澤村先輩もびっくり


春高、県代表決定戦一日目。
仙台市体育館に再び、烏野高校排球部の全員で足を踏み入れた。
ふぅ〜、と一杯になりそうな肺から息を大きく吐いて、「「全部倒ーす!!」」と叫びながら体育館の中へと走っていった二人の背中をのんびりと追う。
テンションの高い奴らがいると、ホント冷静になれるなー。
スガと二人で遠い目をしながら歩いていると、不意に大野が「あっ・・・」と驚いたような声を出した。
「?」と振り返ると、横を向いている大野と・・・


「こ、こんにちは」

「・・・・・・」


その視線の先で、伊達工の青根がペコリと頭を下げていた。
思わぬ組み合わせに、驚いて足を止める。
後ろを歩いていたスガが俺にぶつからなかったのは、スガも同じように足を止めていたからだった。
実際、その場の全員が足を止めてたから、将棋倒しにもならなかったんだけど。


「・・・・・・」(足は大丈夫か?)

「あっ・・・うん、大丈夫・・・ありが、と」

「・・・・・・」(無理はしないほうがいい)

「あっ・・・う、うん・・・ごめんね、迷惑かけて・・・」

「・・・・・・」(今度は俺を呼んでくれてかまわない)

「あっ・・・うん・・・!ありがとう・・・!」


用が済んだのか、二人のやり取りに注目していた俺達に向けてペコリと会釈すると、大野に小さく手を振ってその場を離れていく青根。
・・・って、え?


「・・・え?何今の?」

「会話成立してんのかあれ・・・」


月島と田中の台詞に、あ、わかんなかったの俺だけじゃなかったんだと少し安心する。
青根のやつ、一言もしゃべってなかった・・・よな?
じっと大野の足を見ていたかと思えば、「大丈夫」と言う大野に小さく首を振って。
軽く落ち込む大野の肩を叩いて、自分を指差して。
一体どういうやり取りが成されたんだ・・・と首を捻っていれば、西谷がタタタッと大野に走り寄っていった。
そして、自分が注目されていると気付いて固まっている大野に、「なぁ大野!」と持ち前の明るさで声を掛ける。


「大野って伊達工の青根と仲良かったんだな!」

「え・・・っ!?い、いやそんな・・・っ、す、少し話すくらいで・・・!」

「向こう声すら出してなかったけど」

「どこで知り合ったの?」


月島の突っ込みも気になるポイントではあるんだけど、スガの質問のほうがより知りたい答えな気がする。
烏野は第3試合からだから、もう少し時間はあるし。
・・・っていうかぶっちゃけ、気になって地味に集中できなくなる気が・・・


「あ・・・えと、IH予選・・・第一試合の前に・・・」

「試合前?あ、そういえば途中どっか消えてたな」

「う・・・えと、ちょっと木から落ちそうになって・・・」

「「「「はぁ!?」」」」


もう大分前のように感じるIH予選の記憶を掘り返していたら聞こえてきた予想外の言葉に、思わず思い切り声を出してしまった。
声が重複したように聞こえたのも、きっと気のせいなんかじゃないだろう。
「ひぃっ!!!?」と大野がのけぞるのを追いかけるように、一歩詰め寄る。


「なんだそれ聞いてないぞ!」

「怪我は!?試合出てたよな!?」

「何で木なんか登ったんだべ!?」

「と・・・とりあえず、一旦落ち着いたほうが・・・」


いいんじゃないですか、と縁下に言われてはっとなり、大野が泣きそうになっていることにようやく気付く。
しまった・・・詰め寄りすぎた・・・!


