強くなる。まだ。


青葉城西との試合を終えても、余韻に浸る時間はそんなにない。
寝息しか聞こえてこないバスに揺られてホームコートへ帰れば、次は白鳥沢戦に向けての作戦会議だ。
今日、青城戦では成功させることのできたスイッチ攻撃。全く同じ手が同じように通じる相手なら、苦労はない。
少なくとも今日以上の力を発揮しないことには、この先の試合では生き残れない。
確認しなければならないことは、山ほどあるのだ。


「狙うのは、全国大会優勝だ!」


大地の言葉に、昔の記憶が蘇る。元主将の、悔し涙が脳裏を過ぎる。
でも、今は。


「え、それ以外に何かあるんスか」


影山の真顔での切り返しに、苦笑しつつもしっかりと首を縦に振る。
そう。狙うのは、それ以外にありはしない。


「モチベーションは申し分なし。それじゃあ、目の前の強敵の話をしよう」


烏養コーチの言葉をきっかけに対白鳥沢戦のミーティングが始まって、県内最強の敵についての話を聞く。

最強の敵。・・・けれど、“県内で最も未完成なチーム”。
コーチの白鳥沢に対する評価は、“そこに糸口がある”と言っているようで、それでも勝ってきた白鳥沢の強さを強調するようで。
いくつもの作戦を頭に叩き込みながら、明日。自分にできることはなんだろう、と何度も何度も反芻した。


「―――とまあ、俺が言えることはこれくらいだ。明日に備えて、今日はゆっくり休めよ」

「ありがとうございました!」

「「ッシタ!」」


ミーティングも終わり、明日のためにもしっかりとストレッチをして筋肉をほぐす俺たちと。


「少しだけ練習すんぞ、日向。今日のネット間近のスパイク、明日使えるようにモノにする!」

「!オウ!」


・・・コーチに釘を刺されたにもかかわらず、ネットを張り始めるのは変人コンビ。
どうやら体力も変人らしい。
確かに今日のネット間際のスパイクが明日武器として使えるなら、攻撃の幅はまた広がることになる。
本当に立ち止まったり、休んだりってことを知らない奴らだなぁ・・・と少し呆れていれば、同じように呆れた表情で二人を見ていたコーチのもとに、えらく迷いながら近付いていく人影が視界の端に映った。
はっきりと姿が見えなくても、その挙動で誰かなんて一発なんだけどさ。


「あ、あの・・・っ!こ、コーチ・・・」

「んぁ?」


気の抜けた表情のコーチが振り返って、つられるようにそちらを見る。
案の定大野が青い顔でジャージの裾を握りしめていて、続く言葉もきっとあのことだろうなと予想がついた。


「きょ、今日は本当に、すみませんでした・・・!勝手に調子崩して、チームに迷惑かけて・・・!」


ガバリと頭を下げながらの言葉はほぼ想像通りで、同じように当てがついていたらしいコーチも「あ〜・・・」とがしがし頭を掻く。
言葉は決めていたらしい。コーチが大野に向き直るまでに、そう時間はかからなかった。


「お前が“打ちたい”って言ってくれて、よかったよ」

「・・・え・・・?」

「こういう、実力が拮抗してる相手との勝負には、気持ちっつーもんが不可欠だからよ」

「・・・・・・」


試合は、実力勝負だ。
足し算だとか掛け算だとか、そういう手段の話じゃなくて、その解がすべて。
けれどその解が同じとき、それでも決着をつけるのはコーチの言う通り、“気持ち”。
勿論他にもその時のコンディションや運も左右するけれど、あの時の大野にとっては、最も大きなあ後押しは間違いなくそれだ。

お前が“勝とう”としてくれて、よかった。

それはきっと、あの時の大野の気迫を感じた誰もが、普段の彼との違いを感じ、そして思ったこと。
本気で“勝ち”を獲りにいった“へなちょこ”は、あんなにも―――心強い。


「大野君は今日、青葉西城だけでなく、自分にも克てたのですね」

「先生・・・っ」


近くで話を聞いているだけだった武田先生が、俯き続ける大野に一歩近づく。
コーチの言葉を、言葉のまま素直に受け入れていいのか判断しかねていた大野が、そっと顔を上げた。
そんな不安げな表情に、安心させるようにニッコリと笑顔を見せる武田先生は、やっぱりれっきとした“先生”なのだろう。


「ですが、これからも“壁”は立ちふさがり続けます。常に己に克てるよう、日々努力を忘れないでくださいね」

「・・・!・・・はいっ・・・!」


どうやら少しは自信がついたらしい大野は、しっかりと頭を下げると軽い足取りで先生たちの下から去っていく。
その、実年齢よりも幼く見えるほわほわとした雰囲気は、彼が喜んでいることを如実に表していて。
あいつも育ってきてるなぁ・・・とどこか親のような気持ちでうんうん頷いていれば、近くで同じように様子を見ていたらしい旭が「はぁ〜・・・」と感嘆の息を漏らした。


「・・・俺も負けてらんないなぁ」

「・・・旭の場合、どっちかっていうとお手本に思われてそうだけどな」

「え゛っ!?お、俺がお手本!?い、一体どこにそんな・・・」


褒めたつもりなのにオロオロしだすこのひげちょこも、コートに立てばエースに化ける。
生まれもった体躯、力。けれど旭だって、何の努力もせずにエースの座にいるわけじゃない。
そしてそれらの実力に裏付けされた、確かな自信。


“―――俺のボールだ”


―――あの小さな王様をも黙らせた問答無用の気迫に似たものを、大野からも感じられたのだから。


「シャキッとしろシャキッと!」

「ぐっ!?」


なのに普段はこんななんだよな〜・・・とちょっと呆れていると、同じことを思ったのか後ろから近付いてきた大地が問答無用でその腰にパンチを入れていた。
“才能”なんて、誰もが持ってるわけでもない。
けど、“センス”は―――
及川の最後のトスを思い出して、自分の手のひらに視線を落とす。

・・・俺は、どうだろう。
影山みたいな“天才”じゃないからと、まだどこかで諦めている部分はないか?
二番手に、甘んじている部分はないか?
自問自答を繰り返し、ぐっ、と手のひらを握りしめる。


「―――・・・まだ、だ」


まだ、終わっていない。生き残っている。
チャンスは、ある。
ならば最後の瞬間まで、―――成長を!


「まだまだ、―――全員で、“磨いて”いくぞ!」

「オウ!」


この、心強い仲間たちと共に。


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