月島君と秘密の特訓


「だから、謝らなくていいって言ってるデショ?」

「ひええっ・・・!ご、ごめんなさいいいい・・・!!」

「あのね・・・」





もう何度目になるかわからないこのやりとりにも、いい加減呆れたため息しか出てこない。


「あいつらも飽きないねー」

「旭以上のヘナチョコだよな」


澤村と菅原は、こしょこしょと声を潜めて会話を続ける。
場所は体育館の外。床付近にある換気用の窓から、目から上だけを出して中の様子を見ている。
いわゆる覗きだ。
バレー部の三年生2人が揃って何をしているのかというと、決して他校の練習の偵察などではない。
ではどうしてこんなことをしているのかというと。





「体の正面に打たれたら、僕の練習にならないんだけど。それとも何?僕にはこの程度の球で十分だって事?」

「そそそそそんなことないですうぅぅ・・・!!」

「じゃあもっととりにくい球よこしてくれる?時間の無駄」

「ごっごめんなさい・・・っ」

「ハァ・・・ほら、もう一本」

「はいっ・・・!」





ばびゅん、と音がつきそうな勢いで近くに落ちていた球を拾う男―――大野圭吾と、反対のコートで腰を低く構える男―――月島蛍。
同チームの二人がそろって単純とは言いがたい性格をしているのが、問題だった。


「月島も中々に無茶苦茶だよなぁ。ああやって難しい球要求するくせに」


菅原がサーブトスを上げる大野の様子を窺いながらぼそりと呟く。
キュキュッとステップして飛び上がった大野が、腕を振り下ろした。


ドッ  ゴカッ!


「・・・っくそ・・・!」



「・・・取れなかったら取れなかったで、機嫌悪くするんだからさ」

「自分のしたことで相手の機嫌が悪くなるって、小鳥以下の心臓しかない大野には相当酷だろうに・・・」

「あ、泣きそう・・・てか、直立不動・・・」


はぁ、とため息をつく二人の内心はほとんど同じだった。
仲良しこよしをしろとは言わないが、こうも見ていてはらはらする関係も珍しい。
これで仲がよくなったほうなんだから、二人の性格はいっそすがすがしいほどに間逆なんだろう。
あらぬ方向に飛んでいった球を忌々しげに目で追いかけていた月島が、腰を上げてコートの外に転がっていた別の球を手に持つ。
顔面蒼白で微動だにしない大野よりも、動いた月島に三人の視線が集中した。


「(ああああああまた取ってもらえなかったぁ・・・!ひぐっ、もうちょっと内側にしたほうがよかったのかな!?ででででも取れるとまた怒られるし、でも・・・うわぁああぁん・・・!!)」


俯くこともできず全身から震えをぬぐうこともできない大野の視界で、月島が手に持った球を大野に向かって勢いよく転がす。
反射的にそれを手に取るために腰をかがめれば、月島が視界から消える。
それに内心でほっとしていると、ネットの向こうから低い声が飛んできた。


「・・・今ぐらいのサーブ、もう一本」

「ふぃいっ!?」


慌てて顔を上げれば、コートの外にいたはずの月島は先ほどと同じ、コートの中央で腰を落としている。
表情は相変わらず、不機嫌さを隠しもしない眉間の皺に大野の上半身が少しでも距離を取ろうと後ろに引かれた。


「変な声出さないでよ、気持ち悪い」

「ごっごめんなさい・・・っ」

「だから・・・はぁ・・・、もういいから、次一本」

「はっはいっ!」


ダム、と球を一つつけば、呆れたような表情がつられたように引き締まる。
大野の表情は眉が下がったまま、キュキュッ、と、シューズの底が鳴った。





今度は上がったもののネットに勢いよく引っかかってしまい、コロリと落ちた球が月島の足元まで転がる。


「んー・・・まぁもう少し、様子見かな」


終始機嫌は底辺のようだが、ピリピリしているわけではない。
同じように連続でサーブレシーブミスをしているというのに、青城との練習試合のときとは様子が違うのだ。


「相当効いてるみたいだね、前の試合で狙い打たれたこと」


何本も、精密なコントロールで及川に狙われた月島。
熱くなるのが嫌い、熱い連中と絡むのも嫌いな月島が、大野に休日の予定を聞いているところを見つけたのは本当に偶然だった。


「自主練してること、大野にだけ伝えて付き合ってもらってるみたいだな。まったく、こんなところで隠れてしなくても、うちの体育館使えばいいのに・・・」

「そりゃ月島だからな。仕方ないべ」

「頑張ってるところとか、見られるの嫌いそうだもんなー・・・」


そもそも、“頑張る”ということからは程遠そうなイメージも若干なくもなかったけど。





「もう一本!」

「はっはいいぃ!!」





・・・これを“頑張っていない”と称するやつがいたら、第二体育館裏に来いってんだ。


「・・・俺としては、大野にもレシーブの練習してもらいたいんだけど」


自己紹介のときに本人が宣言したとおりの実力に、はぁ、と頭を抱えたくなるときも少なくない。
月島の“無難なサーブ”が正面に来たときくらいしかまともにセッターにかえらないレベルでは、この先通用しないのだ。


「まぁ、この秘密の特訓で大野にもサーブコントロール力がさらにつくと思って。月島のレシーブと大野のサーブなら一石二鳥だけど、大野のサーブとレシーブだと二兎を追うものは一兎をも得ずになっちまうべ?」

「スガ、上手いこと言うなぁ・・・」


ニシシ、と笑う菅原にハハ・・・と笑い返して、その場からそっと身体を離す。
どちらにせよ、見つかってしまったらこの秘密の特訓は終わってしまうに違いない。
それは誰もが望むところではないし、これ以上見ていても自分たちの体がうずくだけだ。





「もう一本!」

「はいぃ!」





しばらくは続きそうな二人の声を背後に聞きながら、菅原と澤村はどちらともなく自分たちの学校に足を向けた。


「ちょっとパス練してくか」

「たべ」


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