応援してくれる人


「・・・よしっ!これで終わり!」


洗い終わったボトルをまとめて籠に入れて、少し急ぎ足で部室に向かう。
清子先輩は今日使ったユニフォームを洗って乾燥機にかけると言っていたから、ボトルを部室に置いたら今度は洗濯場へ手伝いに行かなければ。
乾燥が終わっていれば、しわを伸ばして畳む作業が待っているのだし、マネージャー業は実は結構大変だ。
でも、あんなに頑張っている皆の手伝いを、少しでもできるのであれば・・・!
今日の試合での皆の姿を思い浮かべて、よし!ともう一度気合いを入れる。
空のボトルが入っているだけの籠は軽いもので、ガショガショとボトルのぶつかり合う音が高く響いた。
ボトルに満タンに入っているときは、運ぶのにとても苦労するのだけど・・・それをほとんど飲みつくしてしまうほどに消耗する試合。
今日も皆、すごかったなぁ・・・と皆のプレーを思い出しながら歩いていると、体育館から誰かが出てきたことに気が付いた。
部室に行くにはこの道を通るのが一番の近道だったから、逆光で顔の見えないその人に誰だろう?と首を傾げながら近付く。
でも、その正体を確かめるより、その人がこちらに気付いて「あ・・・」と声を漏らす方が早かったようで。
そしてその声が耳に届いた瞬間、心臓がドキンと跳ね、一瞬で何を考えていたのか忘れてしまうのは、もう最近何度繰り返したかわからなくなるような現象だった。


「谷地さん、お疲れさま」

「お、大野君・・・!お、お疲れシャス!」

「ありがとう、いつも。水、もう冷たいよね」

「いやいや!これくらい全然大丈夫だよ!」


ぶんぶんと首を振れば、近付いてきて「いつもの場所にしまえばいい?」と当然のように手を差し伸べてくれる大野君。
思わず籠を差し出しそうになって、慌てて「じ、自分でやるからいいよ・・・!」と引き戻した。
い、いけない・・・!いくら大野君が優しいからって、これに甘えては・・・!
「そう?」と少し残念そうに手を降ろす#famliy#君に一瞬良心が痛んだけれど、それで「じゃあ・・・」と手伝わせていたからこんな当然のように手伝ってくれるようになってしまったのだ。
と、とにかく一旦冷静にならなければ、とさっきまで考えていたことを思い出す。
そう、今日の試合のことを考えていたんだった。そしてそのことから、大野君に言えることと言えば。


「あっ、あの!今日、すごかったね!かっ・・・か、かっこよかったよ!」


日向相手なら簡単に言えるのに!
盛大にどもってしまった自分の口を恨みながらもなんとか言い切って、それから変なこと言ってないよね!?と言ってしまった言葉を思い返す。
ちょっと恥ずかしい気もするけど、大丈夫だよね・・・?とチラリと様子を伺えば、普段なら「そんな、僕なんて・・・」とか、「僕よりも、皆が」とか、謙遜の言葉が返ってくるはずの彼。
けれど、その表情は焦っている、というよりも。


「あ・・・えと、・・・ありがとう」


「みんなのおかげだよ、」と照れたように耳の後ろを掻く、大野君の笑顔。
普段見せる、困ったような笑顔とはまた違った表情に、呼吸が止まるほどに心臓がはねた。


「谷地さんの応援の声にも、力、もらえたから」


大きな声を出すのが恥ずかしくて、コソコソと言ってただけなのに。
そんな声も、拾ってもらえるなんて。

ドキドキ、ドキドキ。

身体の中で、心臓だけが存在を主張する。
気持ちがそれに押し出されるように、喉の奥からせりあがってきて―――


「――――     」


その声は、パァン!という体育館の中から響き渡った音にほとんどかき消された。


「っしゃあ!今のいい感じ!」

「オウ!明日もこれでいくぞ!」


どうやら、日向のスパイクが綺麗にきまったらしい。キュキュ、とシューズの擦れる音がかすかに聞こえてきて、ボールを籠にしまう音が続く。
そんな、見えないのに簡単に想像がつく音をBGMにしながら、ぐるぐると回る視界に口をはくはくと金魚のように開け閉めするしかなかった。
聞こえてしまった、だろうか。いや、スパイクの音にかき消されて、聞こえなかったかもしれない。
けれど、舌にのせてしまったその音は、心の中にしまっていたときとは決定的に違う。


「谷、地・・・さん・・・?」

「あ・・・あのっ!が、・・・頑張ってね!明日も!」


戸惑ったような大野君の声が、私の変な挙動を見てなのか、さっきの言葉が聞こえてなのか、わからない。
けれど答えを聞くのも怖くて、慌ててその隣を通り過ぎた。
いや―――通り過ぎ、ようとした。





―――彼にシャツの袖を掴まれなければ、できた。






「・・・谷地さん、あの、・・・!」

「ひゃいっ!?」


思わず出た声は裏返っていて、落としそうになった籠を慌てて持ち直す。
ガション、と音を立てたボトルは、相変わらず、軽い音で。


「・・・試合が終わったら、・・・その・・・少し、時間をもらっても・・・いい、かな・・・」

「・・・・・・えっ・・・」


続いた言葉は予想外のもので、思わず振り返る。
そして、こちらを見下ろすその表情に、また。思考が停止するのを感じた。


「明日・・・僕、頑張る、から。その・・・」


一つ、深呼吸。
ゆっくりと吐き出された息、それから、スッと短く吸って。





「見てて」





静かに、真っすぐこちらを見据えて言われた言葉に、ただ、頷くしかできなかった。
まるで、試合の時のあの言葉のように、耳にストレートに飛び込んできたその言葉。
飛び込んできたのは耳なのか、それとも心なのか。
頷いたのを確認して、嬉しそうに「じゃあ、また明日」と部室へ向かう大野君。
いつの間にか自分の手から籠がなくなっていて、いつの間にか荷物の増えているその背中を、ただ茫然と見送る。

―――目を逸らすことなんて、できそうにない。

きっと真っ赤になっているであろう顔を隠すように、奇声を上げそうになる口を閉ざすように。
その場にしゃがみ込んだ私を、なかなか来ないことを心配して探しに来た清子先輩が見つけるのは―――もう少し、あとの話。


=〇=〇=〇=〇=〇=
第四部、完
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