微睡み
どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
太陽の眩しい日差しが窓から差し込み、朦朧とした意識が少しずつ覚醒する。と、同時に何かに包み込まれているような優しい感覚を覚え、重い瞼をこじ開けた。
すぐに見慣れた白い天井が、視界に映り込む。
「……痛っ」
突如激しい頭痛に襲われ、片手で頭を抱えながらゆっくり身体を起こした。……あれ。なんでこんなにも頭が痛むんだろう。ガンガンと金槌で打つこまれるような、二日酔いの時のような痛みだ。
どうして?昨日は確か、いつものように呪霊を祓って……ああ、そうだ。その呪霊が人間の子供の姿をしていたからなんだか心が痛くなって、泣きそうになったんだった。それから気分が晴れず家に帰る気になれなくて、最寄駅から近い居酒屋に寄ってお酒を呑んで……と思い出していたところで、ふと身震いがして自分の身体を包み込んだ。
そこで、ある違和感を覚える。
「……!!」
私は言葉を失った。自分の身体に視線を落とせば、生まれたままの姿が視界に映った。それと同時に、お腹辺りに無造作に置かれた逞しい腕も視界に入る。……え、嘘でしょ?私の中で、じわじわと良からぬ事態が脳裏に浮かび上がってきた。
「……あれ、名前。もう起きたの」
「〜〜〜!!」
横から聞こえてきた少し掠れた声色に、慌てて布団で自分の露になった胸元を隠した。ドキドキと鼓動が激しく脈を打ち、ぼんやりと曖昧だった記憶がハッキリと明白になっていく。
「昨日は楽しい夜だったね。目覚めはどうだい?」
呑気に頬を緩めて笑うこの男、呪術高専で教師として働く特級呪術師の五条悟。最強と称される彼の発言により、予想していた事態は確実なものになってしまった。そこで私はいよいよ、後悔の念に駆られる。……なんで。どうして、悟となんか……。私の、馬鹿。
「別に隠さなくてもいいでしょ?僕、隅々までぜーんぶ見ちゃってんだし」
「!最悪だ……」
「どうして?昨日はあんなにキャンキャン鳴いて、」
「それ以上言わないで!!」
私の羞恥の混じった大きな声が、部屋中に響き渡る。
その言葉に、悟のアクアブルーの綺麗な瞳が僅かに揺らいだような気がした。
ただでさえ、私は後悔しているというのに。混乱して平常心では居られないというのに。いつもの調子で揶揄ったりしないでよ。まるで悟にとっては、昨日の出来事は何ともなかったと言われているような気がして、虚しさが込み上げてくる。
「……はぁ」と、深い溜息が空気を揺らした。
よりによって、密かに想いを寄せていた彼と酔った勢いでシてしまったなんて……最悪以外の他に、何があると言うのか。
「兎に角、昨日のことは全部忘れて!私たちの間には何もなかった。そう。何もなかったの」
「…………」
まるで自分に言い聞かせているかのように言いながら、身体を隠しつつベッドの下に散らばった衣類を身に付ける。私の言葉に何も返事をせず、珍しく大人しくなった悟を不思議に思うも、今はそれどころじゃなかった。さっさと元の生活に戻りたい。……元の関係に戻りたい。そんなことはもう、無理なのに。前みたいな関係には、戻れないというのに。
「私、この後予定あるの。さっさと帰って」
声が震える。これからのことを思うと、どうしようもなく胸が締め付けられる。私の冷たく吐き出された言葉に、素直に"分かったよ"と言って着替えを始める悟を背後に、私は泣きそうになった。
「じゃあ、また明日」
着替えが終わったであろう悟は、心なしか寂寥が含まれた声で私の肩にポンッと手を置いた後、一度も振り返ることなく玄関先に向かっていった。
その寂しそうな後ろ姿に、ついに我慢していた涙が込み上げ、私の頬を濡らす。
彼は今、どんな想いでいるのだろうか。どんな想いで私を抱いたのだろうか。考えても分からないことばかりが、脳裏を過ぎる。
玄関のドアが閉じるまでの間、私はその場から動けないでいた。
「……悟」
ローテーブルの上に置かれた私の好物である京都のバームクーヘンが、寂しそうにしていた。