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おれは今入院している。他校との喧嘩でオレとしたことが油断した一瞬の隙に刺されてしまったのだ。
緊急搬送されてきたこの病院で担当になったのは新人ドクターであろう姫。
こいつがまた面白くて隙がなさそうで隙ばっかり。ちょっと口説けば冷静を保とうと冷たくしてくるが本当の意味でオレを突き放すことができない優しい奴。
消灯時間を過ぎたがなんだか目が覚めてなかなか寝れない。
こういう日には本を読んで夜更かしするのが一番いいのだが、あいにく本はすべて読みつくしていた。
…あぁ、そうだ。そういえば姫が「医学書ならいっぱい私の部屋にあるけどね」と言ってたな。
今日は夜勤だったはず…今ならいるだろ。借りに行くか。
そう決めればすぐに行動。もう痛みのない傷をかばいながらゆっくり歩いていくと姫の診療室へとつく。
コンコン、とノックしてドアを開けたが、そこには見知った看護師だけ。
「どうしたの?」
「いや…姫先生は」
「今休憩に行かれたわよ。外じゃないかしら?」
「…わかった」
なんだ、外にいるのか。ドアを閉めて関係者以外立ち入り禁止の廊下へと向かう。
おそらく外の空気を吸いに行くとしたらあのドアからしか出られないはず。
そんなことを考えながら廊下を歩いてドアをゆっくり引っ張る。
…どうやら姫はいないようだが…すれ違ったか。
しょうがない、と病室に戻ろうと踵を返しかけるが、かすかに遠くから姫の声が聞こえてきた。
いたのか、と声のする方へ歩を進めると聞こえてくるのは今まで聞いたことのない姫の悲しげで必死な声。
「なにそれ、私に飽きたってこと?…っなによ、はっきり言ってよ…!別れたい、ごめんしか言わないなんてずるい!…っ何か言ってよ…!ねぇ、シャチ…シャチ…!」
切られてしまったのだろうか。携帯を握りしめて姫はその場に座り込む。
うつむいているので表情は見えないが、泣いているのだろう。
声を押し殺して泣いている姫の姿は女そのもの。
涙を手で拭って顔をあげた姫は……すごく、綺麗で。オレですら息をのんだ。
立ち尽くしていたオレの気配にようやく気付いたのか、姫の視線がおれに向かう。
慌てて涙をぬぐい取ると、困ったようにおれに笑いかけてきた。
「どうしたの?こんな夜中に。眠れない?」
「………」
「体を冷やすのはよくないわ。早く中に、」
ぐいっと姫の体を抱き寄せて、その顔をオレの肩へと押し付ける。
姫が体を固くしたのがわかったが、それでも離すことはなかった。
「泣け」
「…え…」
「我慢すんじゃねぇ」
姫は戸惑うようなしぐさをするが、次第に涙腺が緩んできたのか、静かに肩に顔をうずめる。
元カレの悪口でもなんでも言えばいいのに、姫は静かに声を殺して泣くだけ。
…もっと、おれに色んな顔を見せてほしいと思うのは、なぜだろうか。
しばらくたって、ごめんね、と泣き顔のまま笑ってオレから体を離す。
「オレを利用しろ」
「え…?」
「元カレを忘れるために、おれと付き合え」
「…っ、そんなこと、できないよ。トラファルガーくんは中学生だし、それに…」
「関係ねぇな。それに悪いと思わなくていい」
「…トラファルガーくん…」
「今すぐ答えは出さなくていい。じゃあな」
お前も体冷やすなよ、とオレが羽織っていた上着を姫の肩に羽織らせるとおれは病室へと戻る。
…あぁ、そうか。オレは、ずっとこの時を待っていたのかもしれない。
からかうと面白い、でも優しい奴。決して惚れていたからではなかったはずだ。
でも、面白くて、優しくて医者としては立派な奴でも、…あぁやって涙する姿を見た時から。
きっと、おれは、あいつに惹かれた。
年の差だとかそんなもの関係ない。オレが心惹かれたのだから、そばにいてほしいと思ったのだから、そう行動するまで。
まだオレのことを好きじゃなくていい。…オレを、見てくれたら、いい。
恋に落ちる
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