本音


「…ま、今更言ってもしょうがない話だから、俺的にはお前らのその表情が見れたから満足だわ。後は責任とってなんとかしろよって話」


ふい、と目を逸らした修一が、またどうでもいいような声色で投げやりに言う。
自分が今どんな表情をしているのか知りたい気もしたが、そんなことも言っていられない。
助けを求めるようでシャクだが、聞くのが一番の近道だ。


「なんとかって…」

「今、アイツはもう本丸で過ごすのが一番いい身体になっちまってる」


それが、いいことなのか、悪いことなのか。
一瞬で脳裏を過ぎる問いは、答えを出したがらない。
いいことであれと願えども、彼女の世界を、可能性を大きく潰したことは否めない。
ぐ、と唇を噛み締めていると、頭上から「ざまぁ」と鼻で笑う音が聞こえてくる。
憎まれ口を叩く理由がわかっても、それにカチンとくるのは変わらない。
振り上げることもできない拳を握りしめていると、続けて「切り替えろよ」とため息混じりの声が落ちてきた。


「やっちまったんだったら、その後に責任もてよ」


はっ、と。
顔を上げることはしない。
こいつの言葉に救いを感じてなんか、断じてない。


「半神は寿命百年とはいかんのだから、“いい人生だった”って言わせてみせろよ」


けれど、眼から鱗が落ちるように。
先のことが、これからすべきことが。
不意に明確になった、気がした。








この部屋の扉は、もし子どもが勝手に出て行った時に気づけるように、少し音が出るような構造をしている。
シュン、と響く聞き慣れた音に習慣的に顔を上げれば、普段まず現れない、けれどつい最近なんだかんだと顔を合わせる男の姿があって首を傾げた。


「専務?」

「べにはいるか」

「え、あ、はい、べにちゃんならここに…」


近くで画用紙からはみ出しそうなお絵描きをしていたべにに顔を向ければ、べにも突然の来訪者に手を止めてそちらを見ている。
その存在を確認すると、専務は話しながらべにに近付いた。


「こいつを集団の中で育てた方がいいという意見はあるが、やはりいつアイツが襲ってくるとも限らんからな」


前も聞いた内容にまたその話か、と内心溜息をつきながら軽く片眉を上げる。
部下を信用できない上司もご苦労なことだ、と思いながら、正しいのだけど、と笑みをこぼしそうになる顔を引き締めた。


「…お言葉ですが専務、それはどこにいても同じでは?」

「お前は立場上何かあった時、べに一人を守るというわけにはいかんだろう。それに安心しろ、ボディガード役に何振りか刀剣男士を配置することになった」

「刀剣男士を…ですか?」

「あぁ。感情を消した刀剣男士の開発に成功したらしい。忠実に命令だけを聞く、優秀な兵器だ」


それはまた、と呆れとも、哀れみとも言えない感情が湧き上がる。
時折見かける審神者と近侍の関係を知る者からすれば、審神者からの需要はなさそうだとしか思えない開発。
少し前に、霊力がない人間が呪符で刀剣男士を使役する実験をしていたのも聞いていたが、政府は何をしたいのか。
ふぅ、と今度こそ耐えきれずに溜息をつけば、聞こえたのか専務が足を止めて振り返ってきた。


「…その表情はなんだ?」

「いえ…あまりにも、人間味がないなと思いまして」


こんな仕事をしているもんですから、と濁しながら困ったように言えば、「換えの効く戦力に何を」と馬鹿にした口ぶりで一蹴される。
そんなんだから協力する気になってくれた男士しか使役できないんだ、と言い返したかったのは、ぐっと堪えた。


「いいか。審神者も刀剣男士も、余計なことを考えるから裏切りがあるんだ。…そもそも審神者の数がもっと多ければ、精選することもできるんだが…ないものを言っても仕方ない。それを補うために霊力のあるなしに関わらず刀剣男士を扱える呪符の開発があり、従わないという無駄な選択肢を消した刀剣男士の開発がある。そして更にべにをうまく活用すれば、労せずして半永久的な戦力が手に入るのだ」


とうとうと語るそれは、審神者も、刀剣男士も、べにさえも道具としてしか見ていない。
なんでこんな奴が上にのし上がってしまうんだろう、と政治の難解さに頭を抱えた。


「そう思えばこそ、やはりしっかり管理しておかんと。いつあの反逆者が牙を剥いてくるとも知れんからな」


黙り込んだことに満足したのか、そもそもの目的を思い出してべにに手を伸ばす。


「いくぞ、べに」


…その手を掴んで止めることができたら。
でもそれはできない。直属ではないとはいえ、この人に意見できる立場ではない。

…問答無用に預かることが、できたら。
それも、できない。怪しまれては、今後何も協力することができなくなる。

…集団の中で、“社会”を学ばせることができたらーーー






「や」






パシ、と、小さな音が響いた。


「…わがままを言わない。ほら、お友達も沢山できただろう?またここには来れる。今日からはおじさんと一緒に過ごすんだ」

「やーだー!」

「っ…これが俗に言うイヤイヤ期というやつか?」


笑おうとしているのか、口の端が引きつっているのがわかる。
そうそう、この人のこういう心の狭いところがそりがあわない、って言ってたっけ。というかイヤイヤ期はそんな都合の良い言葉じゃないから。
口を挟もうか、と息を吸い込んだところで、ぽつり、と小さな声が耳に届いた。


「…える」


子ども特有の高い声は、もご、と口の中で籠ったように響く。
泣きそうな、震える声で。
一つの文句も言わず“良い子”をしていたべにの、拒否。


「みんなと、いっしょに、おうち、かえるぅぅぅ・・・!!!」


あぁ、そうか。
この子はずっと、“良い子”をしてきたのだ。
迎えにくるという言葉を信じて。帰れるという言葉に縋って。
それを覆してまで、“良い子”を演じる意味はない。
悲痛な叫びは、教室中に、響き渡った。






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