新たな敵と向き合う
戦場に、雪が舞う。
遠くに響く剣騒は、しんしんと積もる雪に吸われ、消えていく。
すべてが白に染まる景色の中、はぁ、と静かに吐く息までもが、白く。
『―――人は、勝手だ』
不意に背後から聞こえた耳馴染のない声に、堀川は驚くでもなくゆっくりと振り返った。
そこに居るのは、どこか加州と似た雰囲気のある、けれど見覚えのない身体を持った刀剣。
そのすべてが赤く染まっているのが、背景の白に奇妙なほど美しく映えた。
『我らを造り、使い・・・不要となれば捨てる』
その声は怒りに満ちていて、烈火のごとき姿はその怒りを体現したかのようで。
一歩、近付く赤はまるで全身から熱を発しているようだった。
それでも足元の雪が解けないのは、その怒りの中に、どこか悲しさが・・・切なさが同居しているからか。
『だがそれでも―――主と認める、心通う者も居たのに』
苦しそうな声は、泣いているようで。
『それもまた人の勝手で、主の意にすら添わぬ別れが訪れる』
堪えるような声は、嘆いているようで。
『主の元へ還りたいと思わないのか。散れどもせめて戦場で。冷たい海底や灼熱の炉の中ではなく、主の手の中で折れたいと、そう、思わないか』
間合いまであと一歩、距離を詰めた赤が、ひたりと目を見据える。
じ、と静かに見返していた堀川の睫毛が、ふるりと震えた。
「―――それは、とても幸せな最期だね」
かすかに目を伏せて、情景を想像する。
主の手の中で、折れる己が身。
守り切れなかった悔しさはあれど、役にも立たず、必要ともされずに消えゆくよりはずっと。
『どうする』
「・・・僕は」
答えを促す赤に応えるように、手の中にある、自身の本体を目の前に掲げる。
前の世でも、贋作と騒がれた。
それでも、兼さんと並んだことは“本物”だった。
今の世でも、“拾われ”と肩身の狭い思いをすることもある。
本体を思い通りに振える身体は、けれど彼に振われたときとは違う。
「・・・調べて、あえて僕に声をかけたのかもしれないけど。・・・僕は、・・・・・・・・・正直、加州さんがすごく羨ましい」
主に初期刀として選ばれ。真っ先に頼られる存在になり。・・・前世ですら、主と共に散れた。
すべてがすべて、望むことで。すべてがすべて、手に入れられなかった“現在”。
否定してしまえば、この苦しさはなくなるだろうか?
変えてしまえば、楽になるだろうか?
―――それはとても、甘美な誘いで。
「―――でも、」
スラリ、と音もなく刀身を空気に晒す。
一巻ごとに、思いを込めて引き絞った柄は、切羽をカチリと鳴らすこともなく。
「それでもいいんだ。叶わなかった望みがあっても、それで」
『・・・主との関係を断ち切ってもか』
「過去の彼より・・・あの子の“未来”に、―――夢を、見ちゃったから」
名前を呼べば、振り返る。手を振れば、笑顔で振り返す。
スプーンも上手に使えるようになってきて、最近は箸にも興味を持ち始めて。
次は何ができるだろう。どう成長していくのだろう。
どんな大人に、なるのだろう。
「―――べにさんの未来が危ぶまれるなら、排除しないわけにはいかなくてね」
ざり、と足元の砂が音を立てて軋む。
赤は、目を伏せる。
刀を構える敵の目前で、本来ならばあるまじき隙。
それでも堀川がその懐に飛び込めないのは、ひとえにその実力差からで。
赤は、ゆっくりと刀を抜いた。
『―――残念だ』
ヒュン、
「おっと!」
『!!』
ガキン!と刀身が強くぶつかる音が普段より少し離れて耳に届く。
「・・・正直死んだかと思いました」
「ははっ、こういうのはギリギリにやってこそだろ?」
背筋を伝う冷汗をごまかすように軽口をたたいて、鶴丸の邪魔にならないように立ち位置を変える。
『貴様・・・!』
「悪いな、こいつをやるわけにはいかないんでね!」
「皆!」
その言葉を合図に、三振りの周りを四つの影が取り囲む。
「はーっ寒っ!」
髪の長さが元通りになった、加州。
「さっさと終わらせて、温かいシチューでも食べようか」
不敵な笑みを浮かべた、燭台切。
「しちゅー!いいですね。ぼくのぶんは、とりにくをたくさんいれてくださいね!」
鼻の頭を赤くした、今剣。
「はっはっは。食べれば大きくなる。存分に大きくなるといい」
笑いながらも、ひたと敵を見据える、三日月。
それぞれが普段とは違う、雪に紛れる白い衣装に身を包んで。一様にその切っ先を歴史修正主義者へと向けていた。
『・・・!馬鹿な、』
焦燥のにじむ声で赤が視線を巡らせ、確認するように未だ剣騒の響く方向に目を向ける。
それを察して、加州が笑みを浮かべて小首を傾げた。
「連隊戦、ってのが、最近流行らしいよ?」
『・・・卑怯者めが・・・!』
弱者一人と思って油断をし、その結果嵌められた事実に歯噛みする赤。
しかし、睨むためにそちらに目を戻した瞬間、さらなる失態に気が付いた。
「―――悪い、僕も結構邪道でね!」
『ガァ・・・ッ!!』
目を離した一瞬で背後に回り込んだ堀川の、無防備な背面への一閃。
たとえ格下であっても、急所への攻撃が効果がないはずもなく。
鍔迫り合いの力が緩んだ一瞬を狙って鶴丸が刀を滑らせれば、歴史修正主義者の刀は腕共々宙へと跳ね上がった。
「―――たとえ僕がそちらに寝返ったとしても、君はここで終わりだったよ」
『・・・・・・!』
「皆の前で攻撃することで、僕との関係を悟らせないようにしたかった?―――残念」
再度振り上げた刀を、ヒュ、と鳴らして。
一寸も違わぬように。その首筋へと。
―――ゴッ、と、地面に落ちた。
「―――刃の向きは、こっちだよ」
白く積もる雪の中。ぱっと咲く血しぶきの花。
雪に芸術を描くように広がるそれは、けれどその存在を認めないとでも言うかのように、あっさりと消えていった。
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