「わ、悪い大野・・・」

「っ・・・っ・・・!いっ・・・ぃえ・・・す、すみませんでした・・・っ」


三年で三人揃って大野に頭を下げていれば、大声につられたのか、先を走っていっていたはずの日向と影山が不思議そうな顔をしながら戻ってくる。
状況のわかっていない二人のことは縁下に任せておいて、大野を怯えさせないように語調を緩めて問いかけた。


「とりあえず、今はもう大丈夫なんだよな?」

「・・・っは、はぃ・・・」

「何で木なんか登ったんだ?」


コクコクと頷く大野に、一先ずほっと胸を撫で下ろす。
片眉を上げたスガが不思議そうな声で聞くと、大野は慌てて思い出すように視線を軽く泳がせた。


「え・・・と・・・鳥の子どもが・・・」

「ありきたりな理由だな」

「でも大野らしい理由だよなー」

「野良犬に食べられそうになってて・・・」

「(想像以上にデッドオアアライブ!)」


大野の話を邪魔しないよう、コソコソと話していた成田と木下が鳥の子どもの思わぬ大冒険に小さく驚く。
思い出すことに必死なのか、二人の気遣いが功を成したのか・・・大野はつっかえつっかえながらも話を続ける。


「ひとの匂いつくと、駄目って聞いたことあったので・・・雑草とタオルでくるんで、ちょっと登ったん、です・・・」

「それで登ったはいいけど降りられなくなったの?」


まるでネコだね、と鼻で笑う月島。
ちょっと登った、で登れる程度の木だったのか、大野が木登りが得意なのか・・・
「うぅ・・・」と月島の言葉に若干凹まされた大野だったが、視線がまだ自分に集中していることに気付くと、慌てて続きを話し始めた。


「お、降りようとしたら・・・丁度、青根君が下、歩いてて・・・ぶつかりそうになって慌てちゃって、バランス、崩して・・・」


ぶつかっては、ないんですけど・・・ともそもそと言い訳のように言い、徐々に俯いていく大野。
何を言い訳しようとしているのかわからないから、どうフォローしていいのかもわからずただ見守るしかない。
けれど何か思い出したのか、大野は困ったようにへにゃりと微笑むと軽く頬をかいた。


「目の前で転んじゃったから、すごく心配してくれて・・・」


彼、実はすごく優しいんですよ、とほわほわした笑顔で語る大野に・・・心配からちょっとしたジェラシーに変わっていく感情。
別にいいんだけどね?大野が誰と仲良くしてたって。
むしろ、大野がいろんな人と関われるようになってきたのは、大野の成長の証だし。


「・・・ま!怪我がなかったならいいけど。試合前に無理するなよ?」

「す、すみません・・・」


自分の思考がまるで父親のそれなことに気付いて、なかったことにしようと話題を終わらせるように大野の肩を叩く。
大野もそれに合わせてもう一度深く頭を下げて、さぁようやく体育館入りだ、と踵を返した。
・・・んだけど。


「大野!おれ木登り得意だし、高いところから飛び降りても平気だから!今度あったら呼べよな!」

「あっ・・・うん・・・っ?」

「・・・俺がお前を肩車すれば、登らなくてもいいだろ」

「えっ?・・・そ、そうだね・・・?」

「・・・ツッキー!」

「山口ウルサイ」

「ごめんツッキー!」


・・・どうやらジェラシーを感じてるのは一年も同じらしい。
後ろから聞こえてくる会話にもう一度振り返れば、口ではつっけんどんな月島もさりげなく大野の傍に近寄ってるし。
分かりやすい様子に、2,3年全員が小さく笑っているのが分かる。


『大丈夫だよ』


“それ”を心配していたのは、最初のほんの二、三ヶ月。


『心配しなくてもお前らは、ちゃんといいチームメイトだから』


口に出すには気恥ずかしい、もう当たり前と思えるそれを心の中で呟いて、もう一度前を見据える。

・・・この先に、春高の舞台が。

このチームで目指す、最高の頂(オレンジコート)への足がかりが。
震えそうになる身体にぐっと力を入れて、一歩踏み出した。


「行くぞ!」

「「「あス!!」」」


まずは目の前の試合―――必ず、勝つ!!


=〇=〇=〇=〇=〇=
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