澤村先輩は視野が広い


それは、少し前のこと。


「みっ・・・南山中出身、大野圭吾です・・・っ!ポ、ポジションは、さ、サーバーやってました・・・!」


しょっぱなから問題を起こしてくれた天才的な問題児たちに反省してもらうため、奇妙な流れの下親睦試合をすることになった。
やれやれ、とため息をつきながら集まった問題児以外の一年生に中学までのポジション等を聞いていると、震える上にか細い声が。
入部届けから顔を上げると、タッパ普通、顔普通の・・・ちょっと悪いけど、クラスとかにいたらしばらくは名前を覚えられそうにないな、とか思ってしまうような子がいた。
言ったことには若干インパクトあったけど・・・サーバー・・・て。え、それ、ポジションか?


「えーっと・・・、ピンチサーバーってこと?」

「はっはい・・・っ!」

「ちなみにタイプは?フローター?」

「どっ、ドライブとフロータ、使い分けできっ・・・ます!」


そこでようやく、「へぇ、」と少し興味が湧いた。
強い回転をかけるドライブと、無回転のフローター。中学レベルでそれが言うほど使い分けられるなら、確かにピンチサーバーとして活躍できそうだ。
顔を覚えるつもりでじっとその子・・・大野の顔を見ながら頭の中にメモを取っていると、緊張しまくっている様子の大野がぶわっと毛を逆立てさせた。
え?俺何も言ってないよな?


「調子乗ってすみません・・・!そ、それであの、それ以外ほんと、能無しで・・・!ここにきていいのかも、ほんと、迷って・・・!」


本人の言うとおり、相当迷ったんだろう。彼が入部届けを澤村の下に持ってきたのはもうないだろうと諦めかけていたときだった。
そのときからおどおどっぷりは尋常じゃなかったけど、それでも貴重な一年生。
人当たりのいい笑顔で受け取れば、ほっとしたように涙腺を緩めたのが印象的だった。


「何それ?じゃあやめとけば良かったんじゃない?」


だから、その数日前に入部届けを出した月島がそんなことを言えば、なんとなくこの気弱な一年生がどう反応するかもわかるってもんで。


「みたとこ背もそんなにないし、中学でそのレベルじゃ高校は厳しいねー」

「月島!」

「いやでもほんとあの、その通りで・・・ぇっ!」

「うわ、ちょ!?な、泣くなよ!?」

「は!?」


慌てて制止をかけても、すでに耳に入っている言葉には効果なし。
予想以上の勢いで涙を流し始めた大野に、原因の月島もぎょっと目を剥いているのが見えた。
月島としては挨拶代わり程度だったのかもしれないが・・・、何だこの個性的過ぎる一年生達は!
問題児二人組に毒舌に金魚の糞に旭以上のヘナチョコ!
慰めようにもほとんど初対面の後輩を旭のように扱うわけにも行かないし、無駄に頭やら肩やらの近くで手がふらつく。
うわあああ・・・どうしたらいいんだこれ!?


「月島!とりあえず謝っとけ!」


副主将として隣で様子を見ていたスガが、俺よりは多少落ち着いて月島の背中を叩く。
それにはっとしたらしい月島が、衝撃でずれた眼鏡をくいと押し上げながら目をそらす。
本人的に、悪いとは思ってるみたいだけど。


「・・・とりあえず、土曜までは頭数合わせにいてもらわないと困るんだけど」


だから、言い方がだなぁ・・・!

自分の頬が笑みの形に吊りあがっていくのを感じていると、ぐずっ、と鼻をすする音。
つられてそちらを見れば、こすったのか目元が赤い大野が眉をはの字にしてジャージのすそを握り締めている。

―――女子か。


「ごっ・・・ご、ごめんなさい、気を遣わせちゃって・・・ぼ、僕、頑張りますから・・・っ」


そう言いつつも、視線は月島の足元を見るので精一杯、とでもいうかのように床と月島のシューズを行き来するばかり。
・・・下手したら、こんなやつらが三年間も顔をつき合わせて部活していくのか?
・・・・・・不安だ。
隠すことなく眉間に皺を寄せている月島が、睨むように大野のつむじを見下している。
頼むから、問題だけは起こしてくれるなよ・・・
ここ数日見てきた感じ、月島を試合で使うのはほぼ確定だろうし、この性格じゃ・・・大野はベンチ要員になっちまうかもなぁ・・・





