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今日、リクオさんに会わなくてよかった、と思った。


いつもよりゆっくりな歩調で歩きながらも頭の中は真っ白だった。


――リクオさんにまさか許嫁がいらっしゃるなんて……

リクオさんはいいところの息子さんなんだろうな、と思うことはあった。
黒さん青さんというお世話係がいて、着ている着物はいつもいいものばかりだった。

道を歩くと「おや、リクオさんじゃないか」と女将さんたちが声をかけ、慕われていて……
だから、許嫁がいたとしてもおかしくない。

武家じゃないと言っていたけど、もしかしたら大きな庄屋の息子さんなのかもしれない。


だから、…だから…!



「…私…」



リクオさんのことがこんなにも好きだったんだ……

言い訳なんてもうできなかった。
口にすれば、溢れてくる気持ちに、ふたをすることもできなかった。

…でも、諦めなければならない。

私は姫であり、人質としてここにいる。結婚…いや恋愛など自由にできる身分ではない。

それに許嫁のいる人を好きになっても、結果は見えている。
この時代の許嫁は「家」と「家」との結びつきだ。それは結婚しているのと同意義なのだ。

そんな人を好きになっても幸せにはなれない。ただ、辛いだけ。

だから、もう、私は……



「…会うのを、やめなくちゃ…」



そう言いながら、私は痛む胸にできるのだろうかと手を握り締めた。













「よぉ」

「…鯉、さん」



月を背に煙管を吹かす鯉さんに気が付くと目を細めて彼を見上げる。
鯉さんは私と目が合うと突然無表情になり、私に一瞬で近づいて頬に手を寄せた。

その速さに息を飲むこともできず、無言で鯉さんを見つめる。



「何があった」

「え…」

「悲しげな顔をしてらぁ」

「……っ」



言い当てられた言葉に私は思わず息を飲み、さらに目を細める。

あぁ、…どうしてこんな時に限って真剣に私のことを心配してくれるのだろう。
いつものように軽口をたたいてくれれば、気も紛れただろうに。

涙を誘うように頬を撫でる鯉さんにずるい、と呟くと頬を一筋の涙が流れる。


―――こんなのずるい。…縋りたくなる。…ううん、ずるいのは…私なんだ。



「…慕う人間がいるのか」

「………、…」

「報われねぇ想いなんだな」

「…っ…」



何も言えなかった。

目を逸らす私に鯉さんは目を細めると優しく指の腹で拭うと涙の跡に唇が重なる。
鯉さん、と彼の名前を呼ぶと鯉さんの目に激しい炎が灯り、私の唇を奪い去る。

息も食べられるほどの激しい口づけに思わず鯉さんの袖を握ると鯉さんはハッとしたように私から離れる。



「…っ、今夜は帰る」

「鯉、さ…」

「言うなッ!!」

「…っ」

「…っ、何も、言わねぇでくれ…っ」

「……、…」

「…またな」



鯉さんは一言だけ残して煙のように消えていく。


――気付いてしまったんだ。

鯉さんは、本気で自分のことを……慕ってくれていることに。


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