チームメイト


沈黙が、いたい。
言い切った、言い切ったぞ・・・!と興奮状態だったのなんて、一呼吸分で吹き飛んだ。

・・・全然、返事が返ってこない・・・っ

ど、どうしよう、もっと頭下げたほうがよかったのかな・・・っい、今から下げても、遅いよなぁ・・・っぅぇっ・・・
そもそも、やっぱり傲慢だったのかも・・・僕が仲間なんて、実力も伴ってないくせに大きなこと言って・・・
あぁっそういえばたったこれだけのこと言うのにどんだけ時間かかっちゃったんだろ僕・・・!影山君の練習時間削ってまで、せっかく待ってくれたのにすぐ話せないとか僕・・・っ!!

自分の悪いところが次から次へと溢れるように出てきて、ぐっと涙腺を締める。
ここで泣いちゃだめだ・・・!べ、別に泣き落としできるとか、そういうんじゃないけど、絶対うっとおしく思われるだけだし・・・っ
ぐるぐると目まぐるしく悪循環していく脳内。


「・・・ひとつ、聞いていいか」

「っ・・・ぼ、僕に、答えられることなら・・・」


不意に入ってきた声は思いのほか落ち着いた感じに聞こえて、ドキドキしつつもなんだろう、と興味がわく。
でも、考えてみれば影山君が僕と話したいことなんて、たった一つしかなかった。


「・・・3対3のとき。サーブ。お前はアレを、公式戦でもやるのか?」

「えっ・・・やらないよ?」


でも、聞かれ方がちょっと違った。
思わず質問の裏を考えることも忘れて反射的に答えて、はっと自分の口を押さえる。
ど、どうしよう。やるかもって答えたほうがよかったのかな。
例えばいつでも自分に挑戦する気概でとか、失敗を恐れずに攻める姿勢でとか、そういう考え方ももったほうがよかったのかな。
もし影山君がそういう考え方の持ち主だったら、影山君の考え方をばっさり切っちゃったことになって・・・
ああぁ・・・!なんで深く考えずに返事しちゃったんだ僕・・・!!


「・・・なんで」

「うっ・・・」


でも、さらに聞かれてしまうともう逃れようがない。
恐る恐る、影山君の顔色を伺いながら。けどしっかり目を合わせるのも怖くて、視線を泳がせながら考えを纏めた。


「・・・こ、公式戦は、落としていい点なんて、ないし・・・」

「この前の3対3は、負けてやってもいいと思ってたのか」

「ちがっ・・・!そ、そうじゃなくて・・・」


言葉が尻すぼみになっていくのを自分でも感じる。
けど、そこだけは違うと、はっきり言いたかった。
負けたい試合なんて、そんなもの。


「し、親睦試合だって聞いてたから・・・っ!あんな、すごい試合になると思ってなかったし・・・」

「・・・・・・」

「ぼ、僕が使えるのはサーブだけだから、・・・いろんな、み、皆に、僕の使えるサーブ、知ってほしくて・・・」


今から考えると、なんておこがましい考えだったんだろう。
自分たち6人だけに、しかもサーブのときは自分ひとりに集中が集まっていることを感じて、舞い上がっていた。
中学までは通じていたサーブも、高校に上がれば普通になる。
散々脅され続けたそれが事実なら、僕はただ、自分の平凡さを露呈しただけだ。
事実、影山君のサーブもすごくて、ろくにセッターに返せなかったし。
また、じわりと視界が歪んでいくのを感じる。
やっぱり僕は、調子に乗ってバレー部に入ろうなんて思わなければよかったのかな。
余計なことなんてせずに、大人しくしていれば・・・

マイナス思考がぐるぐると回り、そこから一歩も抜け出せなくなる。
ずるずると泥沼に沈み込んでいく思考・・・それに気を取られて、影山君が一歩足を踏み出したことに、気付かなかった。


「ぅっわ・・・!?」


バサリ、と大野の視界を覆う黒。
慌ててその“何か”を掴めば、通気性のよさそうな、少しごわごわした手触り。
光を求めてもがけば、すぐ傍から耳に響く低い声が聞こえてきた。


「・・・悪かった」

「・・・っ・・・、・・・?」


予想外のそれに一瞬息をつめたけれど、ぼそりと聞こえたそれは、間違いなく謝罪の言葉。
暗闇からなんとか抜け出して顔を上げれば、決まり悪そうにそっぽを向いて、けれど悔しそうに眉を寄せている影山君の顔がすぐそこにあった。


「あ・・・か、げやま、くん・・・?」

「・・・俺も、決め付けてたところがある。サービスエースを獲られてたのは・・・じ・・・事実、だし、悔しくて、獲れたのも手加減だって聞いて、頭に血が上ってた」


その言葉には、否定を返すことができない。
月島君にも聞かれたけど、練習中の球を打つとか、公式戦では絶対にしないことをした。
それは親睦試合なんだっていう甘えた考えで望んだ僕と、本気で勝ちにきた影山君たちとの温度差となって軋轢を生んだ。
申し訳ない気持ちで一杯になりながら、手の中の布を握り締める。
けれどそれはすぐ、影山君の手によって引っ手繰られた。

―――触るな、と、言われたように、感じて。

だけど一瞬感じた絶望は、次の瞬間肩に感じた重みと、背中の温かさに霧散する。
ぎゅ、と前を締められ、「う゛っ」と思わず声が出た。
すぐに離れた手を目で追って、さっきまでそこに見えていた黒がないことに気付く。
そして、肩の重みの正体を探ろうと、目線を下に落として。


「・・・・・・・・・っ!!!!」


見慣れた“黒”が、今までで一番、近い位置にあった。


「チームメイトなんだから!ちゃんと同じ格好しとけ、ボゲェ!」


肩に掛けられた、烏野高校排球部のジャージ。
真っ黒で少しごわごわしたそれが、まるで王様から賜った極上のマントのようで。
ぐあっと涙腺が肥大するのを、全然制御できないところで感じた。


「うう゛ぅ〜〜〜・・・」

「な、泣くなよ!」

「ご、ごべん、ざぃ・・・むりぃ〜・・・っ」


涙腺なんて普段制御しなれてるはずなのに、今回のこれは、ダムが決壊したのかってくらいだばだばと涙が出てくる。
でも普段からしょっちゅう使ってる涙腺とは、きっと出所が根本的に違うんだろうなと頭の片隅で思った。
だって。


「うっ、嬉じい、よぉ・・・っ!!」


悲しいんじゃない。情けないんじゃない。
認めてもらえた。その、嬉しさがそのまま形になったそれ。


「僕、頑張るから・・・!みん゛なの助けに、なれるように・・・頑張る、から・・・!」

「・・・オウ」


これからは、仲間として。


「よろしく、お願いしますっ!」


=〇=〇=〇=〇=〇=
第一部、完です!
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