未来を見据える彼女はいつも綺麗だった



10年近く年は過ぎたけど、今でも鮮明に覚えてる。

姫の笑った顔、
嬉しそうな顔、
楽しそうな顔、
時には怒ったり、拗ねたり。

でも今になって気づいたんだ。

―――姫の泣き顔だけは、見たことないってことに……





〜メーデー、メーデー〜





ヴァイオリンを弾いている姫はこれ以上ないくらいいい表情をする。
本当にヴァイオリンが好きで、これ以上好きなものは絶対にないってくらい。
陳腐な言葉だけど姫のヴァイオリン好きはシンプルな言葉で表すのが一番しっくりくるんだ。

今日も姫は音楽室で一人ヴァイオリンを弾いていて、僕はその隣で目を伏せ、静かにその音を聞き入っていた。

姫の音は繊細で優美。
温かなものに包まれるような感覚がすごく安心する。
例えるなら……母親の羊水の中にいるような感じ。
もちろん僕に羊水の中にいた頃の記憶があるわけじゃない。
でも絶対的安心感を与えてくれる、という点ではぴったりの表現だ。



「…雲雀さん」

「……もうこんな時間か」



姫の声に目を開けて壁に掛けてある時計を見上げた。
もうすぐ閉校時間……
風紀委員長である僕が校則を破るはずなく、片付けを既に初めている姫を傍ら施錠をしはじめる。
最後に音楽室の鍵を締めると姫と並んで静かな校舎を歩きだした。



「ねぇ、」

「何ですか?」



顔は前を向いたまま。
僕の声と姫の声だけが寂しくこの場に響いた。



「姫はどうして吹奏楽部に入らないの?」

「あー……」



苦笑まじりの誤魔化し。
そんな声さえ、

(心地よく思う僕はどうかしてる)



「…確かに並中の吹部は凄いと思います。
でも…今は、一人で弾くことを楽しみたいんです」



僕はその時初めて姫の顔を見た。
その表情は苦笑を浮かべてるわけでも、柔らかな笑顔を浮かべてるわけでもなかった。

未来を見据えているように真っ直ぐ前を向いて、その顔はすごく真剣。



「…ふぅん。いいんじゃない、それで」



それにその目、嫌いじゃない。



未来を見据える彼女はいつも綺麗だった

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