昼の彼と夜の彼
鯉さんと花見の宴で会ってから、私の奇妙な生活が始まった。
「リクオさん、これは何ですか?」
「あぁ、これはね、」
お昼はリクオさんに会いに行ってリクオさんと楽しい時間を過ごすようになった。
時々青さんと黒さんも来てくれて、いろんなところを案内してくれた。
リクオさんが案内してくれる時は決まって私と手を繋いで歩いた。
…それが一体どういう気持ちで手を繋いでいるのかは、わからない。
でも、私も嫌じゃないし…むしろ嬉しくて深くつっこむことはできなかった。
もし、気持ちを聞いてしまったら、今の関係が崩れてしまいそうで……
「リクオさん、今日は青さんたちにどこに行くか伝えてきました?」
「ん?まぁ、一応ね」
「…もう…また青さんたちが心配してきますよ」
「いいの、いいの。僕のことを心配するのが二人の仕事なんだから」
「ふふ、お二人が聞いたら泣いてしまいそうです」
リクオ様―!と嘆く二人が簡単に思い浮かんで小さく笑ってしまう。
はは、とリクオさんも笑うから大丈夫かな、なんて思ってしまう。
ごめんなさい、青さん、黒さん。しばらくはご心配をおかけすることになりそうです。
「そんなことより、この前教えた猫のみーが出産しそうなんだ。様子を見に行こう」
「はい。煮干し、持っていきますか?」
「そうだね、持っていこう」
今が一番栄養がいるだろうし、と話しながら煮干しを買いに店に寄る。
そして、この前リクオさんが心配していた猫のみーのいる場所へと向かった。
みー、と声をかけると「みゃあ」という声が岩陰から聞こえてくる。
そちらへ視線を向けるとみーが大きなお腹を抱えて座り込んでいた。
大丈夫?と話しかけると大丈夫とばかりに私たちの手をなめる。
「元気な子供を産むんだよ。…はい、これ煮干し」
「みゃーあ」
「あ、嬉しそう」
「ほんとだ」
むしゃむしゃと煮干しに食いつくみーに癒されながらみーの頭を撫でる。
充分にみーとじゃれあうと帰らないといけない時間になり、私たちはまた明日、と言いながら別れる。
屋敷に帰り、夜になると――
「よぉ、桜」
「また来たんですか、鯉さん」
「毎日来るって言ったろ?」
片目をつぶり、かっこよく笑いながら煙管を吹かせている鯉さん。
彼はあの宴から毎日私の屋敷に忍び込み、私に会いに来るようになった。
…一体どうやって入ってきたのか。警備はされているというのに。
前にどうやって入ったか聞くと「玄関から入ってきた」と言われたのでそれ以上聞かないようにしている。
「花街には行かなくてよろしいのですか?花魁たちが嘆いていると聞きましたよ」
「へぇ、妬いてんのかい」
「違います」
「可愛いねぇ、桜は」
「だから違います」
この人は花街では有名な遊び人。何人もの遊女を手玉にとってきたという男だというから末恐ろしい。
…でも、こんなにかっこよくて女の人の心を掴むような言葉をさらりと言えるのだから当然なのかもしれない。
だけど、私は何人もの女の人に言っている言葉を鵜呑みにするほど純粋ではない。
「ずっとこの部屋にこもってんのかい?」
「いいえ、…大きな声では言えませんが時々抜け出しています」
「とんだおてんば娘だな」
「他言無用ですよ?」
「あぁ、わかってる」
ぐいり、と腰を強引に、でも優しく引き寄せられ、鯉さんの顔が近くなる。
男性がこんなに近くにいるなんて初めてだから、おのずと顔が赤くなっていくのがわかった。
「こ、鯉さん…?」
「本当…可愛いな、桜は」
赤くなった頬を優しく撫でて、じっと私を見つめる。
金色の瞳が熱を帯びて、その激しさに飲み込まれてしまいそうになった。
――ダメだ。
この瞳に飲み込まれてはいけない。彼にとって本気ではないのだから。
囚われそうになった視線を無理やり外して、そっと彼との距離をとる。
「近いです、鯉さん」
「照れるな」
「照れていません」
「姫様―まだ書物を読まれているのですか?」
「…ちっ、邪魔が入ったな。またな、桜」
鯉さんは私の頬を再び優しく撫でて、ふわりと煙のように消えていく。
…こんな日々が続いているのだった。
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