と、思っていた昨日の自分の首を絞めたい。


「ラストだ!サーブ練開始!」


号令をかければ、掛け声と共にボールがコート一面にまかれる。
それを拾ってサーブポジションまで駆け足で向かえば、ちょうど向かい側で大野がポジションに付くのが見えた。

大野の実力は、ひとまずここまでは正直しょぼかった。

ジャンプ力はそれなりにあるが問題児の片割れほどではないし、タッパがないからブロックに捕まるのは目に見えてる。
レシーブはそれ以下。フェイントには何故か強いしアタックのコースを読むのも何故か上手いが、正面に入れても強打は弾いて終わり。セッターに返ることがほとんどないし、おそらく芯が安定していないんだろう。
トスのコントロールは悪くはないといったところだけど、正セッターのスガに加えて今年は天才が入ってきている。活躍の場はないだろう。
どれも中途半端、言ってしまえば穴埋め要員程度の実力。
これはピンチサーバーってのも、お情け程度の確実に入れるサーブかな、と正直タカをくくっていた。


「いきます」


だから、その声が聞こえてきたとき、大野のほうを見たのは思わず、という感が強かった。
声出しでさえも声が震えているか、一喝しないとはっきりとした声にならなかった大野の、どもりも震えもしない、すっと通る声。
真っ直ぐ届いたそれに球に落としていた視線を上げれば、大野が軽くサーブトスを上げた瞬間で。


バシッ


大した力も入っていないサーブアタックが、球をゆるく回転させて弧を描かせる。


「(うわっ、緩・・・っ)」


つい、そう思ってしまった。
そして大野に落胆もしてしまった、その瞬間。


バチッ タン、タン・・・


「・・・・・・、」


まさか、まぐれだろ。
一瞬固まってしまった身体と脳に言い聞かせて、肩慣らしに一本、コートの端を狙って打つ。
まぁだいたい予定通りの位置に飛んだ球を見送って、次のボールを近場から拾う。
少し慌てていたのは、認める。
大野の次の一本を、見逃したくなかった。


「いきます」


聞こえた声に慌てて顔を上げれば、さっきと同じフォームでサーブトスを上げる大野。


バシッ!


「!」


さっきよりも勢いよく放たれた球は、放物線を描くこともなく―――


バチッ! タン、タン・・・


「・・・!」


やはり、ネットに当たって床に落ちた。


「いきます」

「!」


転がるボールを無意識に目で追っていると、みたび大野の声。
さっきまでより高く上げられたサーブトスを、ステップを踏んだ大野の身体が追いかけて。


ドッ ドコン!


「・・・・・・、うそ、だろ・・・」


ジャンプドライブサーブで勢いよく飛んできたサーブは、コートのほんの端に転がっていた球にぶつかり、おはじきのように弾けた。
転がった二つの球を視界に納めるように目を動かせば、いつの間にか体育館が妙に静かなことに気付く。
スガも、田中も、・・・月島も。その場にいた部員全員が、自分が練習することも忘れて大野のサーブに魅入られていた。


「・・・、・・・?・・・っ!っ!?っ!?」


ボールを拾っていた大野も、妙に静かなことに気付いたんだろう。きょろ、と周りを見渡して全員の目が自分に向かっていることに気付くと、目に見えてうろたえ出した。


「(えっえっ、えぇっ・・・!?いま、サーブの時間じゃないの・・・!?ぼ、僕、もしかしてすごく間違えちゃった・・・!?う、うそ・・・。絶対呆れられてるよぉこれ・・・!!)」


絶対、こんなようなことを考えているんだろう。
球を抱えて直立不動になってしまった大野の顔が、かっと赤くなって一気に蒼白になるのをみて、はっと我に返る。


「・・・ほらどうした!声出てないぞ!!声出せ声!」


自分のことを棚にあげて叱咤すれば、はっとしたように「い、一本!」とか「きめてこー!」とか、球をつく音に混じっていつもの活気が戻ってくる。
大野も安心したのか、それでも他の部員が何本か打つところを確認して、また、あの声を出す。


「・・・いきます」


次に打たれたフローターサーブが大きく曲がった末にさっきと同じようにコートに転がったボールに当たったときには、もう偶然だとは思えなかった。


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