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別れる予感はあった。

最近のシャチはどこか遠くを見つめることが多くて、私と話していてもどこか違和感があった。
もしかしてもう潮時かなーなんて思っていたんだけど、まさか電話で別れ話をされるとは思っていなかった。
せめて別れる理由くらい教えてほしかったんだけど、変なやさしさなのか教えてはくれなかった。

そんな別れて泣く私の前に現れたのは患者さんであるトラファルガー・ローくん。

トラファルガーくんは中学三年生なのにどこか大人びた子だ。
私によく「キレイ」だとか「キスしたい」だとか「スキ」とか言ってくる困った患者さん。
それが本気だと思ったことは一度もないし、子供の戯言だと思っていた。

でも。


「オレを利用しろ」

「元カレを忘れるために、おれと付き合え」



ーー本気の目。子供じゃない…大人の、目だった。
射貫かれた瞬間、どきり、とした。

真剣で、本気だってわかった。

子供だからって返事をしないのも、答えを真剣に考えないのも、彼に失礼だ。
トラファルガーくんは、真剣に伝えてくれた。
だから私も……彼に真摯に伝えないと。



「こんにちは、トラファルガーくん」

「よぉ、姫先生」

「調子はどう?」

「まぁまぁだ」

「そう。じゃあ胸の音を聞きましょうか」



いつもと同じような診察。でも、いつもとは違って少しだけ緊張感があった。
トラファルガーくんが軽口もたたかずに服を脱ぎ始める。
いつもなら何も思わない裸に少しだけドキドキしつつ、それを悟られないように目を伏せて聴診器を当てた。
聞こえてくる心臓の音。異常は……いつもより、少し、速い…?

そっと上を見上げるとトラファルガーくんは横を向いていて、…少しだけ顔が赤い気がする。

もしかして…トラファルガー君……緊張、してる?



「トラファルガーくん」

「…なんだ」

「緊張してる?」

「……」



服を着ながら黙り込むトラファルガーくん。無言は肯定。
なんだか私まで恥ずかしくなってきて、カルテに打ち込みながら私も無言を貫く。



「…緊張するに決まってんだろ。好きなやつに裸見られるのは」

「……っ」



ぼそりとつぶやかれた言葉にかぁっと顔が熱くなったのがわかった。
どうしてこんなにも彼はストレートなのか。
言葉に詰まっているとなぜかトラファルガーくんがにやにやしているのが目に入る。

…どうしてここで、にやにや笑うのか。

ジト目で見ていると「いや、」と自分が笑っているのがわかったのか、頬杖をついて私を見つめる。



「照れるってことは、脈ありって思っていいのか?」

「…さぁ?ご想像にお任せするわ」

「じゃあ勝手に勘違いしておく」



そう嬉しそうに笑ったトラファルガーくん。
ご機嫌にベッドに横になったトラファルガーくんにお大事に、と声をかけて病室のドアに手をかける。

…彼は子供じゃない。彼は本気だった。…だから、私も真摯に返すって決めたんじゃない。

ドアノブから手を離して、くるり、とトラファルガー君を振り向く。
トラファルガー君は出ていくと思っていた私が振り向き、不思議そうな顔をしていた。



「あなたは子供じゃない。…だから、一人の男の人として、返事を返すわ」

「……あぁ」

「ーー彼のことは関係なく、…あなただけ、見る」

「…!」

「ちゃんと、付き合いたいの」



また来るわ、と笑っていい逃げのようにドアを開けてトラファルガーくんの病室を出ていく。
ドキドキと心臓が高鳴って、言葉では言い表せない高揚感が私を包む。

次に会うとき、トラファルガー君がどんな態度をとるだろうか。
…そして私は、どんな態度をとればいいのだろうか。

なんだか学生みたい、と若返ったような気持ちになりながら私は次の病室へと向かったのだった。


始まった恋

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