を続けた。
「…べにはその生まれの特性から、霊力の満ちた場所でないと生きられません。政府に預けるにはあの子の心が守れず、私が預かるには力が足りない。あの子自身、家族のように扱ってくれる刀剣男士たちと過ごすことを願っています。…刀が封縛されてしまったのも、あの子を愛するがあまりです。今後起こることはないでしょう」
「…くっく…依子を嫁に貰いに来た時よりも、真剣な目をしよってからに…」
言われた内容を数度反芻して、そうかもしれない、と心の中だけで頷く。
政略結婚とまではいかずとも、依子との間に恋愛感情は薄かった。
べにのことですら、初めは厄介だと思ったのだ。
ーーー情がわいた。それ以外の言葉では表しようがないのかもしれない。
だが、それ以上の何があるというのか。
圧に負けないよう、腹に力を込める。
どんな呪いの言葉を投げかけられたとしても、耐えられるように。
「…何故、“審神者”なんぞにならねばならんかった?」
続く老人の言葉は、予想とはかけ離れていたが。
「…それは、私に霊力がなかったからで…」
「そんなことを話しているのではない!」
ガラガラに掠れた声が、突如烈しい怒りを含む。
言い終わると共にヒューヒューと異音が聞こえ、老人の肩が激しく上下する。
ゴホ、とたんの絡んだ咳を一つして、息を整えることもなく吐き出された。
「…何故、依子は審神者なんぞに…っそもそも、試験体など必要なかったんだ!私の研究は、正しかった!」
「…おい、あのじーさんって…」
「…“刀剣男士”を開発した人」
後ろの会話も耳に届いてはいないだろう。
元々血色の悪かった手は、血管が切れるのではないかというほど布団を握りしめて。
「最初からちゃんとした素材を実験体にしておけば、“審神者”なんぞという余計なモノを作る必要も…!」
ーーー『武装解除だ!銃砲等所持禁止令により、刀剣・火器の類はすべて没収する!』
ーーー『そ、そんな…!勘弁してください!この刀は代々受け継がれてきた、我が家の家宝で…!』
ーーー『口答えするな!…落ち着いたら返すと約束されている!』
ーーー『ほ、本当ですか…?…では、名前と住所を書いた布を巻いておきます…。必ず…!無事に我が家に戻ってこられるように…!』
ーーー『なんだこれは?汚ねえな』
ーーー『構わねえさ。どうせ燃えちまう』
ーーー『確かにな』
ーーー『ここ、は…?』
ーーー『成功だ!見ろ、すでに実在しない刀剣を顕現できたぞ!』
ーーー『…!っ主は!?俺は、没収されて…!』
ーーー『そうか、安心しろ、新しい主はここにいる』
ーーー『――――――は?』
ーーー『お前に身体を与えたのは我々だ。つまり我々がお前の主だ。さあ任務だ、過去を遡り、煩わしい奴らの存在を生まれる前からなかったことに―――』
ーーー『ふ…ざけるなあああアァア!!!!』
「へぇ。じゃあ、アンタもこの無駄な戦争の元凶か」
それまで後ろ盾静かに話を聞いていた修一が、不意に動きをみせる。
冷ややかな声で、一振りだけ腰に下げていた刀の鯉口を、カチリと鳴らして。
「B級のゾンビ映画を思い出すな。最初の“失敗作”が、今の敵の大元だ、なんてよ」
「………」
「その様子だと、その辺は弁えてんだな。ならわかるだろ?お前には事態の収束に命捧げる義務がある。ーーーさっさと封縛解除しろ」
目を逸らす老人の首元に、ピタリと据えられる切っ先。
止める、べきだ。交渉がうまくいかなくては、元も子もない。
そう思うのに、身体が動かない。声が出ない。
修一の怒気にーーー殺気に、気圧されて。
「…お前らの言う“敵”が、どういう理念で歴史を変えようとしまくってるか知ってるか?」
応えない老人に、痺れを切らしたのか修一が再び口を開く。
睨みあげる老人よりも、よっぽど苦しそうな声で。
「『主と共に』。―――ただ、それだけだそうだ」
ーーー彼は、一体どれだけの敵と戦ってきたのだろう。どれだけ、言葉を交わしてきたのだろう。
敵の戦う理由を知り、否定できないそれをそれでも切り捨てる、その心は。
ーーーどれだけの痛みを、抱えているのか。
「お前らみてぇな口だけの存在に、どんな刀だってついていく理由ねぇよ」
軽口ばかり叩く彼の、本心を垣間見た、気がした。
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