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―――満月の夜。
月の光で青く光る漆黒の髪が夜風を受けて嫋やかに靡く。
彼、いや彼女は少し切れ目気味の瞳をすっと細めて自分の対象者である男を静かに遠くから見据える。
そんなことも知らず、男は楽しそうに醜い顔を崩していた。
その様子を見るに耐えない、とばかりに彼女は目を逸らし、月の光を受けても鈍く光る黒い塊を本当に愛しそうに優しく撫でて、カチャリ、と弾を装填する。
「満月に誓って、」
そう歌うように祝詞のような言葉を呟き、ゆっくりと目を瞑る。
風を、空気を、気配を、流れを、自分の鼓動を、――愛銃の高鳴りを――全身で感じ、再び目を開いた。
その目に、迷いはない。
ふわりと一抹の風が駆け抜けた瞬間、
彼女の姿はもう、そこにはなかった。
(残ったのは、まるで誰もいなかったかのように佇む、小さな石だけ)
―――それはまるで疾風のごとく。
どこまでも掴み所のない、雲のごとく。
鋭い刃をその身にのせて、しんしんと降り注ぐ雪のように。
その場に現れ、何事もなかったように消え去る。
……残った者は、動かない屍、のみ。
―――彼女の名は“空 翠徠”
またの名を―――“neve nera−黒い雪−”
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