新たな敵に靡く


“何か、“お前の主は誰だ”とか聞かれて“


加州にしては珍しい、ミスだった。

目の前に立つ歴史修正主義者の姿を見つめながら、今頃本丸でべにと戯れているであろう姿を思い出す。
その姿と似た、細身の身体を持つ歴史修正主義者の刀の切っ先は下げられていて、堀川の応えを待っている。
その目に灯るのは理性の光。これまで倒してきたただ切りかかってくるだけのそれらとは全く違う。
堀川は、どこか冷めた心でその視線を受け止めていた。

―――敵う相手ではなさそう、かな。

加州が髪を切られただけはある、ともはや敵を称賛するような気分で考え、兼さんのほうにまで行ってなきゃいいけど、と遠く離れた戦場で刀を振るう相棒の背中を思い浮かべた。
でなければ、刀を握る手が震えそうで。


『―――お前の本当の主は、誰だ』


歴史修正主義者が・・・いや、本当にそうなのかもわからない、目の前の敵が、しびれを切らしたのか再び同じ質問を繰り返す。
それは嫌になるくらい冷静で落ち着いていて、そいつの言葉に一瞬狼狽えてしまった自分がさらに際立つようだった。

本当の、主。

加州は、深く考えなかったのかもしれない。
彼にとって主は、一も二もなくべにだから。

―――なら、僕にとっては?

・・・いいや、惑わされるな。こんなもの、少し知恵を付けた歴史修正主義者の戦略だ。

二つの考えが、頭の中をぐるぐると駆け回る。
思考にエネルギーを使っているとでもいうのか、まるで全力疾走したときのように呼吸が荒く、心臓も脈打つ。
そんな堀川の姿を襲いかかるでもなくじっと見ていた歴史修正主義者は。


『―――あるべき人の元へ、返りたいと思わないか』


静かに。ささやきかけるように、そう続けた。

何を言っているんだ。

そう噛みつくように返そうとした舌が、固まる。
脳裏をよぎった人の手は、柔らかい、もみじのような小ささではなく。
花の咲くような、愛らしい笑顔でもなく。


『―――本当の主の元へ、還りたい、と。そう願うなら、我らについて来い』

「なにを・・・」

『我らは、歴史修正主義者。不当に主と引き裂かれた刀剣を、あるべき主の元へと戻す者』

「は・・・」

「堀川!!!」

「!!」


背後から聞こえた相棒の声に振り返れば、部隊の仲間が揃ってこちらに駆け寄ってくる。
それにほっと気を抜いた瞬間、首筋に強い衝撃を感じて、急速に視界が濁っていった。


『―――返答は次にまみえた時に―――』


聞こえたそれは、夢か現か。










「すまん・・・!」

「いいよ兼さん、そんな頭下げないでって!」


堀川の眼前には、畳すれすれまで頭を下げる和泉守。
堀川は布団の上で上体を起こしながら、こうなった兼さんは強情だからなぁ・・・とどこか諦めながらも何とか和泉守の頭を上げさせようとしていた。
そんな二振りを面白そうに横から眺めているのは、先の出陣で部隊長だった鶴丸だ。


「俺が声をかけなきゃ、敵に背後を取られることもなかったろうに・・・!」

「いいんだよ、敵に背後を見せた僕が悪いんだし、それに」


どうせ敵わなかったろうから、と続けようとした言葉は、寸でで飲み込んだ。
プライドの高いこの男は、そういう言葉に敏感だ。
どう続けようか、と黙り込めば、タイミングを見計らったかのように鹿威しがカコン、と音を立てた。
半端に途切れた自分の言葉に、和泉守が不思議そうに顔を上げる。
堀川はその瞬間に一瞬の思考など一切悟らせない笑みを浮かべて、何事もなかったかのように静かに続けた。


「・・・兼さんたちが来てくれなかったら、どうなっていたかわからないから。だから、来てくれてありがとう」

「堀川ぁ・・・!」


涙を流しかねない和泉守の肩に手を置いて宥め、「上手いもんだな」という鶴丸の呟きに聞こえなかった振りをした。
年嵩の刀たちは、物事を楽しむ癖が強くて困る。


「ほら、兼さんもまだ休んでないんでしょ?べにさんと遊んでこなきゃ」

「けどよぉ・・・」

「そーだな、和泉守。ここは俺がいてやるから、まあゆっくりしてこい」


鶴丸の言葉に、和泉守が子犬のような瞳で堀川を見上げる。
撫で繰り回したい衝動を何とかして抑えつつ、堀川は再びにっこりと笑みを浮かべて頷いた。


「ね?鶴丸さんもこう言ってるんだし。ちゃんと“かっこよくて強い兼さん”に看病してもらいたいな」

「・・・・・・、・・・必要なもんがあったらすぐ言えよ」


少しの葛藤のあと、和泉守は申し訳なさそうにしながらも席を立ち、後ろを振り返りながら部屋を出ていった。
ああいう言い方をすれば和泉守が受け入れることを知っているのが堀川ならば、そういう言い方をするときの堀川は絶対に折れないことを知っているのも和泉守なのだ。
いい相棒を持ったなぁ、と自然に浮かんだ笑顔で最後まで見送り、部屋の前から遠ざかる足音を聞いてからほっと息をつく。
その音を聞いて鶴丸がこちらに視線を向けたのを感じて、困ったような笑みを浮かべた。


