狼と仔羊・前編


ピーッと高い音が響き、タイムアウトが入る。
このタイミングで青城が使うタイムアウトは、流れを切りたいという合図。
つまり、ここまではうまくいっているということで、ここからはまたわからなくなった、ということ。


「ーーー…ところで、向こうのサーブとレシーブ、なんか前よりパワーアップしてない?」

「わかる…及川の強烈さもヤバいけど、他の奴らも…なんか、強烈…っていうか」

「“狙われてる”感がすげぇッス」

「強打に慣れてんならわかるんだけどな。及川もパワーアップしてるし」

「多分…あの人ですね」


全員が首をかしげる中、月島が一人視線で青城の輪を指す。
その先には、ものすごくオドオドして、選手たちの輪にも近付けない男が一人。
けれど及川に突然指されて、強引に輪に入れさせられていて。


「…あいつが?」

「…!そういえば前偵察行ったとき、アイツサーブばっか打ってました」

「サーブの得意な選手か…まぁ、お前らのやることは変わらねえよ。拾って、上げて、打ち返す!攻撃忘れたら終わりだと思え!」

「「「ハイ!」」」



時は同じく、青城サイド。
京谷は輪の中に入り、じっと周囲の考えを聞いていた。
“相談”という最も苦手なことの1つの中で、それでも静かに耳を傾けたのは、この事態を打開するには一人の力では足りないと思ったからだ。
サーブで狙われる事態は、地味ながらも、キく。
打てないバレーなんざ、面白くもねぇ。
そんな思考に囚われる京谷にとって、“ならどうする”と思考を回す3年生の思考は、ほんの僅かながら、刮目させられるものだった。


「ーーー体勢が整ってないから、スパイクに入れないんだよね」

「つまりどうすればいいと思う?はい、圭吾ちゃん!」

「は…っへ…っ…!?」


唐突に話を振られ、控えめに輪の外に居たそいつが不意に輪に引きずり込まれる。
「ほらほら〜時間短いんだよ〜?」とやんわりと、しかし有無を言わせず促す及川は、間違いなくわかっていてそれをやっているのだからタチが悪い。


「あっえっはっ…!きょっ…京谷先輩には、打ってほしいっで…っ…!」

「ーーーうん」

「じゃあ外せば?」「だな」

「ちょっとぉ!?圭吾ちゃんに最後まで言わせなきゃ意味ないじゃん!」

「うるせぇ」

「お前の思惑なんざ知るか」


ぎゃんぎゃんと貴重なタイムアウトを好きに使ってるのは誰だか。
もう必要な話し合いは終わった、と判断して、またオロオロと周りの顔色を伺っている大野の首根っこを掴む。
「ひっ…!?」とか情けねえ声は無視して正面に向き直らせると、大野は相手を認めた瞬間に顔色を失わせた。
…ほら、やっぱりそうじゃねぇか。


「…お前俺のこと嫌いなんじゃなかったのか」

「へっ………へっ…ぇっ…!?」

「………」


ああ、イラつく。
なんでこいつはこうも“こう”なんだ。
ちったあ噛み付けよ。悔しくねぇのかよ。小動物みてえな目ぇしやがって。


「き、嫌いなんて…」


プルプルと首を左右に振る。その動きに合わせて涙か汗かわかんねぇ水滴が飛んだ。


「…オイ、京谷!早く並べよ!」


いつのまにかタイムアウトの時間は終わっていたらしいが、うるせえ。返事がまだだろうが。
“嫌いなんて”なんて中途半端な答えで、納得なんかするかよ。


「ぅ…ひっ…き、嫌いじゃない、です…っ…こ、怖い、けど…」

「京谷ぃ!早よ来い!」

「…ウス」


岩泉先輩に言われたら、仕方ない。
なんか続きがありそうだったが、もうお前に構ってる暇がない。
胸の辺りがイラつく感じを覚えながら、コートに振り向く。


「京谷先輩のスパイク、かっこいいので…っ…っひぃ!?」


振り向いただけで上がる悲鳴。
赤いんだか青いんだか、わかんねぇ顔しやがって。


「………」


主審のホイッスルが聞こえて、もう考える暇もない、と舌打ちをしてコートに戻る。
さっきの胸のイラつきは、いつのまにか消えていた。


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