『今日は秋刀魚とほうれん草のお浸しとみそ汁です!』
部活終りに読むそのメッセージは空腹の胃に拍車をかけて刺激をする。なるべく表情に出ない様にと努めるものの、液晶画面に浮かぶその吹き出しの文字に思わず頬が緩んでしまうのは最早不可抗力だ。
『今部活終りました。今日もごちそうになります。ありがとうございます。』
そう返信のメッセージを手早く送信しスマホをジャージのポケットに突っ込む。これから向かう家路の先には自分の帰りを迎えてくれる人がいて、さらに手作りの夕食があるのだと思うと自分が浮かれているのが嫌でも分かってしまう。実家にいた頃は当たり前だった事がこんなに特別に感じるなんて思ってもみなかった。もちろん、自分が浮かれているのはそれだけが理由ではない事も自覚はしているのだが。
「私の作ったものでよければ影山くんの分も作ろうか?」
カレーをご馳走してもらったあの日、美雨さんが提案してくれたのだ。昔から細めに自炊が出来ない代わりに一度料理をすると沢山作ってしまうのが癖らしく、下手をすると数日同じものを食べ続けることが多いのだと。そのため俺が食べてくれるなら早めに片付けるも出来るし助かるからと。私生活と部活の折り合いが悪いと三食カップラーメンなんてことも珍しく無かった俺にとってはこの上なくありがたい話で、「お金取るほどのモンじゃないから!」と謙遜する美雨さんを突っぱねて一食200円ということで妥協してもらい、食事をご馳走になるという事も珍しい事ではなくなった。
美雨さんが料理をする時はその日のメニューを連絡してくれる。そこで俺が自分の予定や食事の都合で料理をご馳走になる時はその用意もしてくれるのだ。その日のタイミング次第だが、お互いの都合が合えば一緒に食事をすることだってある。そんな訳で家に帰れば美雨さんと手料理が待っているなら部活さえ終わってしまえばいつだって走って帰りたいくらいなのだ。けれど、そんな気持ちを察したのか、学校での付き合いも大事にしなさいねと美雨さんから念を押されてしまったので、部活や学校の奴らとの外食も半々といったところで落ち着いていた。
「あれ〜?トビオちゃん〜スマホ見ながらニヤついちゃうとか怖いんですけど〜?」
「ゲッ、及川さん…」
音も無く背後からのびた大きな影からスマホ画面を隠すように後ろを振り返る。そこには案の定意地の悪い顔をした及川さんがいて急いで画面をオフにした。
「ゲッとは失礼な!可愛い後輩のトビオちゃんが怖い顔してたから親切に教えてあげたのにさ〜。で、相手は女の子と見た!誰?かわいい子?俺の知ってる子?」
「なっ、及川さんには関係ないじゃないっスか…!」
「え?そのリアクションはマジで女の子…?」
「いや、だから、」
「テメ―はいつまで後輩いじめて遊んでんだコラァ!」
目を点にした及川さんのつむじの向こうにその後頭部にストレートをかました岩泉さんは相変わらず迫力がある。それと同時に今日は部活に参加していないはずの岩泉さんの拳が飛んでくるなんてこの及川さんも予想できなかっただろうなと目の前のつむじをみながらしみじみ思った。
「岩泉さん!ちわっス!」
「おー影山お疲れ」
「ちょっと岩ちゃん!死角からのストレートはずるくない!?やるなら正々堂々と正面から!」
「後輩いじめて遊んでる奴に正々堂々とか言われたくねーから」
「だってあの飛雄が女の子とラインしながらニヤけてたんだよ?あのバレー馬鹿の飛雄がだよ!?」
「ニヤけてません」
「そうやって嘘つく!及川さんは信じませんよ!とりあえず話聞くから学食行くよ!」
「何すかその流れ」
「学食ってとこが貧乏学生丸出しだな」
この流れに掴まっては美雨さんとの夕飯の時間に間に合わない。折角お互いの都合が合う貴重な機会を逃したくなくて岩泉さんにちらりと視線を送る。すると流石、それに気付いた岩泉さんは小さく頷いてくれた。
「オイクズ川。学食行くのは勝手だがお前ゼミの課題まだ出してねえだろ」
「エッ、ア――。…今日の夜の仕上げようとオモッテマシタ…」
「学食行くんだろ?今すぐやれ。教授からお前が出すまで張り付いてろって言われてんだよ」
「いっ、岩ちゃんこわーい…」
「ちなみに俺焼き肉定食」
「なにちゃっかり自分のオーダー通しちゃってんの!?」
「うるせぇ。俺より早くいいとこに就職決めやがって。文句言わずに奢れ」
「理不尽!!」
ぎゃいぎゃいと漫才のようなやり取りをする先輩たちを見ているとブルッとスマホが震える。美雨さんからだ。
『訂正!豚肉と大根が安かったからみそ汁やめて豚汁に変更です!』
あぁ、これはもう。ここで時間を持て余しているどころではない。一秒でも早く帰らなければ。
「じゃあ岩泉さん及川さん、お先に失礼しやッス!!」
「ちょっ、飛雄!話はまだ終わってないよ!?」
「おー気ィ付けて帰れよ」
「うす!」
及川さんにアッパーをかける岩泉さんに一礼をして走り出す。家には温かくて美味い夕飯と美雨さんが待っているのだ。まだ蒸し暑い夕方の空気の中、オレンジに染まった綺麗な空を見ながらコンクリートを駆けて帰るのはとても気分が良かった。
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