「・・・背中を向けちゃったのは、本当に失敗でした。僕もまだまだ鍛錬が足りませんね」

「確かになぁ。ましてや格上相手に余裕もへったくれもないはずだが」


ずず、と火鉢を近付けながら、歯に衣を着せない言い方をする鶴丸に再び苦笑する。
少し怒っているように見えるのは、自分の連れた部隊が撤退したからだろうか?
だとしたら悪いことをしたな、と少し肩をすぼませながら小さく会釈をして、火鉢に身体を近付けた。
冬が来てからというもの、この温かさからはなんとも離れがたい。
べにが触らないように一期や歌仙が工面しているようだけど・・・好奇心旺盛なべにが火鉢に触れて、熱さで触ってはいけないものであることに気付くのと、どちらが早いだろうか。
カコン、と、再び鹿威しが響いた。


「お前が対峙してた相手、普通の敵じゃなかったんだろ」

「・・・え」


突然の話題に、思考が追い付かなくてとぼけた声が出る。
火鉢から視線を鶴丸に移せば至極真面目な目とかち合って、思わず背筋が伸びるのを感じた。


「俺のところにも来た」

「・・・!」

「聞かれたさ。“お前の本当の主は誰だ”。“主の元へ還りたいと思わないのか”」


とつとつと告げられる言葉に、視界が回っているかのような感覚に陥った。
何故それを僕に。加州だけではなかったのか。
そんな疑問が巡る中、乾いた口から出てきたのは、かすれたような声だった。


「・・・それで、鶴丸さんはなんて・・・?」

「・・・そりゃあ、思い出した相手はいるさ」


長い睫毛が伏せられ、白い頬が火鉢の明かりに照らされる。
静かな低い声が、それはべにではない、と暗に告げていて。

思い出した、相手。

武骨な手で。上背は今の自身の姿よりも高くて。和泉守と似たような、けれどもっと色味の落ち着いた着物を好んで着ていて。
兼さんと並んで、帯刀された、人。


「・・・僕は、“拾われ”、だから・・・べにさんが主、で、いいのかな・・・って、考えちゃって・・・」


“拾われ”。それは、初対面で紺野さんに睨まれたときからずっと考えていたこと。
この本丸は、戦場で拾われて仲間になった刀が少ない。
紺野の言うには、戦場で拾われた刀は“闇堕ち”の可能性があるから、とかで。
それは無用な心配だと、加州たちを筆頭に説得を続けてはくれているが、肩身が狭いのは変わらなくて。
ましてや今生は、主に振るわれることのない本体を、自身の手で振るっている。
否応なく、本体を振るう手の持ち主が主、というわけにもいかず、どこか中途半端で。
問答無用で自分が主だと主張してくれたほうが、胸を張って“あの人が主だ”と言えたのに。


「・・・それで、お前はどうしたいんだ」

「っ・・・」

「・・・ふむ、成程な」

「・・・・・・・・・え?」

「当然のようにべにについて行くと言えば、今すぐにでもお前を刀解しなければと思ったが・・・
まだ、信じられそうだ」

「・・・!」


何も答えていないのに一人納得する鶴丸に首を傾げたが、続いた言葉に息を飲む。

自分は今、試されたのだ。


「心が決まったら、まず俺のところへ来い。べにに悪い影響が出る前にな。介錯の準備を整えておいてやるよ」

「・・・はい」


悪い影響とは、心の面もだが、その存在そのものについてだろう。
過去変があれば、“今”を生きるべにたちは、その存在そのものが“なかったこと”になってしまうかもしれない。
隠し切れない、鶴丸から感じるべにへの深い愛情。
・・・彼に、心配はなさそうだ。

―――なら、僕は?

チロチロと目を焦がす火鉢の明かりをじっと見つめて、深く、深く考える。



主とは。仕える人は。


“拾われ”。『あるべき主の元へ』。







―――共に居たい、相手は。







「―――鶴丸さん。





―――お願いが、あります」



ゆっくりと顔を上げた鶴丸の金瞳が、火を映してキラリと赤く光った。


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